第30話 赤髪の魔導士
独りになってしまったな。
昨日まで本当にここが奴隷施設だったのが信じられない静けさだ。
さて、これからどこへ向かおうか。
やはりここから北へ海を渡った先にあるというカーラの帝国だろうか。今の俺ならよっぽどの相手出なければ負けることはないだろうし、葵たちクラスメイトの様子が気になるからな。
”
海の上で迷子になったら困るから、船などをどうにか手に入れた方がいいかもしれない。
考えることはまだいろいろとあるが、とりあえず出発の準備をしよう。
まずは風呂に入ることにする。追手が来るのは早くても昼過ぎらしいので、まだ余裕はあるのだ。
俺は管理棟の内部にある浴場で水浴びをして、サフランたちと同じように看守の服に着替えた。彼女たちはややブカブカの着こなしだったが、俺にはピッタリなサイズだ。
次は持ち歩く食料の準備だ。そのついでに朝飯も済ましてしまおう。
俺は管理棟の地下から残りわずかになった食料を地上に持ち出した。元奴隷たちがほとんど持って行ってしまったようで、俺が旅に携帯するにしては心もとない。
「まあ道中で獣でも狩ればいいか。俺の魔法があれば余裕だろ」
俺は用意した肉を焼くために炎をつけようとするが、マッチがどこにあるのか分からない。
そもそも昨日の人たちがマッチで火をつけたのかも定かではないが。誰かが火の魔法をつかったのかもしれないし、火を起こす魔道具があるのかもしれない。
楠木さんが入たら無詠唱で簡単に火が付いたんだけどな。いや、人をマッチ扱いしたら失礼か。
「とりあえずマッチがないか探すか…」
「マッチなら持ってるよ。どうぞ」
「あ、これはどうも」
俺は隣に座っている赤髪の青年からマッチを受け取った。昨日用意されていた焚火に火をつけてフライパンで肉を焼き始める。こんな世界には親切な人はいるもんだな…
「誰だ!お前は!」
俺はとびはねて距離を取り臨戦態勢を取る。
一体誰だ。追手だとしても来るのが早すぎる。
というかそもそもこいつは、いつの間に俺の隣に座っていたんだ。
一応俺は周囲の警戒を怠っていないつもりだった。壁の外の獣が施設内に迷い込んでくる可能性があったから。
それなのにこいつは俺に気づかれずに隣に座っていた。
ただ者ではない。追手なのは確定だろうか。
「食べないのかい?フルヤジュウリくん」
「え?は?なんでその名前を」
赤髪が俺の本名を口にした。せっかく偽名を作ったのにもうバレてら。
しかしどうやって知ったのだろうか。この世界で俺の名前を知っているのは、クラスメイトのみんなと帝国の人間、それとサフランたちだけのはずだ。
「お前まさか!サフラン達をっ!」
こいつはおそらくこの施設に来る前に、スラムに向かう途中のサフランたちを襲っていったのだ。スラムまで護衛しなかった自分が憎い。
俺は怒りに任せて”形状付与”で地面から棘を生やして、赤髪を串刺しにしようとする。
だが土の棘は赤髪に直撃することはなかった。赤髪が全ての棘を素手で叩き折ったのだ。
「なっ!これに反応できるのか」
それなりに硬くしたはずだったんだが。それにこの反応速度も驚異的だ。
赤髪は棘を弾いた自分の手を見つめている。
「驚いた。もうこんな技まで使えるのか… ちなみにそのサフランって子には別に何もしてないよ」
「え?じゃあなんで俺の名前を」
「帝国に召喚された時から君のことは見ていたからね。まあもっと昔から見てたんだけど」
帝国での召喚も知っているのか。ということか帝国の人間だろうか。
「俺が死んでるか確認しにきた帝国の人間か?」
「違うよ。僕はあの国の人間じゃないからね」
違ったみたいだ。
とするとこの中央王国の人間だろうか。
これだけの力をもった中央王国の人物なら一人思い当たる。
「じゃああんた、この国の宮廷魔導士だろ。俺を殺しに来たんだな」
「違うよ」
これも違ったみたいだ。
じゃあ何者なんだ。もう思い当たる節がないんだけど。
「まあそうだな。僕は個人的に君に興味がある人間、かな」
「俺に?」
「自分一人で逃げれるところを引き返して他の奴隷を助けようとするその人間性。そしてそれを可能にする特別な付与術」
こいつは俺のことをどれだけ知っているんだ。俺の付与術のことまで知っているとは。
「君も薄々感づいてるんだろ。自分の力が他の人とは違うということを」
敵ではないのだろうか。敵なら奇襲で攻撃してきているだろうし。
少しこの赤髪のことを信用して俺の力について聞いてみるとしよう。
「俺の力について何か知ってなら教えてくれないか」
「力についてか… 僕の感想な教えてあげるよ」
こいつの感想にはそこまで興味ないんだが。まあ情報はあるに越したことないからな。この能力は俺のこの世界での生命線なわけだし、しっかり理解しなければ。
「正直期待外れだ」
「あ、そうですか…」
全然有益な情報がなかった。
しかも期待外れだと。俺の奴隷解放や人狩り戦を見ていなかったのだろうか。かなり強力な力だし、それなりに使いこなしていたと思うんだけど。
「これでも結構強い方だと思ってるんですけどねぇ」
「そうかな。でも今の僕の攻撃を見切れてないでしょ」
「えっ」と声を出す間もなく俺は足の力が抜けた。
いや違う。足の力ではなく、地面の底が抜けている。
俺たちを中心に半径50メートルの地面が地下深くまで一瞬にしてくり抜かれたのが確認できた。
錬成魔法か。いやそれよりも強力そうだ。
俺は重力に従って奈落に落ちていく。
まずいぞ。とりあえず”浮力付与”で落下を止めなければ。
しかしここであることに気づく。周囲に十分な魔素がないのだ。普通なら魔素がなくなったとしても、その周りから流れ込んでくるはずなのだが、それが極端に少ない。
ゆえに俺は”浮力付与”をするのに十分な魔力を”魔力付与”で確保することができず、落下に抗うことができなかった。
地上からは空に浮いた赤髪がこちらを見下している。あいつも浮ける魔法なのか。
「その程度の力で”世界”を相手にするなんて不可能だ。残念だよ」
赤髪は冷たい目で俺を見つめている。
これはまずいな。敵じゃないという判断は誤りだったか。
俺は異世界に来た時からヤバい人に目を着けられていたみたいだ。
「うわーーーーーー」
俺は異世界に来て二度目の落下を体験する羽目になった。
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