【Proceedings.21】容赦無き竜と雄々しく怒れる闘牛.07
夜の蝶の象徴たる紫のブラを切り裂けれた丑久保修は激怒していた。
その怒りはどこへ向かうのか。
切り裂いた本人、天辰葵へ?
否、断じて、否。
丑久保修も被害が出ないと分かっていたとはいえ、申渡月子を狙って見せたのだ。
その覚悟がなかったわけではない。
ならば、その怒りはどこへと向かうのか。
その答えは己だ。己自身へとだ。
むざむざ切り裂かれてしまった未熟な己へとむけられたのだ。
丑久保修はその怒りを自分自身に向け怒る。
無限と思える憎悪は丑久保修の中で凝縮され蓄えられ、また生まれ、己に帰り、怒りの転生を繰り返す。
その怒りは丑久保修を赤く染め、怒れる闘牛はその赤へと、闘牛のごとくまっすぐに己自身へと向かっていく。そして更に怒りを生み、また怒りを自身へと向ける。
すなわちそれは怒りの永久機関の完成である。
その結果、丑久保修は鬼神となったのだ。
夜の蝶から変態し、怒れる闘牛へとその姿を変えたのだ。
全身を怒りで赤く染め、修羅のごとく形相で丑久保修は天辰葵の前に立つ。
吐き出される吐息が熱せられた蒸気のように噴出される。
飯が炊ける寸前の炊飯器のごとく蒸気が全身から発せられるのだ。
「決着をつけるぞ! ふんぬ!」
ふんぬと振り下ろされた刀は円形闘技場の床をたやすく破壊し、更に神風を周囲に巻き起こす。
円形闘技場の床を砕いた破片が神風に乗り、無数の礫となって天辰葵に襲い掛かる。
天辰葵はそれを全て月下万象で打ち払う。
そして、踏み込む。
神速の踏み込みは即座に、丑久保修の前まで移動し終え、そこから更に一歩踏み込む。
死線を踏み越えた、それだけ丑久保修に肉薄した踏み込み。そこから生み出される一撃。
既に刀で防ぐことすらできない間合いからの一撃。
それを丑久保修は赤く変色した肉体であえて受ける。
怒りの無限機関となっている丑久保修は痛みを既に感じない。
燃え上がり己へと向かう怒りが痛みを全て押し流す。
ならば、避ける意味などない。
痛みを感じる代わりに、刀を持っていない左手の拳を握りそれをふんぬと天辰葵へと突き出す。
怒りの炎を原動力とした尋常ならざる力強さを見せるその拳を、天辰葵は難なくかわす。
それどころか、天辰葵は丑久保修の迫りくる左手を、咄嗟に月下万象を空中に投げ開いた右手で絡み取り関節を完全に極める。
流石に関節を決められては怒りの化身となった丑久保修でもそう簡単に振り払えない。
天辰葵の細腕ながらにも要所要所を完璧に抑えた関節技は丑久保修に動くことを容認させない。
そこへ、先ほど投げた月下万象が落ちてきて丑久保修の体に見事に突き刺さる。
「グオォ」
と、丑久保修が苦悶の声を上げる。
痛みは感じぬはずだが、やはり痛いものは痛いのだ。
天辰葵は極めていた関節を離しそれを無造作に月下万象を引き抜く。
そこからは、恐るべき連撃が丑久保修を襲う。
まるでみじん切りにするがごとく天辰葵は月下万象を振るい丑久保修を切り刻む。
流石の丑久保修も怯み、円形闘技場の床に倒れ込む。
「修!」
今まで丑久保修のデュエルアソーシエイトとしても無言を貫いていた牛来亮が声を上げる。
その声に丑久保修が反応する。
「亮! 亮よ! 我が友、我が親友にして盟友よ! 我を、我を応援してくれ!」
懇願するように丑久保修が叫ぶ。
「わかった、修よ! がんばれ! 僕のために頑張れ! 修!」
それに牛来亮が応える。
「もっと、もっとだ!」
その掛け声とともに丑久保修は立ち上がる。
すでに限界を迎えているはずなのに、その不屈の肉体は本当に朽ちぬが如く立ち上がった。
