第17話

「【ジェイル】」




 皇帝がポツリと呟くと、明弘の周囲2mの空間を包むように黒い光で形作られた格子が現れる。


 瞬時に状況を理解した明弘は即座にブレイブソードを振ってそれを打ち消す。




「魔法殺しのブレイブソードか…本当に面白い。下の者達が随分やられたらしいしな? 【ヴォルケーノ】」




 皇帝と明弘の間にある約10mのスペースに浮かび上がる真っ赤な魔法陣。次の瞬間、地面から立ち昇る熱。空気が震える程の振動。足場にヒビが走り、下から何かが這い上がってくる。




「らしい? 自分の部下の事でしょう!?」




 間を置かず魔法を無効化する為にブレイブソードを地面に刺す。


 が、振動が収まらない。




「ッ!? 無効化できない!?」


「フン、広範囲魔法は処理できないか。では、これで終わりかな? 【シャイニングレイ】」




 今度は天空に真っ白な魔法陣が描かれ、雲間から光が差し込むように何本もの光の柱が辺りに降りる。




「踊り狂え」




 地面が粉塵を撒き散らして爆発し、開いた穴から真っ赤な炎を纏った岩石が飛び出す。兵士に当たれば体が潰れて燃える。家屋に当たれば豆腐のように壁を突き破り、纏った熱量が即座に木材を喰い散らす。


 天から射した光が、それを浴びた全てを灰にする。まるで、神が気まぐれに地上に裁きの槌でも振り下ろしたかのように。




「くっ! 皆、逃げろ!!」




 勇者の役作りも忘れて叫ぶ。しかし、逃げ場も逃げ道もない。


 飛んで来た燃える岩石を剣で打ち消す。魔法全体には無理でも、発生した事象1つ1つにならちゃんと無効化が通用するようだ。




「勇者様!!」


「危なっ…!?」




 岩石から明弘を庇うように間に割って入った兵士の体が紙のように拉げて燃える。




「あ……」




 人が死ぬ。撒き散らされた死。圧倒的で、為す術のない天災のような皇帝の放った魔法。兵士が、逃げ遅れた住人が岩石に潰され、光に焼かれ死んでいく。




「……やめろ…」




 明弘の呟きは誰にも届かない。辺りに響く破壊の音と悲鳴に飲まれる。だから、明弘は全力で吼えた。




「やめろおおおおおおおおッ!!!!」




 走る!


 足の筋繊維が悲鳴を上げるが構わず更に加速する。


 道を塞ぐように空から光が降ってくるが、勢いを緩めずにブレイブソードを前に出して突っ込む。


 光の正体がレーザーか何かだろうと明弘は予想しているが、正体が何であっても魔法で発生した物なら無効にできると確信している。皇帝の言う広範囲魔法に対してブレイブソードが効果を発揮しないのは完全に予想外だった。そもそも、こんな超レベルの魔法を振りまわすような相手とは明弘は戦った事がない。だが、火山岩の1つを無効に出来た事で完全に通用しない訳ではない事も明弘は理解した。




(やれる! ブレイブソードなら!)




 明弘の狙い通り、地面を焼いていた光の1本がブレイブソードのスキルで四散する。


 そして、その先に居るのは銀色の髪の獣のような目をした皇帝。




「皇帝ーーッ!!」




 一気に距離を詰める。


 皇帝はニヤッと口元を歪ませたまま魔法を撃ってこない。明弘を待っている。


 魔法使いが、あえて近接戦闘を受けて立とうとでも言うのか?




(迷うな! どの道、距離をとられたら勝ち目がない!?)




 踏み込む足に力を込めて跳躍、皇帝目掛けて全力で剣を振り下ろす。


 皇帝は、後ろに軽くステップしてそれを回避し、右手を横に無造作に出すと。




「剣を」




 後ろで待機していた黒ローブの1人が、剣を鞘ごと投げる。




「【ソードリアクト】」




 皇帝に投げられた剣が、空中で独りでに鞘から抜き放たれて、剣を振り終わった体勢の明弘に襲いかかる。




(遠隔操作の魔法!? ソードビットみたいな物か!? けど、魔法なら―――)




