相方と一緒に来ました。よろしくお願いしますー。
その後、実緒はレストランを後にし、森脇に連れられてロッカーが並んでいる部屋へと入った。そして、言われるままにテーブルに腰かけ、書類作成を行った。
実緒の契約は、九月までのおよそ半年だ。とは言え、ホテル側と実緒の双方が望めば、そこからまた半年単位で更新出来るらしい。まあ、初めてのバイトなので実緒はともかく、ホテル側に認められるかどうかはこれからの頑張り次第だが。
「あと、こちらが明日からの制服です。サイズを確認したいので、着てみて下さい」
「はい」
制服、と言われて差し出されたのは長袖シャツと、黒いエプロン。あと、黒のスラックスのギャルソンスタイルだった。幸い、大きすぎたり小さすぎたりせず、腕を振ってみたりしゃがんでみても問題なかった。
「問題なければ、ここがあなたのロッカーになるので入れて下さい。とは言え、シャツは毎日。エプロンとズボンは、休み前にホテルのクリーニングに出して下さい。この社員証を見せると、新しいものが渡されるので今日のように、自分のロッカーに入れて翌日の仕事に備えて下さい……黒い革靴は、持ってきていますか?」
「フロントに預けた荷物の中にあります」
「では持ってきて、靴用のロッカーに入れましょう。あとは、クリーニングの場所を案内して……社員寮に、行きますよ」
「はい!」
社員証を受け取り、荷物を取ってきてローファーを置き、ホテルのクリーニングの場所を確認して。
実緒は荷物を荷物を手に、森脇と共に女子寮へと向かった。そして、洗面所や共用スペースを案内された後、自分の部屋で解散──と思ったが、何故か部屋に入る前に森脇が隣の部屋のドアをノックした。
「はーい?」
「森脇です。佐久間さん、明日からの同期の方が着きましたが、ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい、解りましたー」
森脇の声がけに答え、ドアを開けたのは実緒より少し上、二十歳くらいの女性だった。ただ、年は近いが見た目はまるで違う。親が嫌がるからと髪を染めたりパーマをかけたりせず、化粧っ気もない実緒に対して、目の前の女性の明るい色の髪はふんわりと波打ち、まだ入浴前だからかバッチリ化粧をしていて、それがまたよく似合っていた。
「
「……門倉実緒です、こちらこそよろしくお願いします」
「はい、明日からよろしくー……森脇さん?」
「ええ、ありがとう。二人とも、明日から頑張って下さいね」
『相方』。つまり恋人と一緒に、のところで引っかかったが、リゾートバイトを派遣している会社では、恋人や友人などと一緒に申し込み、同じバイトをするのは禁止していない。いや、むしろそれで応募が一人増えるならと思うのか、推奨しているくらいだ。
その為、実緒が口出しする話ではない。まあ、三人中二人が恋人だと実緒はあぶれるだろうが、別に友達を作りたくて来ている訳ではない。
そう思い、相方発言には触れずに挨拶すると晴はまずは実緒を、次いで森脇を見て言った。あっさりしたものだが、とりあえず穏便に済んだようなのでホッとする。そして、森脇が話を締め括ったことで晴はドアを閉め、実緒は隣の部屋に入るよう促された。
「……個室」
「ええ、短期じゃないですし春さんとは違う派遣会社ですからね。あ、こちらが部屋の鍵になります。部屋を空ける時は忘れずにかけるか、かけないなら貴重品は持ち歩いて下さい」
「解りました。今日は、ありがとうございました」
「いえ、明日からよろしくお願いします」
そう返事をして、実緒は森脇が立ち去るのを見送ってから、ドアを閉めて鍵をかけ部屋の明かりをつけた。
小さくて、部屋の半分はベッドのようだが──自分の、自分だけの部屋だ。
荷物を床に置き、少し考えて実緒はベッドにごろりと寝転んでみた。
(……ここに来れば休みの日の朝は好きなだけ眠れるし、お給料の範囲であれば自分の好きなものを好きなように買える)
そう考えるだけで、実緒はワクワクした。
ただ、ジュースくらいは飲んだが昼食は食べていなかったのでお腹が鳴り──慌てて上着などを脱ぐと、実緒はちょっと行儀が悪いが、床に直に座って木元から貰った食べ物やお茶を敷いたビニール袋の上に並べ、昼食兼夕食として食べた。お腹が空いていたのもあるが、美味しくてペロリとたいらげた。
それから、着てきたものや買ってきた服をハンガーにかけたり、荷物を置いたりした後、少し考えた末に部屋についていたユニットバスを使うことにした。先程、寮に温泉浴場もあると教えて貰ったが、複数の人間とお風呂に入ったのは修学旅行くらいである。今日は緊張しない方を選び、慣れてきたら足を伸ばしたりしたいので、大きい浴場を使うことにした。
(おぉ……)
ユニットバスなのでお湯を溢れさせたり、シャワーのお湯を飛び散らさないことに気をつけて、実緒はお風呂に入った。体を洗った後、浴槽にお湯をためて入ったら、体が冷えていたのもありあまりの気持ち良さに「うぁー……」と声が出てしまった。
そして髪を乾かした後、少し早いがスマートフォンで時間差のアラームを設置し、実緒は目を閉じた。
……家出初日の夜は翌日、アラームが鳴るまで夢も見ずに爆睡した。
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