第12話

「ロイド……?」




 宿の一室で、2日ぶりに再会したイリスは随分と弱って見えた。


 髪も肌もどこか色褪せて艶をなくしたように思える。


 泣き腫らした痛々しい青い眼が、真っ直ぐに俺だけを見つめる。




「イリス、無事だ―――」




 言葉の途中で駆け寄って来たイリスに抱きしめられた。




「っと、危ないって!」


「ロイド! ロイドッ、死んじゃったかと…死んじゃったんじゃないかって心配したじゃない!!」




 ポロポロと涙を流しながら、ギューっと背中に回された手に力がこもる。


 何かに怯えるように、何かを恐れるように震えているイリスの体。身長は大して変わらないのに、イリスはこんなに小さいくてか細いんだな…。そりゃ、そうだよな? 相手は女の子なんだ。


 そんな普通の女の子を一杯不安にさせて、一杯心配かけちまったな…。あの場でイリスを助けるにはアレ以外選択肢が無かったとは言え少し反省。




「ゴメン。でも、ちゃんと生きてるから」




 ちゃんと抱きしめ返して安心させてやりたいけど、それは本当のロイド君がやるべき事で、偽物の俺に出来るのは背中を軽くポンポンっと叩いてやるのが精一杯だ。




「うん……良かった。良かったぅ…」


「イリスも大丈夫だったか?」


「ロイドが護ってくれたから、大丈夫」


「そうか、なら安心した」


「あー、ゴホンゴホン」




 部屋の入り口に立っていた弘明さんが、わざとらしい咳払いで「私居ますよ」アピールをしてくる。そういや、いたんだっけ……。人にこういう姿見られるのは恥ずかしいな…。そして、それはイリスも同じだったらしく、小動物のような俊敏さで俺から離れる。




「ゆ、勇者様!? い、い、いらしてたんですね…」


「はい。なんか、スイマセン…感動の再会を邪魔したみたいで」


「いえ! そ、そういうんじゃないですから!?」


「あー、言う事言ったら僕は退散するので、続きはその後でお願いします」


「だから、違いますから!!」


「で、何ですか?」




 話が進まないので促す。


 イリスが居るから異世界関連の話じゃないだろうけど、あの顔を見る限りあんまり聞いて面白い話じゃなさそう。




「ようやく他国から高位の魔法使いの方達が到着したので、現在急ピッチでアンチポータルと言う転移魔法を無効にする結界をルディエ周囲に展開しています」




 ここに至って、やっとこさ魔道皇帝側の最大のアドバンテージだった転移魔法への対策か。流石に王都を良い様に攻められてたんだ、ノンビリしていたわけじゃないだろうけど、随分時間がかかったな。


 いや、転移魔法の使い手自体が相当希少っぽいし、だとすればその対抗術の使い手も同じくらい希少なのかも。だから呼ぶのに時間がかかった…とか?




「ただ…」




 明弘さんが口を開きかけて止まる。


 その先を言うべきか迷っているって顔。


 勇者として一般人の俺等に言うべきか…。大人として子供の俺等に言うべきか…。戦う者として戦わぬ俺等に言うべきか…。


 数秒迷って、俺の顔を見る。同じ異世界人の俺を。


 視線を俺に固定したまま数秒の葛藤。そして、どうやら言うと決めたらしく、改めて口を開く。




「今まで見つからなかったアンチポータルの使い手がこのタイミングで偶然見つかったと言うのがどうにも引っかかっています。敵が転移魔法で自在に兵を送り込んで来る以上その対策が必須なのは理解していますが……」


「この流れが魔道皇帝側、ないし誰かの策略の上って事ですか?」


「うーん…考えすぎでしょうか? 勇者とは言っても僕は所詮……」




 元はただのトラックの運転手だから…ってか。


 勇者を演じている間は、元の経歴…一般人だった姿は欠片も見せなかったのに。


 同じ異世界人の俺の前だからか。




「だったらそのアンチポータル? とかいうのを使う魔法使い達の事探ってみたらどうですか? 裏があるなら叩けば埃の1つや2つ出るかも」


「いえ、それが結界を張る為に街の外に出ているらしくて。それに、結界維持の支柱を立てるとかでいつ戻るかも分からないし、支柱の場所を秘匿するから暫く誰も街の外に出るなって」


「え!? それ俺等もですよね!?」


「勿論そうです」


「ええっと、それは勇者様、私達村に帰れないって事ですか?」


「はい、少なくても魔法使いの方達が戻るまでは。まあ、2日か3日で終わると聞きましたからすぐですよ」




 転移魔法はそのアンチポータル? とか言うので無効になってるし。徒歩の出入りは禁止じゃもうどうしようもないな。




「諦めて暫くルディエに留まるしかないな」


「そうは言うけどねロイド! ここの宿代だってただじゃないのよ!?」




 ああ、そりゃそうか…。


 しかも俺等、あの収入の少ないユグリ村の人間だしなあ。財源問題は洒落になんねえよ。




「最悪野宿ね…」


「勘弁してくれよ」




 最悪俺は我慢するけど、イリスに野宿なんてさせたらロイド君に合わせる顔がねえ。いや、そもそもロイド君に会う事自体あるのか知らんけど。




「あはは、それは心配しなくても良いですよ。君達の滞在費は僕の方でなんとかしますから」


「ほ、本当ですか!?」


「明弘さん、太っ腹ー! 流石勇者様!! 最高、一生着いていきます!!」


「ロイド君…現金な人間だって言われないかい…?」


「言われた事はないけど、少しは自覚があります」


「それは…アレだね? 一番、たちの悪い奴だね?」




 苦笑する明弘さんと、俺と勇者様が仲良さそうにしているのに疑問符を浮かべているイリス。


 俺は……とりあえず、溜息でも吐いておこう。

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