【Proceedings.20】容赦無き竜と雄々しく怒れる闘牛.06

「さあ、本気を出せ、お前の底を見せろ、天辰葵! それが、その時が貴様の最後だ」

 丑久保修はそう言って不敵に笑う。

「月子を巻き込んだからには、容赦はしないよ」

 天辰葵はそう言って、冷酷に丑久保修を見る。

 その視線は剃刀のように鋭い。まるですべてを切り裂くかのようだ。

「葵様!」

 申渡月子は天辰葵の名を呼ぶ。

 申渡月子は知っている。

 デュエルアソーシエトには刀やその保有する能力では傷どころか痛みすら負わせられないことを。

 だが、今はそれを説明している暇はない。


 二人とも、天辰葵、丑久保修、両名とも真剣に向き合い、何者も入り込む隙を与えさえない。

 激しく睨み合う視線を外せば、意識を少しでもそらしたら、それだけでどちらかが負けてもおかしくはない、そんな緊張感が場を支配しているからだ。


「今の我は怪しき妖艶な夜の蝶! 夜の蝶のように華麗に舞い! 蝶のように刺し殺す! そして炎に飛び込み、燃える夜蝶と化す!」

 丑久保修はそう言って飛んだ。

 華麗に飛んだ。文字通り飛んだのだ。

 その姿は、確かに夜に舞う蝶のごとく華麗だったという。

 いや、猛禽類、それすらも生ぬるい、その姿は翼竜プテラノドンのようだったと後々にまで語られる。


 しかしてその実態は馬乱十風で神風を起こし、その風に乗り、桜の花びらと共に紫の下着姿で白いハイソックスの大男が宙を舞い、天を駆けているのだ。


 それに対し、天辰葵が月下万象を強く握り、刀を構える。

 狙いを定めるように、空を飛ぶ怪鳥を迎撃するように、左手を突き出し、右手で刀を持ち弓を引くように引き締める。


「あの構えは!? ボクの犬刺突!?」

 戊亥巧観が驚いたように観客席でつぶやく。

「いや、微妙に違うね。言うならばあの構えは…… 対空を意識した犬刺突・改」

 そう言って戌亥道明が戊亥巧観の隣の観客席に着く。

「兄様!」

「しかし、なんだ修の格好は。デュエルを侮辱しているのか」

 戌亥道明は不機嫌そうにそう言った。

 その言葉が初めて丑久保修の格好を指摘した最初の言葉だ。


「ワハハハハハッ! 亮の風に乗り、空を舞う美しき夜の蝶となった我を! 貴様如きが捕らえられると思うなよ!」

 怪鳥となった丑久保修は馬乱十風により神風を自在に操り、空を飛び続けた。

 それに何の意味があるか、誰にもわからない。

 なぜなら、それはそこから攻撃に転じられることは全くなかったからだ。

 丑久保修の巨体で空を飛ぶ。

 それだけで馬乱十風の力でも精一杯だったのだ。


 だが、天辰葵はその怪鳥すらも射程内に捕らえる。

「犬刺突!」

 天辰葵はそう言って空を舞う怪鳥丑久保修に向けて、容赦ない鋭い突きを放つ。

 そして、それも神速で行われる物だ。

 戊亥巧観の突きとは比べ物にならないほどの鋭い速度での突きだ。

 まるで怪鳥を撃ち殺す猟銃の弾丸となり、怪鳥丑久保修に天辰葵は迫る。


 だが、その神速の突きさえも空を舞う怪鳥丑久保修は、足場の悪い空中にも拘らず容易に払いのけて見せる。


 丑久保修は円形闘技場の床に着陸する。

 本当に、なぜ彼が空を舞ったのか、飛んでいたのか、それを知る者はない。


 それでも天辰葵は理解した。

 この丑久保修と言う男、尋常じゃないほどの男だ。

 その恰好を見ればそれはそうなのだが、先ほどの突きは天辰葵も手加減したつもりはない。

 心臓を貫くつもりで放った物だ。

 それを空中という不安定な場所に居ながらにして、神速の突きを防いで見せたのだ。

 丑久保修という男の実力は計り知れない。


 けれども、計り知れないと言うのは、天辰葵も一緒だ。

 天辰葵は容赦しないと決めた。

 天辰葵が着陸したばかりの丑久保修に斬りに、いや、切り刻みにかかる。


