【Proceedings.11】戸惑う竜と執行団その猟犬の遠吠え.04

 場所を食堂に移し、猫屋茜による取材が始まっていた。

「ふむふむ…… 葵さんが月子さんの脚を好きになった、いえ、運命的な出会いだったということですね、決め手は月子さんの脚と……」

 そう言って茜はメモを、葵の発言通りに記載する。

 月子はそれがそのまま記事なるの事に葵は何も思わないのかと疑問ではあるが、当の葵は満足そうに頷いて茜におごってもらった特製プリンを食べている。

 昨日も食べていたので、どうも葵はプリンが好物のようだ。

 ただなんていうか、プリンを食べるその姿すら、月子が見とれてしまうほどとても優雅で美しい。

 直前に、脚がどうのこのと熱く語ってなければだが。


「概ねそうですが、私が好きなのは月子の脚だけじゃないですよ」

 そう言って、葵は銀の匙片手に笑う。

 その笑顔をシャッターチャンスとばかりに茜がカメラで写真に撮る。

 月子はその様子を何とも言えない顔で見る。

 ここまで容姿と中身が食い違っている人物は月子も見たことがない。

「なるほどです。これ、記事にしていいんですよね?」

 茜がメモを読み返す限り、葵の頭には脚以外のことがないように思えるが、本人が違うと言っているなら、そうなのだろうと茜は思う。

 真実を伝えるのが茜の仕事だ。

 記事にする内容に茜の主義主張を紛れ込ますことは記者としてすべきではないと考えている。

 真実だけをそのまま記事にする、そのことに茜は誇りを持っている。


「月子が良いのであれば、私は問題ないです」

 と、葵は言っている。

 今回、特に月子は取材を受けてはいない。

 いや、受ける暇を与えられいない。

 それは葵が事あるごとに、月子の脚について熱弁したせいだが。

 それはそうなのだが、それだけにメモに書かれている内容は月子の脚の話なので、やはり本人の確認は重要なのだろう。


「脚が好きって新聞に書かれて問題がないんですか?」

 だが、逆に月子が葵に聞く。

 恥も外聞もないのかと。

「はい、恥じることだとは思っていません。それだけ月子の脚が魅力的だと言うことだけです」

 笑顔で、それも素敵な、春のそよ風のような笑顔でそう言われ、月子は何とも言えない顔をする。

 それに一応は褒められてはいるのだが、月子としては全く嬉しくない。


「また訳の分からないことを……」

 と月子が葵にそう言おうとしたところで、タッタタタタタタタッ、と小気味よい足音をさせて誰かが走り寄ってくる。

 その人物は月子の姿を確認するなり、

「月子!!」

 と、大声を上げる。

「巧観? なんですか」

 それに対して、月子は少し怪訝そうに答えだけだ。

「巳之口の奴が出たと聞いて」

 息を整えながら、巧観は、戌亥巧観は、心配そうに月子を見る。


「心配して駆けつけた? でも、安心していいよ。月子には私がついているから」

 無論、葵はそう言って、月子と巧観の間に割って入る。

「むっ、なぜおまえがここにいる」

 巧観は敵意むき出しにそう言うが、

「それはそのまま返します、巧観」

 と、月子に言われ、巧観は悲しそうに顔を歪める。


「ボクは茜から月子が巳之口の奴にまた襲われたと……」

 と、情報源を巧観は吐露する。

「茜様……」

 と、意外そうに茜を月子は見るが、茜はきょとんとした表情を浮かべるだけだった。

「あれ? だめだったですか? 戌亥さんには風紀にかかわるからすぐに教えるようにって言われてまして、先ほども取材している際に先ほど出たと言っていたので、巧観さんにお知らせしたんですが」

 そして、少し慌てながら茜は月子にそう確認してくる。

 確かに月子と葵は、茜にもそのことを話した。だが、月子はそれが巧観にまで伝わるとは思っていなかった。

「巧観、あなたは会計でしょう? この学園の風紀を預かる寅の威を借る寅の団ならまだしも……」

 茜の話を聞いて、月子は鋭い視線を巧観へと送る。

 その正論と視線に巧観が何も言えず怯む。

 

