第14話私は世界一の幸せ者です。

 今日は建国祭の最終日。

 私とセルシオの結婚式だ。


 純白のウェディングドレスに着替えさせて貰って、私は回帰前のことを思い出していた。


 「カリン、泣きそうな顔をしているが、何かあったのか?」

 突然、声をかけられて振り向くとセルシオが心配そうな顔をして私を見ていた。

 控えの部屋のメイドたちは彼が人払いをしたのか出払っていた。

 今、ここには私とセルシオしかいない。


 思い返せば前回は、この結婚式の後からカルパシーノ王国の行く末に暗雲が立ち込みはじめていた。


 3週間後にはパレーシア帝国のベリオット皇帝が崩御したという号外が出た。セルシオの恩人でもある方だ。死因は老衰だということだった。


 その2ヶ月後には皇位についたクリス・パレーシアがカルパシーノ王国は帝国領だと主張し始めた。

 

 いくら先の皇帝陛下がカルパシーノの建国に深く関わったといえ、カルパシーノは独立した国として8年も認められている。


 パレーシア帝国の主張は明らかに不当で、他国も疑義を唱えてくれた。

 しかし、帝国はカルパシーノの味方をした国々を圧倒的な武力で排除し出した。


 セルシオは私の前で政治的な話をすることはなかった。

 恐らく私に話しても心配をかけるだけで、どうにもならないと思っていたのだろう。

 私はとにかく、パレーシア帝国が攻めてきた時の為に剣術を磨いた。

 本を読み漁って少しでも教養を身につけ、彼が頼りにしたいと思える女になろうと思った。


 世界のリーダーとも言われるパレーシア帝国が、なぜ自ら国際的に孤立するような方向に舵を切ったのか理解ができなかった。


 姉に相談したくて、ずっと彼女を探し続けた。

 捜索範囲を広げても一向に姉は見つからなかった。

 

