そんな訳で、素直に相手の申し出を受けることにした。
ホテルの名前を、変更しました。
※
「ニセコ町役場まで、お願いします!」
四時半頃、実緒はバスで無事、ニセコへと到着した。ただ、観光客向けのバスなので停車したのは町中ではなく、少し離れた場所にある宿だった。
ここから町役場まで歩いて十五分くらいらしいが、何せ山の中なので札幌と違って道には雪が積もっている。更に土地勘がないのと、手には追加で買ったものと木元からの餞別の入った紙袋。更に今日は金曜なので、遅くなり役場が閉まってしまったら大変だ。また来週以降にここに来ないといけなくなる。
そんな訳で、実緒は宿の入口に停まっていたタクシーへと駆け込んだ。すぐに走り出したのに安心していると、運転手の男性が話しかけてきた。
「お客さん? 町役場の用事が終わったら、またさっきの宿に戻りますか?」
「えっ? いえ…
「じゃあ、よければ
運転手は二十代半ばで、しかも最初は気づかなかったがこうして話をするのにタクシーのルームミラーを見てみると、明るい栗色の髪と端正な顔立ちをした、芸能人かと思うような美形だった。
これから女性の一人暮らし、まあ、住むのは他のバイトなども暮らす社員寮だが、それでも多少は警戒しないといけないだろうなと思う。
しかし数分で到着した町役場には、今、実緒が乗ってきたタクシー以外はいなかった。町役場から目的地であるホテルまでは、徒歩だと一時間以上で車で二十分ちょっと。バスはあるが、町役場を出る頃には間に合わなそうだ。この後、バイト先に行って職場や寮について説明を聞くことになっている。余裕を持った時間で伝えてはいるが、遅刻などせず心穏やかに向かいたい。
「ありがとうございます、お願いしますっ」
「……かしこまりました!」
そんな訳で、素直に相手の申し出を受けることにした。勢いよく頼んだ実緒に、髪と同じ栗色の目を軽く瞠り──次いで笑ってそう言うと、お金を払い、旅行鞄だけ持って町役場に向かった実緒に手を振った。そして無事に転入手続きを終え、町役場を出た彼女を乗せてバイト先であるホテルへとタクシーを走らせてくれた。
タクシーなので当然かもしれないが、雪で白い道なのに乗っていて安心出来る運転だった。
※
バイト先であるホテルは山の中、スキー場が隣接した場所に建っていた。
フロントに向かい、木元に言われていた通りに派遣会社と名前を伝えると、しばらくして事務員らしい制服を着た、三十代半ばくらいでキリッとした目が印象的な、ボブカットの女性がやってきた。
(声だけだと木元さん、こんな感じのイメージだったんだよな……まあ、仕事中はスーツだって言ってたし。お洋服も可愛かったけど)
そう思っていた実緒の前に立ち止まり、女性がハキハキと話しかけてくる。
「人事の
「はい、大丈夫です」
木元から事前に指示があったので、旅行鞄に入れておいた空のトートバックに財布と印鑑を入れ、後はフロントに預けた。そして森脇についていくと一度、ホテルから出て従業員用の出入り口を教えて貰った。
「従業員の皆さんはここから出入りして、タイムカードを押します。門倉さんのタイムカードは、ここです。明日からはここで、出勤と退勤の時に押して下さいね。門倉さんの職場になるレストランは、こちらです」
「はい」
今の時代、大抵の店はインターネットで店についてやメニューについて見ることが出来る。
最初、レストランと聞いたのでバリバリの洋風かと思ったら、夜のコース料理にはお刺身も出るし、鍋やピザなどもあった。外国人観光客も来るからと、和洋折衷のレストランらしい。そして、そんな外国人観光客はワインを頼むことが多いので、ソムリエナイフでの抜栓をホールスタッフに覚えて欲しいそうだ。
(必須ではないらしいけど、確かにそれなら覚えた方がいいよね)
とは言え、まずは配膳や食器の下げ方かららしいが。
そんなことを考えながら、森脇の後をついていく。レストランの入り口は客と従業員で分かれていないようなので、森脇と一緒に中に入りそこから厨房へと向かった。
「
「……よろしく」
「遠路はるばるお疲れ様。俺は吉岡、よろしく。こっちは、料理長の小田切さん……無口だけど、料理の腕は確かだから心配しないで」
年の頃は二人とも、実緒の両親と同じくらいか少し上の四十代だ。
ただ、二人とも共通しているのは年齢だけでそれ以外はまるで違う。
接客担当だけあって、眼鏡の奥の目や頬が笑みを浮かべていて、爽やかで優しそうな吉岡と。無口もだが背が高くて精悍な面差しだが、無表情な小田切がそれぞれ実緒に声をかけてくる。
「は、はい。門倉実緒です、よろしくお願いします」
ただ吉岡は勿論だが小田切も嫌な感じはせず、むしろ挨拶までされたのに実緒は慌てて名乗りを返し、挨拶をして頭を下げた。
そして先程の森脇の「新人さんの一人」という言葉で、別の派遣会社からも同じホールスタッフのバイトが来ていることを思い出した。
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