第2話 勇者

30歳男性。

会社員。

宝城円架ほうじょうまどか

一人暮らし。

彼女なし。



毎日、仕事に行き、コンビニに寄り、家に帰り、動画を見て、寝る。

これだけなら、平凡な男の人生だ。


俺にはもう一つの人生がある。

それは、”勇者”としての人生だ。




今日は、同僚と帰り道が一緒だった。


「宝城さん、仕事手伝ってくれてありがとうございました。おかげでいつもよりは早く帰れます。」


営業の葛城さんは、苦笑いして言った。

それでも3時間のサービス残業だった。

葛城さんと帰る方向が分かれる交差点に差し掛かった。




急に眩暈がする。

足元がふらついて、世界が一回転した。

これが、俺が”勇者”になる瞬間だ。

瞳は金色になり、前世で勇者だった頃の服になる。

 



俺が戦っている相手は”コドモ結社”だ。

世界征服が目的で、俺の前世の星もコドモ結社に支配された。

コドモ結社は、今度は地球を侵略しようとしていた。

俺は前世の記憶と力を持って転生し、今世10歳の頃から戦っている。 



世界は、さっきの状態でピタッと止まっている。

人も車も信号も。

ここが戦場になる。




「宝城さん……これは一体……?」


葛城さんに話しかけられて、驚いた。

ここで動けるのは、俺と敵だけのはずだ。



「葛城さん!あなたも異空間に来てしまった!危ないから俺の後ろに隠れて!」


葛城さんは、慌てて俺の背後に回った。




カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ……




パソコンのキーボードを大勢が一斉に叩いているような不気味な音が聞こえてくる。

その音がだんだん近づいてくる。

空から。



人が降ってくる。

数えきれないくらいの少年少女たちだ。



整列する爆弾魔アラインド ボマー!」


俺が魔法を放つと、少年少女の前に赤い円が複数現れ、爆発した。

少年少女の体が細々と吹っ飛ぶ。

皮膚が裂け、目玉が落ち、金属は粉々に、コードは千切れ、破片が降り注ぐ。


コドモ結社の兵器、”機械人形”だ。


俺の横に、頭が落ちてきた。

目元がしっかり残っていて、目が合った。




発狂する機関銃クレイジーマシンガン!」


俺の前に、マシンガンの形をした、赤い光が複数現れ、一斉に射撃が始まる。

降りかかってくる機械人形はまたしても粉々だ。




「宝城さん!人形の目が動いた!」



葛城さんに言われて、さっき目があった機械人形を見た。

白目を剥いていて、そこに『3』と書いてあった。


数字が『2』『1』とカウントダウンして、爆発した。


俺は、葛城さんの上に覆い被さった。




「宝城さん!!」


葛城さんの声が響く。

背中が激しく痛んだ。



「葛城……さん……大丈夫ですか……?」


「俺は、大丈夫だけど!宝城さん、背中が!」


俺はよろよろと立ち上がって、上を見た。





『あ!初の大ダメージだね。ここに、お客さんが来るのも初めてだ。』



上空から、一人の子どもが降りて来る。

年は小学校高学年くらい。

金髪の青い瞳で、蝶ネクタイのスーツ姿だ。



『はじめまして、ゲストさん。えっと、カツラギさん?だっけ?』


アーサーは、地面に着地した。



『僕は、”こども結社”のアーサー。よろしく。』





発狂する機関銃クレイジーマシンガン!!」


俺は魔法を唱えた。

機関銃が現れ、銃口が一斉にアーサーに向いて掃射される。

硝煙が立ち上った。



ケガの痛みからくる冷や汗が止まらない。

呼吸が乱れる。



掃射が終わり、煙がゆっくりと晴れた。



アーサーの前に、壁ができていた。

機械人形の部品がくっついてできた壁だ。

顔や手足がところどころ出ていてグロテスクだ。




「うわぁっ!!」


葛城さんが叫んだ。

千切れて転がっていた機械人形の手が、葛城さんの手足を掴んで宙に持ち上げた。



『ホージョーが庇ったってことは、カツラギさんはホージョーにとって、大事なんだね?』


壁の向こうのアーサーが言った。



「あ、ああ。そうだ……。」


『ふーん。じゃあ、取引しよう!僕と契約して、一緒に世界征服しようよ!そしたら、カツラギさんは返してあげる!』


それは、取引じゃない。

脅迫だ。



「世界……征服……?」


葛城さんがつぶやいた。



『そう。世界征服。今は、地球を狙っているんだ。ホージョーはね、地球を守るために20年間もずっと一人で戦っているんだよ。』


「宝城さん……そんなことをしてたんですか……。」


『ホージョー!仲間になりなよ!じゃなきゃ、カツラギさんを殺すよ。』


「やめろ!葛城さんは関係ない!」


『関係あるよ。ホージョーにとって、大切な人だから、そんなケガしてまで、助けたんでしょ?』



葛城さんが叫んだ。


「宝城さん!あなたが仲間になったら、地球は征服されちゃうんですよね?!俺一人のせいで、たくさんの人が犠牲になるなんて、ダメです!仲間になんか、ならないでください!」