「月子、なぜ私を呼び捨てにしてはくれないんだ」

 と、そこで、おもむろに葵が話に入ってくる。

「昨日、知り合ったばかりですので……」

 月子としては相手するのもだるいと疲れた表情を見せてそう言った。

「つまり明日には私も呼び捨ててもらえると?」

 葵が嬉しそうにそう返すが、月子は少し怒ったように、

「そうは言ってません」

 と、月子は少しムスッとした表情で葵に返事を返した。

 それ以前に、月子には葵の言う呼び捨てる、と言う表現があまり理解できていない。

 だが、その月子と葵のやり取りに巧観が不機嫌になる。

「口を挟まないでもらえるか?」

 そして、そう言って葵を睨み、葵のところまでまっすぐにやってくる。


「今は私と月子で茜の取材を受けていたところだよ。口を挟んできたのはどっちかな?」

 だが、葵は余裕をもってそう答えた。

「クッ!」

 事実だけに巧観は何も言い返せず、歯を食いしばりその白く美しい鋭い犬歯を見せつけるだけに留める。

「なに? 私とデュエルでもするかい?」

 ただ巧観は葵をじっと睨んでいたので、葵がからかうようにそう言った。

 いや、挑発するようにだ。

 葵としては月子を巡るライバルを早々に潰しておきたいと思ってのことだ。

「葵様、そんな軽々しく……」

 ただ月子は自分のために、軽々しくデュエルなどして欲しくはない、と考えているようだ。


「でも、それが手っ取り早いでしょう? この巧観も巳之口という女も。全員、私が月子のために倒してあげるよ」

 葵はそう言って月子にいつものように優しく微笑みかける。

 だが、月子はそれに真剣な表情で応える。

「葵様」

「なに、月子」

 いつもの反応とは違う月子に葵も改めて、微笑むのを辞めて月子の顔を真剣に見つめる。

 美しくも気高く生きて来た、その生き様が月子の顔を形作っている。

 二人の美少女が真剣に見つめ合っているので、茜は少々興奮気味にこれは絵になる、とばかりにカメラのシャッターを連続で切る。


「デュエルは自分の切なる願いのためにするものです。他人のためにするものではないんです」

 月子はそう力説する。

 彼女の敬愛する姉から、月子がまだデュエルリングを所持していない時にそう教わったことだ。

「月子に気に入られたい、いや、月子を他人に取られたくない、という切なる私の願いのためでもダメなのかい?」

 それに対して、葵は真剣にそう答えた。

 ただそれは、 真面目に、言葉遊びでもなく、月子をからかう目的ではなく、本気でそう考えている、そんな眼差しで葵は月子に問う。

「それは…… どうなのでしょうか。実は姉の受け売りだったので…… わたくしにはよくわかりません」

 そう言われると、月子は答えられない。

 恐らく葵は本気で、真剣にそう考えているのだから。

 それを頭から否定することは月子にはできない。


「行方不明の姉か。なら、私が絶対少女になって、その願いで月子のお姉さんを見つけようか」

 更に葵がそう提案してくる。

 それは月子にとってありがたいことだが、流石にそこまでしてもらう義理はない。

 たとえ義理があったとしても、月子はそれに頼らないし、すがりもしない。

「え?」

 ただ葵の発言に面食らってはしまう。

 その代わりに巧観が、その真偽を確かめる様に、

「貴様に、そんなことができると? 絶対少女になれるというのか? そして、その願いを、たった一つの願いをそれに使うのか!?」

 と、言って葵をまっすぐに見る。

 その視線に月子からくる嫉妬の炎はない。

 葵の真意を確かめるためだけに、まっすぐに巧観は葵の目を見る。

 その眼は暗くどこまでも深いが、それなのにその芯には希望の光に満ち溢れている。

 何とも不思議で魅力的な眼をしている。

 世界の絶望を全て知ってなおも希望を決して失わない、そんな眼をしている。


「私になれないとでも?」

 葵はそう言って、巧観に笑いかけた。