「がんばれがんばれ、修! がんばれがんばれ! お・さ・む! O・SA・MU!!」
「うおぉぉぉっぉ、力がみなぎるぞぉ!」
牛来亮の掛け声で丑久保修が完全復活する。
既に肉体を、精神を、すべてを越えた愛が、愛こそが丑久保修を突き動かすのだ。
「立った、立ちました! 丑久保さんがあれほどの猛攻を身に受けながらも立ち上がりました!」
猫屋茜も驚きながらそれを実況する。
あれほど、本当にみじん切りのように切り刻まれた丑久保修が、一時は倒れはしたものの、立ち上がったのだ。
「はい! 痛みだけとはいえ、あそこまで斬られれば流石に失神するレベルなのですが、色々おかしいですね!」
信じられないと半笑いで丁子晶もそう言った。
すでに常識ではない。これは愛なのだ。
「もっとだ、亮! もっとだ! 言ってくれ! 愛していると、言ってくれぇ! 我はそれで勝てる! 勝って見せる!! 十二月二十五日、つまりクリスマス生まれ、O型でありやぎ座の牛来亮よ、頼む、言ってくれ、我のために!」
だが、丑久保修は既に悟っている。
ただ立っただけでは天辰葵には勝てない。
あの化け物に勝つには更なる愛の高みが必要なのだ。
最愛の友に、牛来亮に、丑久保修はそれを求めた。
「わかった、修。愛しているぞ、俺のために勝ってくれ!」
それに牛来亮が当然とばかりに応える。
当たり前だ。牛来亮は自分を愛している。
どこまでも自己愛の男だ。
ならば、自分のために戦ってくれている友のことも、また愛するのだ。
これぞ、愛の輪廻。
「わかったぁぁぁぁ! 愛だ! 愛故に我は勝つ!」
丑久保修の全身に愛が駆け巡る。
肉体を、精神を、超越した、夜の蝶、怒れる闘牛を経て、愛の化身の誕生である。
変態は何度も変態を繰り返し、究極の進化へと、ついにたどり着いたのだ。
「どうでもいい。おまえは月子を狙ったんだ。容赦などしない」
そんなことはどうでもいいとばかりに天辰葵は冷酷にそう告げる。
「甘いわ! 今、貴様の底を見た! ならば我が負けることはない!」
それに丑久保修が答える。
愛の化身と化した丑久保修は天辰葵の底を、その深き深淵のごとき底を愛の光で照らしだし、その底を見極めたのだ。
そして、悟る。
愛の化身と化した自分であれば、その深き深淵であろうとも愛の光で照らしだせると。
次の瞬間、天辰葵が踏み込む。
それと同時に神速の一撃が丑久保修を襲う。
それを丑久保修は勘で、いや、愛の力で防ぐ。
神速の一撃に馬乱十風を無理やり割り込ませ、その一撃を防いで見せた。
その一撃を防がれたことに天辰葵が少なからず驚く。
驚きはするが容赦はしない。
手を緩めるつもりもない。
防がれた。
ただそれだけのことだ。
防がれたら次の一撃を叩き込めばいい。それも防がれるのであれば更に強い一撃を打ち込めばいいだけだ。
「何て無意味な戦いなんだ」
呆れたように戌亥道明は言う。
「え? こんなにも白熱しているのにですか?」
デュエルに見入っていた戌亥巧観は不思議そうに兄を見る。
「あのな、巧観。これはデュエルだ。身体への攻撃を刀でわざわざ受けてやる意味はない。逆に自分の身体を使って刀への攻撃を防ぐものだ。場の雰囲気に飲まれるなよ」
そう、これはデュエルなのだ。
いくらその身体に刀による攻撃を受けたとて勝敗には直接影響しない。
相手の刀を折ればいいだけなのだ。
それだけがデュエルの勝敗を分ける唯一のルールなのだ。
特に今の丑久保修は痛みを一切感じていない。感じているようで感じていない。
刀で天辰葵の攻撃を受ける意味はないのだ。
