【Proceedings.10】戸惑う竜と執行団その猟犬の遠吠え.03

「ねぇ、あなた、ちょっと月子様に引っ付き過ぎじゃないかしら?」

 唐突に、声を掛けられる。

 葵はそれでも驚きはしない。

 なぜなら、唐突に声を掛けられはしたが、声をかけた人物は十メートルは離れた位置で木の影から顔を半分覗かせていたからだ。

 相手はぼさぼさの髪をした目の下に濃い隈がある葵が初めて見る女だった。

 ただそれでもなお美人の類ではある。


「巳之口様……」

 月子はそう言ってあからさまに嫌悪感を表に出す。

 巧観の時は拒絶の表情をしていたが、それ以上の嫌悪感で、いや、恐怖に彩られた目で月子はその巳之口を言う女を見る。

「月子、彼女は?」

 葵はそう言って月子と巳之口という女の視界に間に割って入る。

 月子にしては珍しく葵のその行動に安心し、葵の影に隠れる。


 巳之口綾。


 彼女こそが、月子を現状もっとも追い込み、悩ましている存在だ。

 巳之口に比べれば、巧観のしたことなど月子にしてみれば大したことはなく、葵などは今のところ煩わしい程度でしかない。

 何より、月子に同性は無理だと言わしめている元凶でもある。


「か、彼女は…… その…… わたくしを、なんていうか、付け回す方で……」

「ストーカー?」

「まあ、はい、その類です……」

 月子はそう言ってうんざりした、気が滅入った、それでいて恐怖に彩られた表情を見せる。

「やはり月子はもてるんだね、あまりうかうかしてられないな」

 葵はそう言って月子に微笑むが、月子は何とも言えない困った表情を浮かべるだけだ。

 月子からしたら自分より葵の方が、何倍ももてると思える容姿をしている。

 その性格の方は考えないとすればだが。


「いえ、あの…… 同性という時点でわたくしからしたら、論外なのですが?」

 葵にも言い聞かせるようにそう月子は言う。

 なぜ自分の周りにはそう言う女が集まってくるのか、月子は不思議に思う。

 中性的な巧観ならわからない話ではないが、なぜ自分が? と月子は思う。

 そして、さっきの言葉は、葵にも言い聞かせてはいるつもりでいたのだが、

「価値観などちょっとしたことで意外とすぐに変わるものさ…… って、もう彼女いなくなっているね」

 と、葵は言って、自身が言われたことは気にも留めていない。

 そして、巳之口と言う女も既に姿を消している。

 一瞬目を、月子の言葉に葵が気を取られている間に、その巳之口という女は既に木の影から姿を消えていた。


「いつもあの調子で……」

 そう言って月子はため息を深く吐き出す。

 そのため息すら愛おしいとばかりに、葵は月子の頬に手をやる。

「彼女は…… あの巧観とは違って月子に好意を伝えているの?」

 と、聞いて来た。

 葵としては月子の交友関係が気になって仕方がないからだ。

「巧観は…… どうかわかりませんが、巳之口様はそうですね、わたくしを丸呑みにしたいくらいには好きだそうです。意味が分かりません。あっ、後、彼女もデュエルリングを持ってます」

 貴女を丸呑みしたいぐらい好き、と言われて日々付け回されているのだ。

 しかも相手は神出鬼没なのだ。月子としても気が休まる暇もなく疲弊していく。

 ただ昨日今日と、葵が身近にいたので、その脅威を気にすることはなかった。

 基本的にはだが、巳之口綾は月子が一人の時しか現れない。

 それがあるからこそ、月子も煩わしいと思っても、葵がそばにいることを良しとしているのだ。

 だが、相手も葵が月子に昨日今日と付きまとうので、しびれを切らし何かしらの行動を起こしたのだろう。

 恐らくはさっきのも葵に対する警告のつもりなのだろう。

「なら、私がその巳之口さんとデュエルをして月子に近づかないようにと命令してあげようか?」

 葵は当然とばかりに提案する。

 確かに葵の実力なら、巳之口綾に勝つことは難しくはないはずだ。

 ただ月子とて、それに甘える気はない。彼女はとても気高いのだから。


「いえ、それはいくら何でも葵様に悪いです」

「私は月子が喜んでくれるのなら、それでいいよ」

 むしろ、葵は月子に着く虫を潰せて回れるのであれば、喜んでその身を投じるつもりでいる。

 葵にとって月子はそれだけの価値がある。

 まさに葵の理想的な脚線美の持ち主なのだ。

「そう…… 言われましても……」

 悩みはするものの、やはりこれは自分の問題だと月子は判断する。

 それにそうしてしまえば、更に葵に付け入る隙を見せることになってしまうのではないとも月子には思える。


「あの! お二人とも、ちょっといいですか!」

 そこへ一人の少女がメモ帳を片手にやってくる。

 とてもかわいらしい生徒だ。小動物的な可愛さを持っている。

 その少女は悪意ない笑顔を二人に向けている。

「ん? 君は?」

 葵もつい笑顔で対応したくなるくらいにはかわいい。

「私は新聞発行団の猫屋です! 猫屋茜です! 天辰葵さん、以後お見知りおきを!」

 そう言って、新聞発行団とやらの、首から下げている団員書を見せつけて来る。

 ついでにそれと同じような腕章もつけている。

 だが、葵の目はとりあえず別の場所を見る。

 左手の薬指だ。

 そこのデュエルリングは存在しない。

 既に生徒会室で八人、自分と月子で二人、さらに牛来亮と、先ほどの巳之口と言う女で十二人全員いることはわかってはいるが、それでも一応は確認してしまう。

「猫屋さんね、君は…… デュエルリングは持ってないのか」

「はい! 私はただの一般人ですよ! で、です! お二人に取材を申し込みたいのですが!」

 茜と名乗った生徒はそう言って鼻息を荒くしている。

 この学園にできた新しい美少女同士のペアに興奮を隠し切れていないようだ。

「それを記事にしたいと?」

 葵が確認すると、

「ですです! ダメですか?」

 と、聞き返してきた。

 少なくとも茜から悪意は感じ取れない。

「月子、どうする?」

 ただ公表されるとなると自分はともかく、月子は嫌がるかもしれない。そう葵は配慮し月子に伺う。

「わたくしは…… かまいませんよ。猫屋さんとは友人ですので」

 葵の予想に反し、月子は笑顔だった。

 月子からすれば、デュエルリングを持たず安心して接せられる数少ない人物だ。

 それに茜といるときは巳之口も現れない。

 そして、なにより月子は茜が真実のみを記事にすることも知っている。

「なるほど。なら私の友人でもある。よろしく、猫屋さん」

「はい!」

 と、茜から元気の良い返事が返って来た。




━【次回議事録予告-Proceedings.11-】━━━━━━━



 食堂で取材を受ける葵と月子。

 葵は熱く月子の脚を語り、茜はそれを一言一句記載する。

 そこへ巧観が現れ、運命は再び激しく蠢動しだす。



━次回、戸惑う竜と執行団その猟犬の遠吠え.04━━━━

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