第4話 悪徳貴族の御曹司、自分で自分を追い込む。


「さて。ギルベルトよ。貴様が何を思ってその奴隷たちをメイドにしたのか……今から我輩らに述べてみよ」


 そう言って父、ゴルドラス二世は不気味な笑みを浮かべた。


 母や妹もその言葉に従い、俺を鋭い目で凝視してくる。


 これは―――命を賭けた演説の場に立たせられたと言っても良い展開だな。


 彼らを納得させる弁明ができなければ、俺は法国の異端狩りエクソシストとやらの疑いを掛けられ、この場で始末されることとなる。


 ……死の気配を纏った怪物どもを前に、喉がカラカラに乾く。


 頭がズキズキと痛みだす。


 今一瞬でも気を抜けば、俺の安っぽい仮面は剥がれ、ただの臆病な『杉原善太郎』の人格が表に出てしまうだろう。


 だけどそうなれば、俺だけでなく、背後にいる三人の少女たちの命も奪われることになる。


 ――――それだけは絶対に駄目だ。


 何の罪も犯していない彼女たちが、無残に殺されることになるなんて、絶対にあってはならない。


 俺は誰かを助けられる人間になりたい。前世の俺はそう、願ったはずだ。


「どうした、ギルベルト。何か弁明はないのか?」


(……考えろ、考えろ、考えろ、考えろ……!!!!!)


 俺は思考をフル回転させる。


 奴隷であった彼女たちを俺のメイドにした理由。


 この悪魔の家族を納得させられるような、極悪非道な理由。


 あいつらは、さっき、いったい何を話していた?


 思い返せ、奴らの会話の全てを。そこに何かしらのヒントがあるはずだ……!!


『貴方……本当にギルベルトなの? 私の息子を騙った、偽物……なんじゃないの? まさか、聖教会の間者が幻惑魔法を使用してギルベルト扮しているのかしら? フフ、ウフフフフ、アハハハハハハハハハハハハ!!!!!! 法国の異端狩りエクソシストたちが最近、ルーベンス家の者たちを吸血鬼と見破り、殺していることは有名な話だからねぇ!! ついに、ブラッドリバー家にまで来たってわけねぇ!! この、クソどもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! 私の親友を殺しやがってぇぇぇぇぇぇ!!!!!!』


『お母さま。まだ、異端狩りエクソシストだと決まったわけではありませんわ。お兄様は、とても知慮深い御方。何か理由があって、あの愚物たちをメイドにすると言っているのかもしれません』


『静かにしろ、ヘレナ。確かに、メアリーの言葉には一理ある。我が息子ギルベルトなら、考えも付かない一手を想像しているのかもしれん』


 法国、異端狩りエクソシスト、ルーベンス家、ヘレナの親友は敵である人間に殺された……。


 妹は俺の言動を深読みして、兄が知慮深い存在だと思いこんでいる。


 父も同様、考え付かない一手が俺の中にあると思っている。


 この場で必要なのは、母を納得させられる言葉と、父と妹の想像通りの天才児ギルベルト・フォン・ブラッドリバーを演じること。


 俺は――――不敵な笑みを浮かべ、足を組み、椅子の裏に左腕を回した。


 そして、大きく笑い声を上げる。


「ククッ、ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」


「何が可笑しいの!! 偽物!!」


「これが笑わなくていられますかな、母上。まったく、まさか誰も、我が目的に気付けぬとは……挙句、異端狩りエクソシストの嫌疑を掛けられるとはね。ククッ、可笑しいことこの上ない」


「では、その奴隷たちを自身のメイドにしたことに、何か理由があるということだな? ギルベルト」


「ええ、父上。そもそもの話です。何故、我ら吸血鬼は、人の社会に紛れて生きているのでしょうか?」


「何?」


「我らはこの世界で、食物連鎖の頂点に立つ存在。それなのに正体を隠し、人の国で、人として隠れ潜んで生きている」


「それは……悔しい話だが、人間は我ら吸血鬼よりも圧倒的に数が多く、小賢しくも力を付けてきているからだ。平均的な一個体としての人間は脆弱だ。だが、法国の連中然り、奴らの中には稀に吸血鬼を殺す力を持った存在がいる。我らの弱点である銀の武具や太陽を、彼奴等は熟知しているからな。如何様にも吸血鬼を殺す手段を持っているのだ」


「仰る通りです。ですから俺たち吸血鬼は、長い時の中、人の社会に紛れて生きてきた。だが……俺はこんな窮屈な暮らし、真っ平ごめんです。何故、今まで現存してきた吸血鬼たちは、法国に一矢報いることをしなかったのか。俺たちは種の頂点たる、吸血鬼ですよね? 人間どもに恐れをなして隠れ潜むこと自体が……俺には、可笑しくてたまらない」