「そ、そう言えば、これはデュエルでした……」
戌亥巧観はこの壮絶な決闘を見て呆然としながらそう呟いた。
「負けん! 我は負けんぞ!!」
天辰葵がどんな速度で打ち込もうと丑久保修はそれを馬乱十風を使って防いで見せた。
「そう。よく防ぐね。でも、これで終わりだよ」
天辰葵が華麗なる渾身の一撃を繰り出す。
「ふん、見切った!」
だが、それすらも丑久保修は防いで見せる。自らが己の肉体の如く操る、馬乱十風を使って。
そして、数々の斬撃を受け切ってきた馬乱十風に限界が訪れる。
「なっ…… 馬乱十風がぁ…… 折れた!?」
天辰葵の渾身の一撃を防ぎ切った、馬乱十風は砕けるように折れた。
「攻撃を受けすぎだよ」
天辰葵はそう言って丑久保修をあざ笑う。
天辰葵は馬乱十風の同じ場所に攻撃を集中させていたのだ。
そして、自らの月下万象は攻撃を与える場所を微妙にずらし破損するのを防いでいたのだ。
丑久保修は愛があふれるあまり、それに気づくことができなかったのだ。
愛は…… 愛は盲目なのだ。
だが、丑久保修が即座にしたことは、負けを悟ることではない。駆けつけることだ。
丑久保修は友である牛来亮の元へと駆けたのだ。
馬乱十風が折れたと言うことは、牛来亮が気を失う。
丑久保修は友の元へ駆け寄り、崩れ落ちる牛来亮を体を、胸筋を使って受け止める。
そして、それからやっと負けを認める。
「我の…… 負けだ……」
そう言って丑久保修はうなだれる。牛来亮をその胸の上に受け止めてうなだれた。
あれほど愛に満ち溢れていたのに負けたのだ。
愛に溺れるがあまり、デュエルのルールを忘れていたのだ。
「そう。でも、私は容赦しないよ」
そう言って天辰葵はさらに刀を、月下万象を構える。
天辰葵は自身が愛する者を狙った者を許しはしない。
「あ、葵様、待ってください!」
そこへ申渡月子が声をかける。
「月子……」
申渡月子に呼び止められ、初めて天辰葵はその手の力を緩める。
「実は……」
そして、申渡月子はデュエルアソーシエイトは、刀による攻撃では傷も負わなければ痛みすらないことを説明する。
「わかった。でも、こいつが月子を狙ったことは確かだよ」
天辰葵はそれでも丑久保修を鋭くにらむ。
丑久保修もどんな罰でも受け入れるつもりでいる。
そういう手を使ったことを丑久保修自身が自覚している。
天辰葵の底を確かめるための物ではあったが、それが許しになる通りはない。
「それくらいで許してあげてくれませんか?」
少し困ったように月子がそう言うと、やっと葵は刀を持つ手から力を抜いた。
「月子がそう言うなら…… 許すよ」
葵は、少し不満そうに月子に従った。
「さあ、命じるがいい。敗者となった我はどんな命令であろうとただ受け入れるのみだ」
「葵様」
再度、月子が念を押すように葵の名を呼ぶ。
「わかったよ、月子。じゃあ、そうだな。そんなに牛来さんが好きなら付き合えばいいよ」
と、葵は投げやりにそう言った。
「なぁにぃ!!!」
「それまでデュエル禁止ね」
ついでにその言葉も付け加える。
「なっ…… わ、わかった。その命令、しかと受けよう……」
信じられない物を見るような目で修は、葵を見ていた。
━【次回議事録予告-Proceedings.22-】━━━━━━━
また一つの運命が散り、新しい運命が蠢動しだす。
申渡月子へと蛇が、あの女が、孤高のペロリストが這い寄る。
━次回、うざ絡む竜と絡みつく孤独の毒蛇.01━━━━
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