眠る星
本条想子
第1話 巨大彗星
青球で一番大国の航空宇宙局では、彗星の発見にざわめいていた。
新しく発見された彗星は、ハレー彗星探査機が送ってきた観測データから明らかになったものだ。ハレー彗星探査機は、青球の恒星にあたる美星に10年前最接近したハレー彗星へ向けて打ち上げられたものだった。ハレー彗星探査機から送られた観測データをもとに、新しく発見された彗星の分析が始まった。また、青球近傍天体を捜査している各国のスペースガードでもこの彗星を発見していた。そして、巨大彗星のニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、沸き立っていた。
時を同じくして、我が国の宇宙航空研究所でも、宇宙望遠鏡で同じ彗星を発見していた。そして、データから彗星の質量や公転周期や公転速度を求めて軌道を計算し始めた。当初、この彗星は公転周期が200年未満の短周期彗星でもなく200年以上の長周期彗星でもない非周期彗星の分類であると考えられていたため、計算は複雑で解析は困難だとみられていた。しかし、解析と古代の記録からこの巨大彗星は599年と1087年また1574年にも回帰している公転周期が487年の長周期彗星ということが解明された。そして、解析が進むにつれ前回までの軌道を大きく変化していることに、研究所の所長である水島亜紀は、次第に顔が青ざめてきた。この直径数十キロメートルの巨大彗星は、青球と軌道が交差する50年後の回帰に今までの軌道と異なり最接近すると予測されたからだ。しかし、軌道が変化すれば衝突も考慮しなければならない非常事態だった。これは、発見から1ヵ月が経過して分かった事実だった。
所長は、データ分析に携わった研究員全員に箝口令を敷いた。予測は飽くまでも単純計算でのもの、最終結果ではない事を強調した。そして、主だった研究員を所長室へ呼んだ。
「このデータの詳細な解析結果を資料にまとめてもらいたいのです」
と、所長は言った。
「この計算結果は、50年後に青球との最接近を意味するものです。また、接近の限界を突破することで彗星の核が破壊されると多量の揮発性ガスが放出され、青球に多大な災害がもたらされるかもしれません。最悪、惑星等の他天体との重力相互作用によって軌道が変化して青球に衝突する事も考えられます」
と言って、主任は所長を見詰めた。
「回帰を繰り返す度に軌道が変化しているようですね。やはり、気象変動に耐えられるシェルターが多くの国民を救うためには必要でしょうね」
と、副主任も心配気に言った。
「長周期彗星とはいっても、公転周期が487年と長いため非周期彗星のように軌道の大きい変化がみられます。直径数十キロメートルの彗星が衝突となれば、直径約100km、深さ20km以上のクレーターが出来るぐらいの衝撃です。青球の消滅はなくとも地上の動植物は死滅するでしょう。生き残ったとしても、気象変動に耐えられません。
青球から遠い地点で彗星を破壊するか軌道を変えるしかないでしょう。青球に近い地点での破壊は、気象変動で大打撃を被るため、より遠くで行わなければなりません。可能かどうか疑問ですが、時間が掛かっても、軌道修正も同時に行われるでしょう。この事は、おそらく航空宇宙局でも把握しているはずです。このデータは、政府へ提出します。資料は3部作成してください」
と言って、二人の目を優しく見た。3部というのは、101会議のメンバーの首相と所長そして議長だった。
「はい」
二人は、頷くように返事をした。
所長は二人と話し合った後、解析結果の作成資料を101秘密会議の議長に提出した。また、我が国の首相には、彗星の解析結果資料と地下都市建設の提案資料も提出した。首相は、秘密裏に閣僚を招集し、対策を協議していた。また、大国の航空宇宙局からも極秘の報告を受けた議長は、巨大彗星の衝突があるかどうか、気象上どれだけの被害になるか。自国の国防省に秘密裏に機密資料を送り打診した。青球で一番大国である国防省の結論は早かった。50年後までに巨大彗星を破壊する技術を開発すると言う事だった。しかし、我が国は、巨大彗星の破壊には反対だった。安全に、破壊する方法を持ち合わせていないのが現実だったからだ。
