【Proceedings.06】天舞う完全無欠の竜と地を這う暴れ馬.06
「月下万象、やはり月子君に宿っていたか」
白い制服を着た男、生徒会執行団団長、つまりは生徒会長である戊亥道明が円形闘技場の観客席、その特等席から闘技場のステージの様子を見てそう言った。
その言葉に対して、道明のすぐ後ろに直立不動で立つ学ランを着た者が驚いたように反応する。
「天道白日と対をなすと言われる、あの神剣ですか?」
道明は視線をその言葉を発した戊亥巧観の方に目をやる。
「これは亮の奴では分が悪い。剛健一實も悪い刀ではないが、亮の力では扱いきれない。あの刀は喜寅さん専用と言ってもいい物だ」
「では兄様はあの新入生が勝つと?」
学ランを着た者、戊亥巧観は驚いたように闘技場のステージに立つ天辰葵を見る。
美しい少女ではある。
が、なにより華奢だ。
デュエルを、決闘を行うような人物に戊亥巧観には見えない。
「その可能性がある。そう言っているだけだよ、巧観」
戊亥巧観の兄である戊亥道明も視線を闘技場のステージへと戻す。
「月下万象だと!?」
牛来亮が申渡月子から抜かれた刀を見て驚きを隠せないでいる。
「わ、わたくしの中に…… 月下万象が…… 完全無欠の力を持つ姉さんの刀が!?」
月子は信じられない物を見る様に、自分から抜かれた刀を、天辰葵の手にある刀を見つめる。
「とてもいい刀だよ、月子。私がこの刀を持てば、どんな相手だろうと負けはしないよ」
そう言って、天辰葵が刀を振るうと、光の軌跡と共にその残滓が舞い散った。
「けど、天辰様は…… は、初めて…… なのですよね?」
この決闘はただの決闘ではない。
そのことをまだ天辰葵は知らない。
そして、色々あったせいで申渡月子もそのことを天辰葵に伝えられていない。
何もかもが急すぎたのだ。
「大丈夫。私にすべて任せればいいよ、月子。そこで私の勝ちを待っていくれればいいよ」
そう言って、天辰葵は申渡月子に微笑む。
申渡月子もそれでなぜか安心してしまう。
「素人が! 月下万象を持ったところで!」
牛来亮が吼える。
それと同時に天辰葵の持つ刀、月下万象を恐れる。
月下万象は完全無欠の力を有する刀だ。
その力は牛来亮には計り知れない。
「我が筋肉に眠る剛健一實の力! 例えその刀でも受けきれると思うなよ!」
丑久保修も負けじと吠える。
それが合図かのように始まる。決闘が! デュエルが!
「行くぞ! いざ尋常に勝負!」
牛来亮がそう言い、
「来なよ、格の違いというものを見せてあげる」
と、天辰葵が挑発するように応じる。
牛来亮は大太刀とも言える剛健一實を上段に構えつつその間合いまで一気に詰め、天辰葵にそれを力任せに振り下ろす。
大太刀である剛健一實、その重量を活かした重い、丑久保修が牛来亮を想う様なそんな一撃だ。
それに対し、葵は特に構えもせず右手だけで軽く刀を持ち牛来亮を迎え撃つ。
振り下ろされた剛健一實は空を切る。
天辰葵は刀を振るうでもなく、身を捻って軽やかにその斬撃をかわす。
剛健一實の振るわれた剣圧で天辰葵の黒髪が美しくなびく。だが、それだけだ。
葵を、天辰葵を刃が捕らえれたわけではない。
天辰葵は牛来亮の攻撃を優雅にかわした後、最適解とも言える動作で牛来亮の鼻先に刀を突きつける。
「勝負あり?」
天辰葵は優雅に微笑みそう言うが、牛来亮は逆に邪悪な笑みを浮かべるだけだ。
「いけない! この決闘ではそれは意味がないです!」
申渡月子が慌ててそう叫ぶ。
「喰らうがいい! 秘技、鬣剃り!」
鼻先に着きたてられた刃にまるで動じないように牛来亮が動いた。
それは鋭い斬り上げだ。
まるで暴れ馬の鬣だけを正確に剃り落とすような、正確無比な鋭い斬り上げだった。
それが狙われたのは天辰葵自身の身ではない。
