第31話 クラスメイトside 伊織葵の決意・前編

 帝国の女帝カーラが古谷柔理を処刑してから1週間。

 王都から徒歩で数時間の荒野にて。


 「そりゃっ!」


 楠木凛がゴブリンの首をはねた。茶色のサイドツインをなびかせながらの見事な一太刀だった。


 「お疲れ凛ちゃん」


 伊織葵が駆け寄り楠木に回復魔法をかける。楠木は怪我などしていないため「別にいいのに」と断るが、葵は念のためと言って魔法を続けた。


 「よし、今ので最後だな。今日の演習は終わりだ。城に帰還するぞ」


 黒騎士レオの号令を受けて広く散らばっていたクラスメイト達が整列し、城へ向けて歩き出す。


 「ではイチノセ。索敵は頼んだぞ」


 「任せてください」


 レオの指示を受けて一ノ瀬王輝は”千里眼”を発動する。これはこの一週間で一ノ瀬が新たに会得した魔眼の一つであり、遠保に視界を飛ばすことができるというものだ。この能力のおかげで魔物からの奇襲に合わずに演習が出来ているのである。


 「みんなの安全は僕が守るから安心してくれ!最後まで怪我なく城に帰るよ」


 一ノ瀬は馬上から笑顔でみんなに声をかけた。ちなみにこの場でレオと一ノ瀬だけが馬に乗っている。何か問題があっても最悪この二人だけは生き残れるようにという女帝の思惑だ。


 「ほんとありがたいね」

 「一ノ瀬君の目ってすごく綺麗よね」

 「彼が同じクラスにいてくれてほんとよかったです」


 一ノ瀬の鼓舞を聞いて、クラスの女子たちはメロメロである。一ノ瀬のカリスマ性とその特異な能力が彼女たちを魅了させていた。


 男子たちはこの状況をあまりよく思っていなかった。それに葵も。

 いくら一ノ瀬が相手といっても、最近の女子たちはメロメロになりすぎている気がするのだ。それがあまりに異様で、不気味に思えた。


 葵を始めとする一部の生徒たちは、一ノ瀬が女子生徒たちに何か魔法をかけているのではと疑い出している。


 もっともそんなことをしているという証拠がないので誰も声には出さないが。


 「私も馬に乗ってみたいわねぇ」


 楠木が一ノ瀬が乗っている馬を見て呟いた。

 ちなみに彼女は一ノ瀬にメロメロになっていないし、この状況を疑問にも思っていない稀有な女子生徒だ。


 「葵もお疲れ。よかったら一緒に馬に乗らないか」


 一ノ瀬が馬で近づき葵に声をかけた。柔理がいなくなってからというもの、葵へのアタックが積極的になりだした。


 「いいなー伊織さんは。一ノ瀬君に誘われて」

 「でも正直この二人はお似合いよね。美男美女だし」

 「プリンスとプリンセスって感じがしますよね~」


 他人の恋愛模様を見てキャピキャピ楽しむ女子高生たち。

 だが葵はこの一ノ瀬の提案を断った。


 「結構です。私は凛ちゃんと歩く方が楽しいので」


 「そ、そうかい。疲れたらいつでも乗せてあげるよ。でももし古谷のことを引きずっているなら、早く立ち直った方がいいとは思うけどね」


 ピキッ!

