第1話 過去
稲生学園の事実上トップ。最強で最凶の生徒会会長氷坂凛華。彼女が歩けば騒がしい学園に静寂が訪れ、冷たい空気が流れる。
そんな彼女の幼馴染である僕――
「今日もリンカ様は美しいな……」
そうぼそりと呟いたのは誰だろうか。本人に聞こえていたのか、注目を浴びる彼女は声がした方をギロリと睨む。その瞬間悪寒にも近い寒気に包まれ震えが走る。
ああ、今日も彼女は孤独を貫く。文武両道、何もかも学園のトップを走りながら人を寄せ付けない雰囲気を常に醸し出す。だがそんな彼女が実は心優しいただの少女である事は幼馴染である僕しか知らない。
――――僕と彼女との関わりが始まったのは小学4年生の時だった。
僕は昔から人付き合いが苦手で、クラスのカースト最下位。所謂陰キャの部類に入る冴えない男だった。
そんな僕は毎日のようにいじめを受けていた。上履きに画鋲が入れられたり、机の中にカエルの死骸を入れられたり。果てには校舎裏に呼び出され、ストレス発散のサンドバッグ役に選ばれてしまった。
そして僕が殴る蹴るの暴行を受けている時、彼女――氷坂凛華は突然現れて僕をかばうように立ちふさがった。
「弱いモノいじめばかり、とんだ臆病者ね。女子を殴る度胸がないならいじめなんて辞めなさい」
幼馴染なのに初めて彼女と関わりを持ったのがその瞬間だった。いじめっ子はイラつきを隠せぬままその場から去ったのを見ると、彼女は酷く悲しそうな顔をして僕へ手を差し伸ばした。
「貴方はいじめられるのが好きなの? そうじゃないならやり返しなさい。されるがままじゃ何も変わらないわ」
同い年とは思えない大人びた彼女は、そう言い残すとその場からすぐに去っていった。後ろ姿でよく分からないが、涙を流しているように思えた。
彼女はたかが僕一人の為に涙を流せる心優しい少女だった。
次の日、僕は昨日の彼女の言葉を思い出しながらいじめっ子にやり返してやろうと勇気を固めて登校した。
だが意を決して教室に入ると思いがけない景色に思考が飛んだ。
なんとそこにはボンドや絵の具が大量にかけられカラスの死骸が置かれている机で静かに座っている彼女の姿があった。
それが次のいじめのターゲットに彼女が選ばれてしまった日だった。
それから彼女が陰湿ないじめにあう日々が続いた。だが僕はあの日の彼女のように助けを差し伸べる事が出来なかった。幼かった僕はいじめのターゲットから外れて心のどこかで良かったと思ってしまっていたのだ。
そんな日々が続いていたある日、毎日登校していた彼女が急に休み始めた。心配になった僕は先生に事情を聞くが何も話してくれない。
僕を助けたばかりに、彼女がいじめられてしまった。僕が彼女に手を差し伸べてさえいれば、彼女のいじめを止める事が出来たはずだ。
彼女が休み始めてからそんな考えがずっと頭の中によぎり、後悔の念が耐えなかった。
僕は偽善者だ……。
そんなある日。休みの日に家族と買い物に出かけていた僕の目に突然飛び込んできたのは、大雨の降る中傘も刺さず葬儀場に喪服を着て入っていく彼女の姿。僕はそれを見て親に聞くと。
「あぁリンカちゃんね。……可哀想よね。突然現れたモンスターのせいで両親がいなくなっちゃったのよ」
話を詳しく聞くと、彼女が突然学校を休み始めた日にその事故は起きたらしい。
頭が真っ白になった。
彼女がそんな苦しい日々を過ごしている中、僕は一体何をしていたんだろう。葬儀場の彼女の何1つ感情の感じられない表情が頭にこびりついた。
その日を境に、僕は彼女の笑顔を取り戻す為に努力し始めた。
――――――――
当時の記憶が脳をよぎり、生徒会の書類を運ぶ彼女に自然と近づいた。
「リンカ、手伝おうか?」
「気にするな。貴様はまた赤点を取らないように勉学に励む事だな」
「あはは……そうだね」
そういう彼女はこちらを見る事もなく去っていった。
僕には気にするなという癖に、彼女は僕のテストの点数まで気にかけてくれている。それなのに未だに彼女の為に何1つしてやれていない。
「はぁ……」
それでも僕にだけは気さくに話してくれる事の喜びを噛み締めた。まだ諦めない。
「リンカ様を射止めるのはハードモードだぞ。普通の恋愛やろうぜ」
大きなため息を吐いた僕を見た友達が何を勘違いしたのか、肩を叩いて慰めの言葉をかけてきた。
「そんなんじゃないよ……」
否定する僕の胸に、少しだけ引っかかったような感覚がしたが気のせいだろう。僕はただ彼女の笑顔を取り戻したいだけなのだ。
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