第20話お慈悲を与えては頂けないでしょうか。

 「ねぇ、もう随分と君の質問に答えてあげたんだし、そろそろいいだろアリアドネ」

 私の髪を撫でながら、顔中に口づけを落としてくるクリス皇子に身の毛がよだった。


 彼は今起き上がれもしない、15歳の少女を抱こうとしている。

(どこまで鬼畜なの? こいつ死ねばいいのに⋯⋯)


 確かに、かなりの情報を聞き出せた。


 パレーシア帝国は思っている以上に悪どいことをしていた。


 そして、信じられないことに聖女を皇室に帰属させ、皇室へ多額の寄付をすることを条件に神聖力を使わせてたという。

 

 クリス皇子が私の寝巻きを脱がそうとしてきて怖かったが、帝国と取引する時の交渉材料として欲しい情報がまだあった。


「待ってください。もう1つだけ聞いても良いですか」

「ダメ! 焦らすのも程々にしないと、流石の私も怒るぞ」


 彼の怒るという言葉に、震えが止まらなくなる。

(殴られるかもしれない⋯⋯怖い)


「では、イエスかノーでお答えください。帝国は聖女の出生地を偽造していますね」

「イエス」


 私は歴代聖女の名前が、帝国であまり付けられない名前の人が割といることに注目していた。

 帝国で生まれたと言う事にしても、名前までは奪わなかったのだろう。


 私の質問にクリス皇子は面倒そうに答えると、深い口づけをしてきた。

 口の中に大量に幼虫を入れられたような感触に、拷問にあっているような気分になる。

(神様⋯⋯私のことを、まだ少しでも愛おしいと思っているなら助けて)


 私は両親に守られ、国民に愛されたシャリレーン王国の姫として生まれた。

 愛され守られていた時は、私も清らかな慈悲の心を持てていたと思う。


 神聖力が使えたということは、神様だって私を少しは愛おしいと思っていたはずだ。

 自分が無力で、最後は神頼みしていることを情けなく感じた。


「殿下、大変です。マセルリ橋が崩落しました。カルパシーノ王国に行くには今すぐにでも出ないと間に合いません」


 その時、帝国の騎士が突然扉を開けて入ってきた。

 マセルリ橋とは、バルトネ王国からカルパシーノ王国に行くときに渡る橋だ。

 その橋を通れないとなると、かなり迂回するルートを使わなければいけなくなる。


「これからお楽しみだっていうのに、水を差すなよ。あんな小国の王なんて待たせておけば良いだろ」


 カルパシーノ王国の創建にはベリオット皇帝が大きく関わっている。


 今回、クリス皇子が帝国からはるばる来たのは、セルシオ・カルパシーノ国王との会談が目的だったのだろう。


「殿下、今日のところは行ってください。私も今度はもっと殿下を楽しませるようにお勉強しておきます。大好きな殿下が会談に遅れて、皇帝陛下から注意でもされたら私も嫌です」


 クリス皇子は、軽く私の唇に触れると立ち上がった。


「可愛い聖女様。もう、僕のこと好きになっちゃったんだね。聖女と皇帝になる男はそういう運命の元にあるんだろうな」


 彼は脳が蕩けてしまったのだろう。

 ものすごく頭の悪そうな顔をして、部屋を出て行こうとした。


「クリス皇子殿下、アリアドネはお気に召して頂きましたか?」

 部屋の前にバルトネ国王が来ているのが分かった。


 隣にクレアラ王妃がいるのが見えて、私は母親のように思っている彼女に抱きしめて欲しいと思った。


 しかし、2人は私の方を見向きもしないで、爛々とした目でクリス皇子のみを見つめていた。


「当たり前だろ、アリアドネは美貌の聖女様だぞ。お前、絶対に手を出すなよ。お前の食べ残しなんて私は絶対嫌だからな。お前は隣の豚ババアでも食べてろ」


「おおせのままに。クリス皇子殿下、また、いつでもバルトネ王国をお尋ねください」


 バルトネ国王は国王でありながら、まるで帝国の臣下のようだ。

 パレーシア帝国とバルトネ王国の立場が対等でないのだろう。

 それは両国が結んだ貿易協定の内容からも明らかだった。


 バルトネ王国よりも、パレーシア帝国に有利過ぎる貿易協定を結ばされているのがカルパシーノ王国だ。


 カルパシーノ王国が建国の時にベリオット皇帝に支えてもらった恩があるのは理解できる。

 しかし、建国からもう4年も経っている。


 不利な協定を交渉して、もっと平等な内容に変更していかないと国民が損をしてしまう。

 私はセルシオ・カルパシーノの政治手腕にいささかの疑問を抱いていた。


 ♢♢♢

 

