青のカサブランカ

真塩セレーネ(魔法の書店L)

1話完結

 『青写真』、清く美しい瞳が映る。これを信じず何を信じるのだろう──


 青春の日々を切り取った写真は、こちらを見つめているのに、現実がそんなモノを否定する。こんなものに一体なんの価値があったのか、幻かと。


 中学のとき美術部だった百合子は、今や社会人として『普通』の瞳で中学時代の写真を眺めていた。そこには美術仲間と共に描いた作品がコンクールで優勝し、もらった賞状をみんなで嬉々として囲む様子が写っている。


 夕陽が降り注ぐ橋の上で、百合子の頬で切り揃えられた黒髪は冷たい風で揺れる。そして、手に持っていた写真を大きく振りかぶって川へ投げた。


「ばいばい、青春」


 川の青に沈んでいく、最後には泡となって消えるだろう。こんな思いも一緒に。


 24歳、手放した青だった。


「彼女が犯人ね」「そうね、たぶんそうよ」「そうに違いないわ」「え? 違うでしょ彼女はそんな子じゃない」「人って変わるのよ」「人は変わらないわよ」「彼女の過去知ってる? こんな噂があってね……」「やだぁ本当?」

「じゃあ、みんながそう言うならそうかも」


 ──世の中多数決である。それは否定しないし、少数派の意見を通してほしいとも思わない百合子。百合子にとって、どうでもいいのだ、そんなものは。


 卒業して、美術から離れて社会人となり、仕事を勤めて久々に同窓会に出席したら『声』が聞こえた。知らぬふりをして早々に帰宅した。何でそうなってるのかも分からない、原因不明である。


 その原因もどうでもいいのだ、百合子にとっては。


 友と思っていた部活の仲良しメンバーが、去った。中学3年間の絆がこんな薄っぺらなのかと悲しかったのだ。


 あの思い出の青写真は何だったのだろう、あの無垢な日々を切り取ったものではなかったのかと認識の違いに驚き、その悲しみを全て川へと捨てたのだった。


 次の日には、ある意味、吹っ切れたようにいつも通り仕事へ出勤し、大学や社会人になってからの友達と飲み会をして絆を深める。


 そんな日々を繰り返して半年。これまた突然だった。


「えっ、もしかして百合子ちゃん!?」

「……そうですけど、えっと」


 帰路についた橋の上で声をかけられた。


「わー久々、わたし! 恵美だよ、太っちゃったから分かんない? 幸せ太りだけどねぇ」


 同じ美術部、その独特な喋りで中学のクラスを沸かせていた女の子だ。特別仲が良かったわけじゃないけど……


「え、そうなんだ。久しぶり……」

「……会えて良かった。今度ね〜ウチの子が絵を習うの。百合子ちゃん上手かったし見てもらいたいし話したい! 久々に地元帰ってきてさ、良かったらお茶しない?」


 言葉の勢いと同じく前のめりに近づいてくる恵美ちゃんは、相変わらず元気だった。


「いいの? なんか私良い噂ないけど」

「私は自分の目で見たもの、関わったものしか興味ないもん。又聞きの又聞きってもう怪文書でしょ? 分かる人には分かりますー」

「ふっ、なにそれ」


 思わず笑ってしまい、恵美ちゃんの両手のスーパーの重そうな袋を見て主婦なのかなと勘づく。


「貴方って不器用だし意外と優しいのも部活でいっぱい知ってんだから。子供の頃ってその人の本性なんだから」

「良い人じゃないよ私」

「ほんとに悪い人間はそんなこと言いません〜」

「恵美ちゃん……ありがと。ここ寒いから向こうまで歩こ」


 ちょっと涙ぐんだのは内緒。重そうだからスーパーの袋を恵美ちゃんから「持つよ」と言って奪うと2人で歩き出す。


「良いってことよ。百合子ちゃんは1人になりたい時がある、孤高感を醸し出してるだけの不器用ちゃんだもの」

「久々に恵美ちゃんのマシンガントーク聞いたら元気出てきた」


 なんか見透かされてるみたい、けどおかしいな。嫌じゃない。


「あはは、そうでしょ? 旦那には防音室くれって言われるわ。それと結婚してんだから諦めなさいって言ってあげた」

「ふふっ」

「ね、あの時の年月と噂の一瞬ってさ、天秤に掛けるまでもないからね」

「恵美ちゃん、ありがとう」


 同じ思いの人がいたんだと心を揺さぶられ、目一杯の笑顔を返した。


 暫く談笑し歩いていると、頭の隅で恵美ちゃんが居る青春の写真を捨ててしまったことを後悔した。自分もまた、青写真の恵美ちゃんの存在を忘れていて、青写真に囚われていたことに気づく。


 しまった──ごめん恵美ちゃん。ああ、写真どうしよう……私のばか。


「ね、あとで写真撮ろうよ!」

「……うん!」


 欲しい言葉を一年分くらい聞いた百合子はもう彼女には頭が上がらない。世の中捨てたもんじゃなかったのだ。捨てる神あれば拾う神あり。


 新しい写真を撮ろう──新しい春を歩き始めよう。


End.




【あとがき】

 皆様、最後まで読んで頂きありがとうございます。小説は全てフィクションです。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。 


 カサブランカとはユリの花の一種です。あとは……ひみつ。言葉を楽しんで。


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