青球には、人類にとって危険な原子力発電所が約400基ある。また約2万発の原子爆弾が複数の国に存在する。我が国でも、戦争で原爆を落とされてからも原発推進派が経済効果を理由に未だに原発は存在している。必要でありながら、太陽光発電所や風力発電所、水力発電所、バイオ発電所、地熱発電所などクリーンなエネルギー発電所の稼動は進んでいない。仮に、彗星を粉々に破壊しても隕石の大きさによっては、青球には何らかの気象変動は確実に起こるのだった。また、青球を回る重量何トンもある物など数百もの人工衛星や使われなくなった宇宙ゴミが、雨あられのように落下することになる。世界各国で地震、噴火、津波、台風、豪雨などに対処するにも四苦八苦している現状で、人類として軌道変更はできるのか。人間は対処しきれない様々のものを作り出し、世界に放出してきた。
巨大彗星との衝突が回避できなければ、青球は気象変動により恐竜が絶滅したと言われる6500万年前の氷河期が訪れる事は間違いない。氷河期だけなら最新の技術力で地上に住む事も出来るだろう。しかし、核兵器使用や現存する核兵器と原子力発電所の爆発で、地上には何十万年いや何百万年も住めない現実が考えられるのだった。たった70年ぐらいでそんな世界に人類はしてしまったのだった。その場合、残された道は、地下都市建設と異星への種族保存の旅となる。その後、国会で審議された。この銀河系宇宙には数百億から数千億個もの恒星がある事が知られている。その中に、必ず人類が住むことの出来る惑星があるはずだった。
現在の我が国では雇用問題、年金問題が将来に暗い影を落としている。そこへ環洋経済連携協定という自由化の波が押し寄せていた。世界の動きは、二大大国の冷戦が終わり、一人勝ちの大国に対抗手段として、先に連携した西洋諸国や大国の周辺諸国の経済連携に見習い小国が経済連携を模索したものだった。そこへ、またまた大国が顔を出し、我が国の経済団体も自由化に色めき立っている現状だった。
人間は、狩猟採集をしている方が農耕や牧畜の長時間の労働をするより楽だった。しかし、人口増加で狩猟採集だけでは立ち行かなくなり、農耕や牧畜などが行われるようになった。そして、自給自足から出発したものもが、余剰分を交換する物々交換へ移り、専門の職人が育ち、職業が生まれ経済活動が発達してきた。
そして、経済活動は都市を作り、王国を作り、自国の覇権のため、他国を武力で制圧した。最初は刀や槍、弓矢から、そして火縄銃、拳銃、機関銃、ダイナマイト、原爆と人間は戦いに多くの資金を費やし、自国のために領土や資源を奪い合ってきた。
しかし、人間社会に不平等が生じて、資本主義の矛盾から社会主義が生まれた。しかし、社会主義の計画経済にも矛盾が生まれ、経済的に行き詰った。資本主義の中でも、不平等の不満から福祉社会の考え方が生まれ、福祉国家が新たに誕生した。そして、今、福祉が国家を揺るがしている。福祉の御旗で税金が徴収され、無駄遣いを見抜けなかった国民は国家の破綻に直面している。
資本主義の矛盾は格差社会を生み、少数の大富豪がいる反面、多数の低所得にあえぐ国民の不満があちこちで爆発している。飢餓問題は、干ばつや凶作など自然災害だけでなく、食料援助も飢えた人びとに届かずに、抑圧的独裁政権の中で横流しが行われ、内戦の武器の購入に使われ、飢餓に苦しむ人が増えるばかりだった。食料不足のからくりも、海外の森林を破壊し、農薬で土地を汚染しているに過ぎない。そんな世界が、テロリストを生み出し、海賊も横行し、無秩序で自由な経済優先社会が形作られているのが現実だった。自然災害よりも優先して、経済を優先し続ける世界は、戦争より恐ろしい、弱肉強食でも善であるかのようなグローバルの名のもとに経済連携が経済至上主義の論理で動き始めた。
他国の内政不干渉は何処へ行ったのか、誰のための企業なのか、人間は行き着くところまでいってしまった。国民を守るのではなく、経済界を守る好景気策が、武器の戦争から規制撤廃の外堀から内堀そして本丸にいよいよ来てしまった。国のバランス感覚は、大事な物を捨て去る事ではない。人間の幸せは何処へ行ったのか。
そんなお国の事情も吹っ飛んでしまう大問題が突如発生した。それが、彗星の衝突による青球消滅だった。
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