月鯨の詩 〜TS転生者の生徒会長は異能バトルに巻き込まれる〜

芋野斧子

〜序章〜

プロローグ

 私の名は氷坂ヒョウザカ凛華リンカ。ここ稲生いのう学園の3年生であり現生徒会会長、そして……TS転生者だ。


 そう、男だった前世の記憶を引き継ぎ新しくこの世に生を得た。


 この世界は、私が死んでから数百年が経過した世界だった。発展した科学技術もそうだが、何より前世と大きく異なるのはこの世界に《モンスター》と呼ばれる異形が出現し、それと同時に人類全てに《異能》が与えられた不思議な世界だ。


 この世にモンスターが初めて出現した歴史的事件は今の私が産まれる前だった。当時の事はよく分からないが、人類が異能を手に入れてから現在に至るまでに起きた事柄は学校の授業で習うようになっている。


 モンスターのせいで世界は一時的に大混乱に陥り、まるで時代が止まったかのように防衛の毎日が続いたらしい。

 

 しかし、ある日を堺に再び時代は進み始めた。

 アメリカに異能力者管理協会というのが設立されて全世界に協会の支部が建てられる頃にはモンスターからの被害はそれなりに落ち着きを取り戻し、全人類には異能の強さに応じてランク付けがされるようになった。

 ランクの高い者は協会からモンスター駆除の依頼が届き、ランクの低い者を守る。


 そういったシステムが世界の当たり前となった世界に私は生まれた。

 

 前世の知識や周りよりも成熟した精神年齢により勉強や運動を人一倍頑張る事が出来た。学校では常に学年成績1位を維持。運動も性別の差を埋めるまで努力し、そんじょそこいらの男には負けない筋力を手に入れた。


 異能に目覚めたのは小学4年生の時。それからは異能を使いこなす特訓も毎日行った。小学6年生になる頃には周りからは神童と呼ばれる程にまでなった。

 

 文武両道。そして自分で言うのもなんだが、見た目も美少女といっていいくらいには秀でていた。


 そうして現在、稲生学園で唯一の生徒会員であり生徒会長であり、生徒会全ての仕事を1人でこなし、学園長にも認められ事実上この学園のトップを歩いている。正に完璧超人の美少女。

 

 さて、そんな私だがここまで頑張れたのにはとある理由がある。


 私はこの人生でとある大きな野望を持っている。その野望というのは私の性癖に基づいた目的だ。


 それは、私が拗らせに拗らせた超弩級のM――"ドM" である事に関係している。


 誰もが一度はこんな光景を目にしたことがないだろうか?

 そう、例えば悪の秘密結社のボス。そのボスは勿論正義の味方の手によって倒される運命は決まっているのだが、普段から秘密結社の配下達に酷い扱いを行っており、ラストには配下にも裏切られ正義の味方からボコボコにされる。とか。

 もっと分かりやすい例えを言うと、某国の大統領が辞任後に逮捕、のような。


 所謂 "一転攻勢"。上に立つものの立場が急に逆になり今まで下だと思っていた奴らに報復を受ける。

 そんな一転攻勢という展開を "受ける立場" に私はなりたい。


 全ての上を歩き力を持った美少女がある日全てに裏切られ、力を失い惨めに地面に這いつくばるその姿。見下すような態度から絶望の顔へと一変する瞬間。

 その大きな転落の瞬間を……最悪のバッドエンド最高のハッピーエンドを迎える為に。

 今日もドMの私は完璧で超人なドS美少女を演じ続ける。


 

 だが氷坂凛華はまだ知らない。

 いずれ2度目の人生への幻想は消え去り。例え転生したからといって何でも出来るわけではないことを。


 そう遠くない未来、現実は突き付けられる。


 決して人生は主人公の意思だけで紡がれる物ではない。何故なら物語の主人公など夢物語でしかないのだから。


 生きるもの全ての歌声が混ざり合うことで形作られる。

 

 それは――月鯨の詩。

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