『……うるさいな。カッコつけるなよ。』


機械人形の手が捻りを入れる。



「うああああっ!!」


葛城さんが悲鳴をあげる。



「わかった!仲間になるから!もうやめてくれ!」




目の前の機械人形の壁がバラバラになって道を開け、アーサーが近寄ってきた。




『じゃあ、気が変わらないうちに。はいこれ、契約書。内容を確認したら、血判を押して。』



契約書は大量にあって、読めたもんじゃなかった。

俺は……諦めて血判を押した。



「宝城さん……。」


葛城さんの悲しそうな声が聞こえる。



『ホージョー、20年間地球の防衛お疲れ様。これからは仲間として、よろしくね。』


アーサーは俺の頬にキスをした。






異次元から、元の場所に戻る。

いつものスーツ姿だ。


葛城さんは尻もちをついている。


「あれ?俺、なんで座ってるんだろ?転びましたかね……?」


記憶は消されているらしい。



♢♢♢



翌日、俺は会社を休んだ。

コドモ結社と契約したんだ。

もう、地球の社会生活なんて、意味がない。


きっと、前世の時のように、巨大な宇宙船が来て、辺りをレーザーで破壊し、機械人形を放って最初の殺戮が行われるだろう。

そうやって、原住民を脅して支配するんだ。


今回も、故郷を守れなかった……。

だからって、葛城さんを見殺しにはできなかった。




アパートのチャイムが鳴る。

玄関を開けると、そこに青年が立っていた。



『ホージョー、今日からここに一緒に住むよ。』


「アーサー??」


アーサーはずかずかとアパートに入ってくる。



「アーサー!なんで……大人になってるんだ??」


『さあ?子どものまんまだとあの異空間に捕まって、地球に入れなかったんだけど、力を無くしたらすんなり地球に入れたんだ。でも、なぜか体が大人になる。』


アーサーは、黒髪に黒い瞳になっていた。



『地球人と変わらない力しかないから、今は世界征服できないんだけど、ホージョーと暮らせるなら別にいいかな、って。』


アーサーはにっこり笑った。



「……世界征服は……しないってこと……?」


『これまでたくさんの星を征服してきたから、足りないものなんて無いんだよね。だから、新しい星はもういらない。地球はね、そうでも言わないと、ホージョーが構ってくれないと思ったから。』


「……俺に、構ってほしかったの?」


『うん!前世のホージョーを殺した後、僕はホージョーのことが好きだってことに気づいたんだ。だからずっとずっと、この広い宇宙を探してたんだよ。』


アーサーは満面の笑みを浮かべた。



「……なんで……俺のことを、好きになったんだ?」


『ホージョーが、オトナだから。自分の故郷のために戦った。今も、誰にも褒められないのに、地球のために戦ってる。かっこいい。オトナだよ。』


「………………。」



俺は……葛城さんを助けるために契約したんじゃない。

20年の戦いに疲れていたからだ。



『僕はね、愛玩人間として開発されたんだ。永遠に子どもで、大人に都合よく使われる。大人の自己満足、性的搾取、労働人員、時には誰かの同情をひくための演出として。ある日、仲間と反乱を起こしてみたんだ。反乱って、かっこいいじゃん?オトナになれるかな、って思ったんだ。でも、何か、違ったんだよね。暴れるだけ暴れて、結局、大人は僕たちの言うことを聞くようになったよ。そんな風に勝ったのに、僕は、オトナになれた気がしないんだ。』


アーサーは、俺に抱きついた。



『ホージョーのそばにいれば、僕はオトナになれるかな?』


「さあ……わからないよ。俺は……自分をちゃんとした大人だとは、思ってない。」


でも、少なからず、アーサーを自分に引きつけていれば、地球がアーサーに支配されることはない。



『そうなんだ、よくわかんないね。でもいいや。初めて体が大人になったから、ホージョーと同じ目線なのが、嬉しいよ。』


アーサーはにっこり笑った。



『これからは、仲良くしようね、ホージョー!』


「ああ……そうだね。」


アーサーは、宝城の唇にキスをした。




-おわり-

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