ニート、洞窟で目覚める

「はい、着きましたよ」

 目を覚ますと俺は、ジメジメとした洞窟の奥で倒れていた。

 なんだか、背中が少し湿っているような気がする。

「気のせいです。もしくは、心の湿り気が漏れ出たんじゃないですか?」

 心の湿り気ってなんだよ。

「知りませんよ。ググれカス」

「……それで、ここは何処なんだ?」

 このままこうしていても、どうせ貶され続けるだけだ。

 なので、今度はこっちから話を進めてみる事にした。

「おお、いい心がけですね。どうやら東藤さんはカピバラよりはましな頭脳をお持ちのようで」

 結局、何をしても貶されるのか。

「ここは、東藤さんの住んでいた世界とは別の世界です。いわゆる異世界ですね」

 しかも、無視……。

「そしてこの洞窟こそが、東藤さんの次の引きこもり先ですよ」

 せめて家って言ってくれ。

「それは気持ちの持ちようでしょう。そして、次が重要な説明ですよ」

 妖精は大きくタメを作ると、俺の方を向き直って言葉を続けた。

「この世界には、ジョブがあります。もちろん、前の世界では無職ノージョブだった東藤さんだって例外ではありません」

 ……うん。なるほど。

 なんだか言葉の節々に感じるものがあるけど、続けてくれ。

「言われなくても続けますよ。それでですね、東藤さんのジョブなんですけど……」

 再び言葉を区切ると、勿体ぶるように俺を見つめてくる。

 どうせ大したことないんだろうし、早く言ってほしい。

「あら、そうですか? 一世一代の神託ですよ」

 分かったから、早く。

「まったく、東藤さんはせっかちさんですね。それじゃあ言いますけど、東藤さんのジョブはダンジョンマスターです」

 引きこもりの東藤さんにぴったりですね。

 そう言われてしまえば、もう何も返せない。

 俺だってそう思うんだから……。

「ちなみにダンジョンマスターとは、東藤さんも小説なんかで良く知ってる奴です。魔力やらを変換したポイントを使ってダンジョンを構築して、それを守る主。もちろん、ダンジョンコアを壊されたら死にます」

 じゃあ、スマホみたいなのでポイントを管理したりするのか。

「します、します。これがそうです」

 そう言って妖精が、どこからか取り出したスマホを俺に投げる。

 慌てて受け取ると、不意に指先が画面に触れてしまった。

「ん?」

 そうすると画面には俺の個人情報ともいえるステータスが表示されたんだが、そこに見覚えのない名前がある。

 使い魔、リゼル?

「ああ、それ私です。そう言えば自己紹介がまだでしたね。これからは、妖精じゃなくてリゼルって呼んでください」

 そう言って、妖精改めリゼルは可愛らしくニコッと笑った。

「ちなみに、私のステータスを勝手に見たらいくら主と言えどブチ殺しますからそのつもりで」

 まさか、笑顔のまま「ブチ殺す」と言われる日が来るとは……。

「そんな事よりも、東藤さんのステータス見ましょうよ。スキルとか、色々ありますよ」

 誤魔化しているつもりなのか、リゼルは露骨に話を逸らしてくる。

 まぁ、確かにそれも気になる。

 俺はもう一度スマホの画面に目を落として自分のステータスを確認した。


 <東藤 隼人(仮)>

 種族:人間

 ジョブ:ダンジョンマスター

 スキル:ダンジョンメイク、隷属、鑑定、強運、防御力低下(中)


「わぉ、素で弱体スキルが付いてるなんて珍しいですね」

「そんな事より、(仮)って……?」

「ああ、それはサービスです。異世界に転生した人の中には、名前を変えたがる人もいますから。東藤さんだって、前の世界の雑魚い名前なんて捨てたいでしょう。て言うか、隼人ってえらく名前負けしてますね」

 放っといてくれ。

 ともかく、(仮)は嫌だから変えとくか。

 スマホを操作して、名前を異世界っぽくハヤト・トウドウに変更しておいた。

「……意外と気に入ってらしたんですね」

「親からもらった、大切な名前だからな」

「さすが、親不孝者は言う事が違いますねぇ」

 いちいち心を抉らないでください。

「考えておきましょう。それじゃあ、私もこれからハヤトさんって呼びますね」

 お願いします。

「敬語とか、気持ち悪いんで止めていいですよ」

 ……分かった。

「名前の事は一段落しましたし、次はスキルの事を話しましょう。ちなみに最初の二つがジョブ固有のスキルで、後の三つがハヤトさんの初期スキルです」

 強運は何となく分かるけど、この鑑定って言うスキルは?