 空中を泳ぐ剣をなんとかブレイブソードで弾く。すると、操っていた糸が切れたように地面に転がる。




「魔法ならいくらでも、グッ!?」




 鳩尾に食い込む皇帝の蹴り。


 一瞬、剣の方に気をとられて明弘の意識が皇帝から外れた。その隙を突いた見事としか言いようのない一撃。




「クク、まさかとは思うが―――」




 身体能力では絶対的に劣る筈の魔法使いの蹴り。だが、予想に反した蹴りの重さに後ろによろける。


 そんな明弘を面白そうに見ながら、余裕の態度で先程ブレイブソードで叩き落とされた剣を拾うとそのまま静かに振りかぶる。


 その一撃を避けて、すぐさま横薙ぎで斬り返す。が、皇帝は姿勢を低くしてそれを避け、しゃがむ動作と同時に引いた剣を明弘の喉元目掛けて突きだす。


 咄嗟に強化された身体能力にものを言わせてバックステップで離れようとしたが、逃げきれない。




「あ、ぐぅッ!? 痛ぅ…」




 首を捻って喉に穴を開けられる事は避けたが、右肩を浅く抉られた。




「貴様、魔法使いは近接戦闘で劣るなどと前時代的な考えはもっていないだろうな? ほぼ全ての人間や亜人が魔法を使える今、魔法と近接は両立が基本だぞ? まあ、魔法に頼りがちで近接を嫌うという点に関しては否定はしないがね」


「なるほど、それは勉強になりましたよ」




 明弘は肩の痛みを堪えて笑って言った。


 それが虚勢である事は、明弘の余裕の無い表情と顔色からすぐに分かる。




(超級の魔法使いで、その上近接も強いって…どんなチートだそれ…)




 焦燥。


 早く決着をつけなければ、ルディエの被害が広がる。だが、唯一の活路であった近接戦闘でさえ優位性が失われかけている。単純な身体能力であれば、スキルで強化されている明弘が上だが、場数と場慣れの意味では圧倒的に皇帝が有利。




「【ライトニングボルト】」


「ッガぁ!?」




 皇帝の指先から放たれた雷光が明弘の体を撃ち抜く。


 一瞬だが、確実に今の一撃で意識が飛んだ。


 ブレイブソードで打ち消す事ができなかった。スキルの性能的な話ではなく、明弘が反応できるか否かの話。


 早過ぎて魔法にブレイブソードを当てられない。


 雷の速度が光速の約3分の1。秒速で言えば10万km。スキルで知覚を強化しても、人間がどうにかできる速度ではない。




「フン、ブレイブソードも使い手が2流ではな」




 皇帝が踏み込み、その速度のまま剣を振る。


 辛うじてそれを受けるが、体勢が簡単に崩される。足とブレイブソードを持つ手が震える。先程の雷撃のダメージがすぐに抜けてくれない。


 その隙を逃さず、更に追撃をかけてくる。


 一撃受けるたびに、肩の痛みと抜け切らない痺れでブレイブソードを握る手から力が抜けて取り落としそうになる。




「貴様には勇者なんて肩書は似合わんな? そして、その剣も…な!」


「……ぅッ!?」




 言葉と同時に、明弘の腹部に脳を貫くような鋭い痛み。何が起こったのか分からず、慌てて皇帝を剣で払って距離をとる。


 視線を皇帝に固定したまま、手探りで痛みの発信源に触れる。飾り気のない短剣が深々と突き刺さっていた。


 それを認識した途端、断続的な痛みが増す。血が流れ落ちる勢いが早い。


 死。


 その一文字が明弘の脳裏を過ぎる。




(短剣…!? どこから投げられ―――違う!? さっきの皇帝の遠隔操作の魔法、操る対象は1つだけじゃなかったのか)


「戦い方がまるで素人だな。魔法の見極めも近接での戦闘技術も穴だらけ。格下相手ならその身体能力の力押しでどうとでもなるだろうが、同格以上との戦いでは話にならん。貴様如きでは配下につけようとも思わんな」




 言われ放題だが、明弘はそれを半分以上聞き流していた。今は、自身の評価よりも、今の状態でどれだけまともに戦えるか考える方が重要だと頭が判断したからだ。


 明弘の意識は戦いから逃げる方には欠片も向いていなかった。現在のダメージを考えれば、この後に待つ未来が死である事は理解しているが、それならそれで倒れる前に倒す、倒れるなら刺し違えてでも倒す。明弘の意識はただ真っ直ぐに皇帝の排除だけに向いている。


 何故なら、彼は勇者だから。例え紛い物と誹られようと、彼自身がそう在り続ける限りは彼は勇者なのだ。そして、それはルディエの住人皆が…勇者アキヒロの噂を聞いて勇気づけられた皆が知っている。




「そんな大層な剣よりも、貴様にはその短剣程度がお似合いだ」




 腹部に刺さった短剣はそのままに踏み出す。


 少し振動が加わるだけで激痛で体が強張り、足が止まりそうになる。かと言って、今この短剣を抜いて血が噴き出したら、それこそ出血多量で死ぬかも…と考えてしまい抜く事が出来ない。




「ほう、まだ戦う気は無くしていないか。その戦闘意欲だけは認めてやろう【チェインバースト】」




 明弘の目の前の空間で空気が破裂する。


 吹き荒れる暴風。咄嗟に下半身に力を込めて踏ん張るが、刺さったままの短剣が明弘の体を容赦なく抉る。


 爆発は一発では終わらない。次は明弘の背後で。




(マズイ! 足を止めたら詰む!?)