 確かに、先のデュエルでの葵の勝敗を決めた一撃はすさまじいものであった。

 だが、それだけで勝ち上がれるほど、この学園は甘くない。

 少なくともそれだけで勝ちあがることはできないことを巧観は知っている。

 ただ強いだけでは勝つことはできない。

「それは……」

 だが、葵なら、この少女であるのならば、勝ち上がれてしまう。

 葵と言う少女を見ていると、そんな期待が巧観にすら湧いてくる。

 それで月子の姉が帰ってきて、月子が喜ぶのであれば、と。

 巧観はそんなことまで思い描いてしまう。

 故に巧観は何も答えることが出来ない。だが、その言葉は巧観を決心させるのには十分だった。


「でも、絶対少女になるなら、直接月子さんと結ばれるようにって願っちゃえばいいんじゃないんですか?」

 そこに猫屋茜がみもふたもないことを言ってしまう。

「茜様!」

 と、月子が怒るが、葵は軽く笑うだけだ。

「私はそんなことはしないよ。月子の意思を尊重するよ。月子の意志を捻じ曲げてまですることじゃないよ」

 そして、葵は少し悲しそうにそう言った。

 恐らく本心からだろう。

 天辰葵と言う少女は変態ではあるが、そういう少女だ。


「そんなこと言って、すでにデュエルしようと言って来たじゃないですか」

 ただ月子はそう言って茶化して見せる。

 このまま葵が自分のためにデュエルに身を投じることなど許して置けるはずがない。

 また、そうしなければ、顔を赤くしてしまった自分を隠せないかったからだ。

 だが、それには戌亥巧観も吼えるように反応する。

「なにっ! き、貴様、月子に何をさせようと!」

 そう言われて、葵は考える。

 色々と考えるが、まず初めに月子に命令できるのであれば、これだ、というものを言葉にする。

「まずは毎晩、同じ布団で寝てもらおうかな。ただし、これは手始めだ。次はデート、うん、そうだね、制服デートが良い」

 葵はそう言って頷く。

 月子は顔を真っ赤にさせる。

 恐らくは肉体関係を求められるわけではなく、言葉通り一緒に寝るだけなのだろうと言うことは月子にはわかっている。

 それはそれとして、月子の顔は赤くなる。


「一緒の布団でだとぉ! そんなことが許されると思っているのか!」

 ただ巧観は完全に勘違いしたようだ。

 巧観は激昂するが、それを葵は笑って流すだけだ。

「私は月子のぬくもりを感じて寝たいんだ。そして、月子の匂いに包まれていたいんだよ」

 葵の意図は言葉通りの意味でそれ以上を求めているわけでもない。

 だが、巧観を誤解させるには十分な言動だった。

「この変態め!」

 ただ巧観はそう叫ぶしかない。それと同時に自分もそうしたいと願ってしまう。その事を隠すように叫ぶしかない。

 月子の匂いは巧観にとって極上の匂いなのだ。

 それこそ狂わしいほどの。


「巧観、あなたが言えるんですか? それ」

 と、汚くののしった巧観に、月子が冷めた白い視線を向けてそう言った。

「い、いや…… そ、それは……」

 月子にそう言われたら、下着を盗もうとした巧観はもう何も言い返せない。


「つまり! 巧観さんと葵さんはデュエルで月子さんを取り合って、決着をつけるということですね!」

 と、茜が、猫屋茜が興奮しメモを取りながらそう言った。


 猫屋茜は真実しか記事にしない。


 だが、彼女は思い込みが激しくよく勘違いをする。

 いつでも真実を伝えているつもりなのだ。




━【次回議事録予告-Proceedings.12-】━━━━━━━



 速報を乗せた新聞が舞い散る。

 葵と巧観の月子を掛けてのデュエルが謳われた記事が舞い散る。

 このままでは勝てないと悟っている巧観は打倒葵に向けて動き出す。



━次回、戸惑う竜と執行団その猟犬の遠吠え.05━━━━

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る