天辰葵が持つ刀、月下万象の刀身だ。
不可避と思われたその斬り上げは空を斬る。
あくまで優雅に、そして、無駄なく天辰葵は、まるで空に舞う春の桜の花びらのように、その斬り上げを飛んでかわして見せた。
「馬鹿な! 僕の鬣剃りがこうもあっさりと見切られた?」
秘技とやらを簡単に、それも不意打ちに近い状態から、かわされて牛来亮の手が、動きが止まる。
彼の自分への絶対の自信が揺らぎ始める。
「なるほど。狙いは刀の刀身か。つまりこの決闘というのは、相手の刀をへし折れば良いわけね」
華麗に着地した天辰葵は理解する。
このデュエルの勝敗を分ける絶対のルールを。
「クッ」
天辰葵の理解が真理だったことを肯定するように牛来亮は怯む。
「確かに初心者狩りをしたいわけだ。けど、相手が悪かったね」
そう、天辰葵にとってはそんなものハンデにもならない。
彼女自身が、そして、彼女が手に持つその刀も、完全無欠なのだから。
だが、それで、それだけで心が折れる牛来亮でもない。
「ならばこれならどうだ! 馬乱連撃!」
牛来亮は大きく息を吸い込み、一気に大きな刀を連続で振るう。
隙の無い連撃でありながら、大太刀である剛健一實を振るうことでその威力も申し分ない。
それどころか巧みに円を描く軌道にし、連撃を続けることで遠心力をも利用する。
そうすることで連撃自体の回転速度があがり、連撃の威力と速度が際限なく上がっていく。
牛来亮のデュエリストとしての腕も悪い物ではない。
「おお、素晴らしき連撃! 我が友の奥義よ!」
その連撃に丑久保修が歓喜し涙を流す。
それに対し天辰葵は足さばきのみで連撃を難なくかわしていく。
「す、凄い、あの連撃をまるで寄せ付けないなんて!」
申渡月子も驚きを隠せない。
まるで竜巻のような連撃を天辰葵は悠々と、何より優雅にかわして見せている。
「だが、亮の連撃は加速する! 野を駆ける馬のようにどこまでも加速するのだぁ!」
丑久保修がそう叫ぶように、牛来亮の連撃は加速し続ける。
そして、極まりに極まった連撃はついに天辰葵を捕らえる。
そこで初めて天辰葵は刀を、完全無欠の力を秘めると言う月下万象を力強く握る。
迫りくる大太刀、剛健一實の一撃を天辰葵は月下万象で受け止めようとする。
「取った!」
と、牛来亮が、それこそが狙いとばかりに、渾身の力を込め剛健一實を振るう。
月下万象の刃をへし折るために振るう。
その一撃を、連撃により極まった最後のその一撃を、天辰葵は月下万象で受け止める、そのように思えた。
その一撃必殺となるはずであった、その一撃を難なく、まるで平然と何事もなかったかのように、受け止めるのではなく力そのものを受け流す様に、天辰葵は華麗に受け流した。
それにより月下万象が折れるようなこともない。
刀の反りを活かし、滑らかに難なく、その一撃の力を全てをいなして見せた。
受け流された剛健一實は牛来亮の手を離れ、宙を舞う。
そして、離れた位置に落ち、円形闘技場に突き刺さる。
「これでは取ったじゃなくて、取れたじゃない?」
と、天辰葵は何事もないかのように微笑んだ。
「なっ、馬鹿な!!!」
そう言ったのは牛来亮ではなく、丑久保修だった。
牛来亮は信じられないように遠くに突き刺さった剛健一實を茫然と見ている。
牛来亮の自分への自信が音を立てて崩れ出した。
━【次回議事録予告-Proceedings.07-】━━━━━━━
牛来亮を言葉通り圧倒して見せる天辰葵。
決着はついたように思われるが……
噛ませ犬ならぬ噛ませ馬、牛来亮の運命はいかに!
━次回、天舞う完全無欠の竜と地を這う暴れ馬.07━━
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