 現状打破の方法を考えようと頭を回転させるが、血を流し過ぎたせいか意識がボンヤリする。


 迷う事もなくまともに働かない思考を切る。こんな状態じゃ良い考えなんて浮かぶ筈もない。だったら、感覚に身を委ねて後は運を天に任せる。と半場投げやりに走り出す。


 背後の空気の爆発を利用して加速、全身を這い回る痛みは無視する。痛みを意識しだすと死への恐怖で足が止まる。




「ああああぁぁぁーーッ!!!」


「愚直に突進を繰り返すか? 理解に苦しむな【ブレイク】」




 明弘が足を踏み出し体重移動を始めた瞬間を狙って発動される魔法。地面を20cm程崩す小さな威力であったが、その上に全体重の乗っていた足があれば効果は語るまでもない。


 ガクンッと明弘の体が地面に落ちる。同時に皇帝が距離を詰めて上段から剣を振り被る。あえて魔法ではなく剣でのトドメを選んだ。魔法を使う程の相手ではないという蔑みからではなく、勇者を名乗る者への礼儀として自分の手による直接的な最後を与える為に。


 強者だからこそ許される余裕。


 だからこそ生まれた好機。




(止まるな!? 前に―――)




 ブレイブソードを地面に突き立て、崩れ落ちかけた体を支えて一歩踏み出す。


 目の前には皇帝の体、だが振ろうにも剣は地面に突き刺さったまま、だから明弘はそのまま体ごと皇帝に突っ込む。




「ちィッ!」




 不格好なタックルになったが、振りに入っていた皇帝はそれをかわせずにまともに受ける。


 衝突の衝撃で地面からブレイブソードが抜ける。左手一本で無理やり剣を振るが密着状態で剣を通すスペースが無い。触れたままの右肩で軽く皇帝の体を押し、自身も体を横に倒すがまだ剣を振るには狭い。




(振れないなら、振り方を変えるっ!!)




 瞬間、剣から明弘の手が離れ、手首を返して再び握る。


 順手では振れないが、逆手ならギリギリ通せる。


 対して、皇帝もそれに即座に反応。


 ステップで避ける猶予は無い。かと言って剣で受けるには間に合わない。魔法も同じ。


 だから、素手で対処した。


 空いている右手で、剣を振りに入った明弘の左手を下から叩く。腕ごと剣が跳ね上がり、予測の軌道が大幅にズレる。頭を後ろに倒してかわす、が顎の先にチッと焼けるような痛みとも呼べない熱さ、血が出ていない。かすったのではなく、剣の腹で擦ったのだ。


 すかさず体勢を立て直して飛び退く。


 それを逃さずに明弘が距離を詰める。


 この時点で皇帝は、魔法での勝利を完全に捨てて、意地でも剣で目の前の男を殺す事を決めた。


 元々、皇帝は自身の体に物理防御や魔法防御に始まり、肉体硬化、耐久力上昇、その他諸々の防御系の魔法を常に掛けっ放しにしている為、並大抵の攻撃ではダメージを負う事はない。が、魔法を無効にするブレイブソードが相手である事もちゃんと頭に刻んである。


 極端な話、あの剣の攻撃以外は一々防御する必要がないと言って良い。


 相手は肩と腹に大きなダメージを抱えている。


 負ける要素は1つもなかった。




「終わりだ」


「終わりにする!」




 明弘が剣を右手に持ち替えて片手で横に薙ぐ。


 片手で振ったせいでスピードが遅く、威力が全然乗っていない。


 皇帝はそれを剣で受けようと構える。


 これを受けて斬って返せば終わり。それが皇帝が思い描いた結末だった。だが、予想外な展開。


 明弘が振りの途中でブレイブソードを手放した。




「は…っ?」




 一瞬とも言えない0コンマ何秒かの思考の空白。


 明後日の方向に飛んで行くブレイブソード。


 ただ唯一自分を傷つける可能性のある武器。奴にとって唯一つのすがれる事の出来る希望。


 手放したか、それともすっぽ抜けただけか。どちらにせよ、もうこれで明弘には皇帝に対抗する手は何もない。


 知らず、負けの可能性が無くなった事で心に余裕が生まれる。


 だから、明弘が自分の腹に刺さっていた短剣を抜いた事も、視界には入っていたが無視した。


 その余裕が油断だと皇帝が知ったのは、さっき自分の顎に触れた物が何だったのかを理解し、明弘の血の付いた短剣が首に食い込んだ時だった。




「その短剣、僕には似合わなそうなのでお返ししますね」




 噴き出した返り血を浴びながら、明弘は少しだけ満足げに笑って地面に倒れ伏した。


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