 神速の踏み込みからの着地地点を狙った斬撃。

 それを丑久保修は勘のを頼りに、いや、目で追うことは不可能と悟っている丑久保修は、己の勘を信じ、愛を信じ、そして、紫の下着を信じたのだ。

 それ故に、丑久保修は天辰葵の容赦のない神速の斬撃を防ぐ事が可能となったのだ。

 だが、斬撃は一回で終わることはない。

 丑久保修を滅多切りにするように、神速の斬撃が丑久保修を襲う。

 そして、そのすべてを、丑久保修は勘だよりに防ぎきる。


「な、なんという斬撃でしょうか! 天辰さんの物凄い猛攻です! しかし、それを丑久保さんは完全に防いでいます!」

「はい! 凄い応酬ですね!」

 そう言って丁子晶も興味ありとばかりに闘技場のステージを見る。

「丑久保さんはどうやってあの攻撃を防いでいるんでしょうか?」

 それを見た猫屋茜はやっと解説してくれるかもしれない、と丁子晶に声をかける。

「はい! あー、適当に感覚で振るっているだけですよ、あの人は。そう言う人なので」

 だが、丁子晶から答えられた言葉は、今度は猫屋茜から言葉を奪った。

「は?」

 勘であの常人には見ることができないほどの斬撃の嵐をすべて防いでいるという。

 流石に、その答えには猫屋茜の思考回路が追い付かない。

「はい! なんていうかあれですよ。気合ですべてどうにかしてしまう人。それが丑久保修さんです」

 そんな猫屋茜をニヤニヤ観ながら丁子晶はそう言って、その後に大きなため息をついた。

「気合でどうにかなるもんなんですか?」

「はい! 実際なってるじゃないですか。怖いですね!」

 丁子晶が丑久保修を見るその眼は人間を見る目ではなく、人外の化け物を見る目だ。

 それは丑久保修の恰好的に至極当然な物だ。


「すべて防ぎ切ったぞ、どうした、天辰葵よ。息が切れているぞ?」

 そう言う丑久保修のほうが息を切らしている。

「正直驚いたよ。ここまで私と打ち合えた人は初めてだよ」

 そう言ってはいる天辰葵は笑っていない。

 ついでに、丑久保修が言っているように息が切れているわけでもない。

 天辰葵は、平然としている。呼吸一つ乱れているわけではない。

「けど、それももう終わりだよ、キミのことは大体わかったから」

 その言葉と共に、天辰葵は月下万象を振るう。

 それを丑久保修が防ごうとするが、馬乱十風は月下万象を受け止めることはない。


 丑久保修の左手に痛みが走る。

「ぬぅ!? 馬鹿な!」

 天辰葵の刀は丑久保修の左手を切り落とす勢いで斬りつける。

 圧倒的な身体能力を持つ天辰葵は丑久保修の動きを見た後、その後に隙のある場所に斬撃を叩き込むだけでいい。

 ただそれだけのことだ。


「まずはその目障りなブラから切り刻む!」

「それだけはさせるか!」

 慌てて丑久保修が紫のブラを守ろうとするが、天辰葵の神速の斬撃が、夜の蝶たる蝶の所以を切り裂く。

 丑久保修も必死に抵抗するが、馬乱十風の防御をすり抜け、月下万象は夜の蝶たる紫のブラを、丑久保修がしているブラを無残にも切り裂いていったのだ。


「な、これは、我が友、亮が我の誕生日に買ってくれた我の勝負下着…… それを…… 貴様! 貴様絶対に許さんぞぉぉ!!!」

 丑久保修の全身が赤く変異し、ただでさえ大きな筋肉が異様なほどに膨れ上がる。

 鬼のようなその形相は、角が生えているようにすら錯覚させるほどだ。




━【次回議事録予告-Proceedings.21-】━━━━━━━



 ついに怒れる闘牛と化した丑久保修。

 容赦しないと誓った天辰葵とのデュエルの行く末は!?

 運命が蠢動し、新しい愛のカタチがまた一つ花開く。



━次回、容赦無き竜と雄々しく怒れる闘牛.07━━━━

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