 無神経な一ノ瀬の発言に葵は怒りが込み上げてきた。


 だが代わりに声を上げたのは委員長の石岩だった。


 「一ノ瀬君!流石に今の発言は無神経すぎると思うぞ」


 「そうですね。クラスメイトの死への向き合い方は他人にどうこう言われるものではありません」


 「それにここに立って戦っているだけで彼女は十分強いと思うぜ」


 それに続いて剣崎と剛田が一ノ瀬を非難する。この3人は葵と楠木と同じパーティの物理職組たちだ。


 彼らが擁護してくれたおかげで自分が一ノ瀬を怒鳴りつけるような事態にならずに済み、葵は感謝した。


 ただ剣崎がいった「クラスメイトの死」という言葉は少し違う。

 葵にとって柔理の死は「好きな人の死」なのだ。まあそんなことを訂正するつもりは毛頭ないが。


 「そ、それもそうだね。僕としたことが。悪かったよ」


 男子3人の批判受けて一ノ瀬は葵に平謝りして、列の前方へと戻っていった。

 女子生徒たちは「一ノ瀬君の誘いを断るなんて」「男子は一ノ瀬君の優しさが分からないのか」と不満を垂れている。


 「最近はなんだが女子たちの様子がおかしくなっちゃったけど、葵もなんだが変わったわよね。なんていうか、強くなった感じがするわ。何かあったの?」


 葵の横を歩く楠木が質問する。

 柔理が処刑された日は生徒たちの精神面を考慮して魔物討伐演習が延期になり、丸一日が休暇になった。


 その日の葵は一日中自室で泣いており、それを傍で慰めたのが楠木だった。ちなみにこの部屋に一ノ瀬も入ろうとしたが楠木がそれをなんとか防いだ。


 傷心の葵に取り入ろうとする作戦は楠木によって阻止されていたのである。


 翌日からも葵の顔には生気がなく、楠木はずっと心配していた。もしかしたら彼の後を追ってしまうのではないかという懸念もあった。


 だがここ最近は急に葵の顔に生気が戻ってきたのである。まるで生きる目的を見つけたかのように。それが何かを楠木は知りたがっていた。


 「いや別に… 柔理君の分も生きないとダメだなって思うようになっただけ」


 怪しい。

 楠木は葵が何かを隠しているのを確信した。

 というのも葵には嘘をつくときに下唇を噛むという癖があるのだ。今の葵も下唇を噛んでいた。女優のくせに嘘をつくのは下手くそなのである。もっとも楠木にしか分からない識別方法だが。


 「最近一ノ瀬君に当たりが強いのと関係があるの?」


 「別に一ノ瀬君のことを嫌っているつもりはないけど」


 また下唇を噛んだ。

 ということは葵は一ノ瀬のことが嫌いなのだと、楠木は確信した。

 だが心の優しい葵は滅多に人のことを嫌いにならないはずなのだが。


 「まあいいわ。言いたくないなら言わなくても。でも無理だけはしないでね」


 「うん、ありがと」


 葵は今の自分をそっとしておいてくれる親友に感謝した。

 今は一ノ瀬のことを考えたくないのだ。柔理を殺した一ノ瀬の事を。


 実は葵は、一週間前に女帝の手で柔理が処刑されたあの出来事の真相を知っている。


 あのときカーラと一ノ瀬が結託して柔理をはめて、私たちの前で処刑をしたという真相を。


 というのもあの日、食堂で柔理が女帝に呼び出された時点で、葵はねずみの使役獣であるチュータを柔理に追従させていた。


 そして玉座の間の端でチュータが見聞きした情報を、後で自室にてこっそりと教えてもらったのである。使役獣と高度に意思疎通ができるビーストテイマーである葵の特性がここで活きた。


 さすがの葵でも、自分の好きな人を間接的に殺した男は嫌いになって当然だ。ましてや好きになるなんて到底ありえない。


 ここまでは葵が一ノ瀬のことが嫌いな理由。最近になって顔に生気が戻った理由はこれとは別にある。


 というのも魔物討伐演習をしている内に気づいたことがあったのだ。

 それは黒騎士レオが休憩時に火を起こすときに呪文を詠唱したこと。


 この時葵は「才能と一致しない魔法を唱えるには詠唱が必要」という女教官の教えを思い出したのだ。自分や周囲がいつも才能と一致した魔法を無詠唱で発動していたため失念していた。


 ここでさらにあることを思い出す。


 女帝カーラが柔理を処刑するときに、呪文を詠唱していない。

 あの時自分はカーラから遠くて分からなかったが、チュータが近くで呪文を詠唱していないことを確認していたのだ。


 自分たちがこの世界に飛ばされたときにカーラは「高位英雄召喚は初めてだ」と言っていた。ここからおそらくカーラの才能は召喚術に関するものだと推測できた。


 つまりあの日玉座の間から柔理がいなくなったのは、消滅させられたわけではなく、どこかへ召喚、ないし転移されたのではないかと推測できた。


 それならもしかしたら柔理はまだ生きているかもしれない。


 カーラは処刑と言っていたため生きている可能性は限りなく小さいかもしれない。


 しかし葵はこのわずかな可能性に賭けて、誰にもバレないようにこっそり柔理の行先を探ることにした。そのため柔理には悪いと思っているが、この真相のことはまだ誰にも、親友の楠木にすらも話していない。


 



 一ノ瀬の索敵もあって全員が無事に城に帰還することができた。


 「皆ご苦労だった。しっかりと休んで明日に備えるように」


 いつもと同じ黒騎士の締めの挨拶だ。

 しかし今日はいつもと違う内容が続いた。


 「俺は今から最前線に戻るため、明日からの皆の指揮はメアリスにやってもらう」


 「よろしくお願いしますね」


 城での訓練の時に魔法職グループがお世話になった女教官だった。討伐演習が始まってからはめっきりと見かけなくなっていた。


 葵は彼女を見るなり「黒騎士はダメそうだけど、この女教官なら…」と思った。


 レオとメアリスの挨拶が終わり解散すると、葵はメアリスが一人になったのを見計らって話しかけた。


 「あの、メアリスさん」


 「えっと、あなたはたしか処刑された男の子と同じグループだったビーストテイマーの。私は後から知ったのですが、彼のことは残念でしたね。それで何の用ですか?」


 彼女は冷酷な黒騎士と違って、柔理の処刑を悲しんでいる。彼女にかけてみよう。


 「えっと、その柔理君のことに関してなのですが」


 「なんですか。私が答えられることは少ないと思いますが」


 葵は意を決して質問する。


 「彼がどこへ飛ばされたか教えていただけませんか」

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