 そう口にした後、一拍ほど置いて目を伏せる。


 そして、目を開けると、家族へと順に視線を向ける。


 妹、母、父へと視線を向けた後、俺は、邪悪な笑みを浮かべた。


「俺は……この世界に新たに、吸血鬼が頂点に立つ国を作るつもりです。ですから、そのための一歩として、人間の駒を使って法国の内情を暴こうと思っています」


「吸血鬼の国を作る……!? 法国の内情を暴く、だと……!?」


「ええ。前から不思議に思っていたのですよ、父上、母上。何故、あなた方は人間をオモチャにして遊ぶだけなのか、と。人間はいくらでも使い道がある。駒にして、スパイとして送り込めれば、敵の内情などこちらに筒抜けだ。密偵を使えば、我らが潜伏するこの国、王国の上層部を支配することだってできるかもしれない。だから――――」


 俺は、背後にいるサイネリアの髪を乱暴に掴み、こちらへと引き寄せる。


 「キャッ」と悲鳴を上げる彼女の頭を掴み、無理やり俺の隣に頭を持ってこさせると、再度、開口した。


「これから俺は、人間を利用して、異端狩りエクソシストを潰してやります。この世界に分からせてやろうではありませんか。いったい誰が、世界の種の頂点に立つ存在なのかを」


 その一言に、静まり返る大広間。


 ……あ、あれ? だ、駄目だったかな? 


 先ほど出てきたキーワードを咄嗟に組み合わせて作った、渾身の演説だと思ったんだが……響かなかったか?


 内心で冷や汗を搔いていると、突如、父ゴルドラス二世が笑い声を上げた。


「クッ、クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! 吸血鬼の国を作り、長年の仇敵法国の異端狩りエクソシストを倒す、か!! なるほど、流石は我が息子ギルベルトだ!! やはり貴様は、我らが考えもつかぬ事を思い付く男!! 実に、面白い奴よ!!」


 その笑い声にビクリと肩を震わせていると、今度は母ヘレナがハンカチを取り出し、目元を拭い始める。


「うぅぅぅぅ、うわぁぁぁぁぁぁぁん!! お母さん、考えが浅はかだったわぁぁぁぁ!! ギルベルトがまさか、そんなすごいことを考えていたなんて……!! 異端狩りエクソシストを潰そうとしていた息子を、異端狩りエクソシストに間違えるだなんて、自分が恥ずかしくてたまらないわぁぁぁぁぁ!!! 貴方は間違いなく、私の知っているギルベルトよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 最後に、妹メアリーは席を立ち、興奮した様子でこちらに声を掛けてくる。


「お兄様、流石ですわ!! ふふん、やはりウチで一番お兄様を理解しているのはメアリーだということが証明されましたわね!! わたくしは最初から分かっていましたわ!! これからの吸血鬼界を引っ張るカリスマを秘めたお兄様が、何の企みもなく動くはずがないですもの!!」


 極悪家族に賞賛される俺。な、何とか……何とか、乗り切れた、のか……?


 ホッと安堵の息を吐くと、隣に立ったサイネリアが、小声で声を掛けてくる。


「ギルベルト様。流石です」


「ありがとう。ドッと疲れたよ……。あ、髪の毛を乱暴に掴んで悪かったな」


「いえ。貴方様が私たちを救おうと、必死になられていたことは理解しましたから」


 そう言って、サイネリアはニコリと、微笑みを浮かべるのだった。


 その後、サイネリアの髪を離し、再び背後に待機させると、父が声を掛けてくる。


「それで、ギルベルトよ。貴様はいつ、その者らを密偵として法国に送り出すのだ?」


「え゛」


 適当に言葉を紡いだだけなので、それ以降のことなど当然考えてはいない。


 内心で焦りまくる俺を無視して、母と妹は目をキラキラと輝かせてこちらを見つめてくる。


「お兄様、どうやって法国の異端狩りエクソシストを倒すおつもりなのですか? 何かお考えがあるのですよね!!」


「ええ! お母さんも楽しみで仕方ないわ!」


 俺はダラダラと汗を流しながらも、表情を崩さずに、口を開く。


「フフッ、は、母上、メアリー、まだ……そう、まだ、計画には道具が足りないのですよ。俺はまだ10歳です。ですから、もう少しだけ待ってくださると、その――――」


「まぁ、謙遜なさって。お兄様のことですから、一か月・・・異端狩りエクソシストの一人くらい殺してみせるのではなくって?」


「そうね、メアリー! この子は恐らく、我がブラッドリバー家……いいえ! 吸血鬼史上始まって以来の天才児ですもの!! 私たちにはない発想で、奴らを残酷に殺すにきまっているわぁ!!」


「え? いや、ちょ、待っ――――」


「父はお前の野望に深く感銘を受けたぞ、ギルベルト!! 少し早いが、お前に我が領地の一つをくれてやろう!! 王国南西にあるブラッドリバー領、亜人特区街を貴様にくれてやる!! ……あぁ、そうだな。近い内に王家の社交会にも連れて行ってやろう。先ほどの発言からして貴様は、法国のみならず、王国すら手中に収める気なのであろう? クククッ!! 貴様の活躍、楽しみにしているぞ、ギルベルトよ!!!!」


 化け物たちは三者三様、中身がただの一般人である俺に、期待の眼差しを向けてくる。


 こうして俺は、自らの手で、ますます自分の首を絞めることになってしまうのだった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る