 5日後、やっと起き上がれるようになった。

 やはり毒を盛っていたのは、私が予想したメイドだった。


 モリアナは私を心配して、食事を部屋に持ってきて毒味をしてから私に食べさせた。


 私は食事をしても、何の味も感じなくなっていた。

 毒の後遺症で私は味覚を失ってしまった。


「姫様! 今日はクレアラ王妃より、帝国から取り寄せたお菓子も頂きましたよ」

 私はクレアラ王妃の心遣いに嬉しくなった。


 彼女の取り寄せる帝国のお菓子はとても高価なものだと聞いていた。

 味の分からない私よりもモリアナに食べて貰って、感想を聞いてお礼を伝えようと思った。


「モリアナ、実は今お腹がいっぱいなの。私の代わりに食べて感想を聞かせてくれると助かるんだけど⋯⋯」

 お菓子としては珍しい色だと思った。

 黄色くて丸っこいテカテカのもので、木の実のようにも見える。


 見かけとは違う食感と、味があるものも存在するのが帝国のお菓子だ。


「えっ? 良いんですか? 実は1度は帝国のお菓子を食べてみたいと思っていたんです」

 モリアナはそういうと、大きな口を開けてお菓子を飲み込んだ。


「待って、それって小さく割ってから食べるものだと思うけど⋯⋯」

 私が彼女の豪快さに思わず笑っていると、ものすごい勢いで彼女が血を吐き出した。


「ちょっと、モリアナどうしたの?」

 私は慌てて神聖力を使ったが、消えそうな光しか出て来なかった。

 彼女はそのまま血を吐き続けて、目を見開いたまま絶命した。


「誰か! 誰か来てー!」

 私が助けを呼ぶ声に、ゆっくりと歩いて近づいて来たのはクレアラ王妃だった。

「頂いたお菓子の中に毒が入っていたみたいなんです」

 私はバルトネ王室を狙った陰謀なのかと思い、王妃に慌てて事の顛末を話した。


「ふふっ、アリアドネって実は顔と体だけなんじゃないの? 聖女様は、祖国から連れてきたメイドもお助けにならないのかしら。私、あなたが神聖力を使ったところ見たこともないんだけど」

 冷たい目で見つめて来たクレアラ王妃に私は全てを察した。


「狙ったのは私の命ですね。なぜですか? 私が、王妃殿下に何かしましたか?」


「目障りなのよ。あんたが、どんどん綺麗になるのが! 陛下も直ぐにあなたに夢中になるのが目に見えてるもの! 邪魔なのよ、存在そのものが! 陛下に言いつけたいならどうぞ、きっと可愛いあなたの言葉を信じてくれるわよ」


 私に怒鳴り散らして去って行く、クレアラ王妃の後ろ姿を見ながら私は彼女への復讐を誓った。


 1ヶ月が経っても私が特に何もバルトネ国王に言いつけもせず、普通に過ごしているのでクレアラ王妃は疑問に思っているようだった。

 

 クレアラ王妃がくれたお菓子は帝国のものではなかった。


 彼女の実家の領地でのみ生息しているマレミクの木の実で、致死レベルの猛毒があった。


 モリアナが死んだのは私の知識不足のせいだ。

 

 クレアラ王妃は私が毒を盛ってくると思っているようで、食事に気を使っていた。

 

 私はケントリンに「お暇」という名の仕事を任せた。


 モリアナの遺体をシャリレーン王国に埋葬しに行き毒草を採取してくること、独裁国家エウレパに密書を届けること、そして、カルパシーノ王国に捨てられたという私の妹が生き残ってないか探しに行くことだ。


 ノックをして部屋に入ってきたバルトネ国王に、私はビクついてしまう。

 なんだか最近陛下が私を見る目がいやらしくて気持ち悪い。

 

「アリアドネ、君のメイドと護衛騎士はどうしたんだ?」

「しばし、お暇をとらせました。シャリレーン王国から私に休みなく付き添ってくれた2人です」

「アリアドネは本当に慈悲深い聖女様だね」


 陛下が髪を撫でるように触れてくるけれど、わざと体にも触れるように手を動かされている気がする。


「陛下、提案がありますの。陛下が側室制度を貴族のバランスをとることに使っていたのは非常に賢い手段だと感嘆致しました。でも、そろそろ国の事だけではなく、ご自分の事を考えても宜しいのではありませんか?」


 私は新しい側室候補のリストを差し出した。

 

「流石に側室を失って1ヶ月で、また新たに側室を迎えるのは⋯⋯」

「慈悲深いのは陛下の方ですわ。本当に王妃殿下だけでご満足できているのですか? 私が陛下を癒して差し上げたくても、クリス皇子との約束がありできないのが残念なばかりです」


 クリス皇子の名前を出したことで、バルトネ国王は慌てて私に触れていた手を引っ込めた。


「見覚えのない貴族家の名があるな。ミモリア子爵家とは⋯⋯」

「実はミモリア子爵家はルドナ王国の貴族家です。国が滅びたことで父親が爵位を失い、美貌の18歳の令嬢が悲しい思いをしています。できれば、陛下のご慈悲を与えて頂けないでしょうか」


 バルトネ国王が唾を飲む音が聞こえた。

 ミモリア子爵家など実は存在しない。

 私が連れてくるのは、バルトネ国王を骨抜きにする高級娼婦だ。


 私は自分の誇りを踏みにじったバルトネ王国を滅ぼすことにした。







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