 唯一あった姉らしき人間を見たをしたという証言は、私の結婚式の翌日に帝国の船に乗る琥珀色の瞳の女の目撃証言だった。


 目撃者は明らかに頭からマントを被り顔を隠そうとしている人間がいたのが不可解で顔を覗き込もうとしたらしい。


 口元まで隠していたが、珍しい琥珀色の瞳が見えたので印象に残っているという話だった。


 この瞳の色は珍しく、私は自分と彼女以外でこの色の瞳を見たことがない。


 結婚式から半年後にはパレーシア帝国内もクリス皇帝の暴君ぶりに混乱しているという情報が入った。


 クリス皇帝陛下の独裁的な行いで、パレーシア帝国は急速に国際的な信用も失っていた。


 その時に私は姉はパレーシア帝国にいるのではないかと思った。

 彼女は3カ国を滅ぼしてきた『傾国の悪女』と呼ばれた女だ。


 それでも、私の見てきた姉は上品で優しそうだったので、彼女は言いがかりをつけられているだけだと思い込もうとした。


 唯一私に会いに来てくれた身内である彼女を信じたかった。


 パレーシア帝国では、皇位について1年も経ってないクリス・パレーシアに対してルイス皇子に皇位を譲るように暴動まで起こっていると聞いた。


 姉らしき人の目撃証言があった日は、ルイス皇子が建国祭から帝国に戻る船が出航した日だ。


 私はルイス皇子と姉が結託している可能性も考えていた。

 でも、姉がパレーシア帝国にいるのであれば、神聖力でベリオット皇帝陛下を助けられていたはずだと可能性を打ち消してしまった。


 カルパシーノ王国にも危険が迫っていると感じていたのに、私は攻められても剣術で応戦すれば良いと剣術を磨き続けた。


 結局、そんなものは何の役にも立たなかった。


 隠し通路まで露見して、ルイス皇子により城内に魔力を込めた火を放たれてしまいセルシオと共にカルパシーノ王国は滅びた。


 「私、セルシオを心から愛しています。何度、時を繰り返してもあなたの妻になりたいです。あなたを守り抜く事をここに誓います」


 出会って間もない私にそんな事を言われても困るだけだろう。

 それでも、私は言わずにはいられなかった。


「カリン⋯⋯何か悩んでいる事があれば何でも話して欲しい。ベリオット皇帝陛下は確かに恩人だが、不安があるのならばパレーシア帝国に行く必要はないんだよ」

 セルシオが私を強く抱きしめてくれる。

 私の愛しているという言葉に対しての返事はない。

 それは現段階で、彼は私を愛するまでは至っていないということだ。


 セルシオは惚れっぽくもなさそうだし、私も自分が女としての魅力が不足していることを自覚している。


 建国祭でレイリン様のような、よく手入れされた優雅で洗練された女性を沢山見た。

 そのような貴族令嬢に比べると、私は所作1つとっても付け焼き刃で身につけたものだということが分かってしまう。


 私は明日からルイス皇子とレイリン様に同行し、パレーシア帝国に赴くことになった。

 レイリン様からベリオット皇帝が原因不明の病で倒れ、衰弱しているので神聖力で治療して欲しいとお願いされたのだ。


 ベリオット皇帝陛下はベッドから立ち上がれず、会話もままならない状態だという。

 回帰前の死因も本当は老衰ではなく病死だったのかもしれない。


 皇帝や国王というのは病気にかからない程の強い人間という設定を強いられるらしい。

 だからベリオット皇帝の病気も隠されていたのだろう。

 レイリン様は、そのような機密事項を私を信頼して相談してくれたのだ。

 

 私は彼女のお願いを当然受けれた。


「セルシオ! 貴方の恩人が助けを必要としているのに行かない選択肢はありませんよ。妻として夫がお世話になったお礼もしたいですし、しっかり皇帝陛下を元気にしてきたいと思います」


 パレーシア帝国までは海路で2週間かかる。

 大好きなセルシオに約1ヶ月も会えないのは寂しいけれど、そんな自分勝手な理由で助けられるかもしれない人を放っておくなどできない。


 それに、私は剣術を磨くだけではセルシオを守れないことを知っている。もっと、今何が起きていて何をしなければならないのか考えて立ち回らないと同じ運命を辿るだけだ。

 

 私はセルシオを心配させないように、にっこりと笑顔を作った。


「本当に笑顔はカリンの武器だね。とっても可愛い」

 唐突に彼に目を合わせられ、言われた言葉に一気に顔が熱くなる。

(可愛いとか女の子が喜ぶような事、セルシオは言っちゃう人だったっけ?)


「あの⋯⋯もしかして決闘の話がお耳に入っていたりしますか?」

 私は決闘の時、ルイモン卿に笑顔は私の武器だとか高らかに宣言してしまったことを思い出していた。半ば興奮状態で発した言葉は思い返すと恥ずかしい。


「もちろん、城内で起こったことなのだから報告が入ってるよ。カリン、俺は君のことをとても大切に思っている。危ない真似は絶対にしないと約束して欲しい」

 彼が私を大切に思っていると言ってくれて嬉しかった。

 彼は妻になる相手ならきっと誰でも大切にしてくれる人だ。


 そして、今、考えると決闘を申し込んだのは失敗だった。

 下手すればパレーシア王国との関係が悪くなるような行動を私はとってしまった。

 セルシオの事を侮辱され頭に血が上って、怒りで我を忘れていた。

(ルイス皇子が全面的にパレーシア王国側が悪いとしてくれたから事なきを得ただけだわ⋯⋯)


「セルシオ、ご心配お掛けして申し訳ございませんでした。貴方に大切に思って貰える妻になれるなんて私は世界一の幸せ者です。さあ、結婚式会場に行きましょうか」

 私は彼が可愛いと言ってくれた笑顔を彼の頬を両手で包み込みながら見せた。

 すると彼もまた微笑みを返してくれた。


 結婚式場に到着すると、すでに参列者が揃っていた。


 ふと、視線を感じて見るとルイス皇子が私を食い入るように見つめていた。

 1年後、カルパシーノ王国を滅ぼし、私に卑劣な行為をする男。

 そして、私が時を戻す際に生贄にした男だ。


 今の彼は私の失態を上手く助けてくれたり、優しい言葉をかけてくれる。

彼のことが怖くて無礼な言動や態度をしてきたのに、咎めることなく受け流してくれた。


 1年後、セルシオの首を物のように扱い、私に卑劣な事をしようとする男と同一人物とは思えない。

 

 今のような優しい彼が1年後にも存在していても、私はきっとセルシオを失ったら彼を生贄にし時を戻すことを繰り返すだろう。

 

 気がつけば私はルイス皇子と、しばし見つめ合っていた。


 よく見ると彼の顔が赤くなっている。

 彼は、また、お酒を飲んでいるのだろうか。

 帝国の皇子なのに、いつも顔が赤い彼がおかしくて思わず笑みが溢れた。



 

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