「そのままですよ。人や物の価値が分かります。ただし、所有物以外はダンジョン内でだけですけど。ちなみに、そこそこレアスキルですよ」

 なるほど、テンプレか。

「まぁ、そうですね。……さて、それじゃあ次はポイントです。確認してみてくださいな」

 言われるがままにスマホを操作してみると、簡単な操作でポイント管理画面へと切り替わった。

「そのスマホは馬鹿でも操作できるようになってるんで、ハヤトさんでも簡単でしょう」

 もう慣れてしまった暴言を軽く聞き流して画面を見ると、そこには驚きの数字が表示されていた。

「70000ポイント……」

 最初に貰えるポイントにしては、ちょっと多すぎないか?

 あと、ちょっと半端だ。

「ああ、それはハヤトさんのコレクションしてたフィギュアをポイントに変換してみました」

「何て事をしてくれたんだッ‼」

 恐らく人生で一番大きな声だったと思う。

 両手で耳を塞いで顔を顰めたリゼルを掴もうと手を伸ばしたが、あっさりと避けられてしまった。

「良いじゃないですか。どうせこっちには持ってこられないんだし」

「そう言う問題じゃない!」

「ええいっ、やかましいですね! そんな聞き分けのない子は、ポイント取り上げて人生ハードモードにしますよ!」

 その言葉にビクッと身体を震わせて、俺の中の怒りが瞬時に萎んでいくのを感じた。

「……ごめんなさい」

「素直でよろしい。まぁ、さすがに可哀想なのでハヤトさんにもうちょっとプレゼントをあげましょう」

 特別ですよ、とリゼルは俺に向かってウインクをする。

 そうしてパチンと指を鳴らすと、壁の一部が抉れてそこに扉が現れた。

 開けてみてくださいと促されて中に入ってみると、そこは風呂場だった。

 大浴場のような大きさで、十人が一緒に入っても余裕があるくらいだった。

「しかも、天然温泉ですよ。ハヤトさんにはもったいないくらいです」

 確かにこの広さは、俺一人だともったいないような気もする。

「それに、これはサービスし過ぎな気がするんだが」

 いったい、どういう風の吹き回しなんだ?

「それは、ほら。これから一緒に生活するんですし、ハヤトさんの体臭がきつくなったら嫌じゃないですか。水浴びなんてしそうにないですし」

 そう言われてしまうと、ちょっと納得してしまう自分がいる。

 まぁ、そのおかげで風呂に入れるんだから良しとしよう。

「そうそう。人生ポジティブに生きましょう」

 リゼルの言葉に頷いて浴場から出る。

 そうすると、突然ポケットの中のスマホがけたたましく警報を鳴らし始めた。

「なっ、なんだ⁉」

「ありゃ? 侵入者ですか。こんな何もない洞窟に入るとはかなりの物好きですねぇ」

 びっくりして慌てる俺とは違って、リゼルは平静そのものだった。

 取り出したスマホの画面をいち早く覗くと、がっかりしたように肩を落としていた。

「なんだ、ただの小動物じゃないですか。つまんない」

 俺も同じように画面を覗き込むと、そこには狸みたいな生き物が映っていた。

「どうすれば、良いんだ?」

 いまだ鳴り響いている警報に顔を顰めながら、リゼルに尋ねる。

「とりあえず警報を消してください。うるさくて仕方ないですから」

 消せって言われても……。

 分からないなりに操作をしていると、やがて警報は止まり辺りに静けさが戻った。

 相変わらず、画面には『危険!』と表示されているが。

「やっと静かになりましたね。それじゃあ、モンスターでも召喚してみましょう」

 そいつに、対処させればいいんだな。

「その通りです。まぁ、この程度ならゴブリンで良いですよ。最初だし、ポイントはサービスしてあげます」

 召喚の仕方などの説明を受けながら、とりあえず言われるがままゴブリンを召喚してみる。

 そうすると、目の前が光り始めてそこからゴブリンが姿を現した。

 そのゴブリンは、俺の方を見てジッとしている。

 これは、命令を待っているんだろうか?

「侵入者を、排除せよ」

「ギッ!」

 試しに指示を出してみると、(恐らく)返事をしたゴブリンはそそくさと部屋を出て行く。

 そして数分後、スマホの画面からは危険の文字が消えていた。

 そのすぐ後に、血で塗れたゴブリンも部屋の中に入ってくる。

「……出て行って、待機」

「ギギッ!」

 血生臭くて見ていられなくて、とりあえず出て行くように命令する。

 それに従ってゴブリンが部屋を出て行った後に、やっと一息つく事ができた。

 だが……。

「早急に、ダンジョンを作らなければ」

「そうですね。私もちょっとハヤトさんで遊びすぎました」

 俺で、かよ……。

 ともかく俺は、急いでダンジョンを作る為の説明を受ける事にした。

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