第7話
森って広いよな……。
漢字だって木が3つも密集して一つの字になってんだもん、そりゃ広いって。
……うん、自分で言ってみてちょっと意味が分からなかった。
まあ、そんなクソ程広くてウンザリするほど景色の変わらない森をようやく抜けた俺は、「元の世界では絶対にこんな森の中に足踏み入れる事なんて無かったろうなー」等とボンヤリ思いながら暮れかけた空に目を細める。
「おー街道に出たー」
「喜んでないで早くルディエに向かいましょう! 陽が落ちたら門を閉められるわ。ここまで来て野宿なんて嫌よ私」
「おっと、そうだな。子供2人連れてるし野宿は簡便だぜ!」
俺達に視線で「行くぞ」と言うように先に立って歩き出すアルトさん。
はぁ~、頼りになる男の背中だねー。見習いたい。多分無理だけど……。
「行きましょう」
レイアさんが、俺とイリスの背をポンっと叩いてアルトさんに続く。
「ロイド、私達も行くよ」
「へーい」
4人で街道を歩く。
いやー、舗装された道って歩きやすい!
現代社会のコンクリートの敷かれた道路に比べれば、この世界レベルの舗装技術なんて大した事はないのだろうけど、実際に1日中足場の悪い森の中を歩いた俺からすれば有難味の度合いで言えばこれでも十分すぎる。
しばらく歩くと、道の先に壁が現れる。
城壁―――。
近付くにつれて、その巨大な壁が俺達を睨んでいるかのような錯覚に陥る。
……錯覚、そう錯覚だ。どれほど巨大で威圧感があろうともアレは単なる石の壁だ。なのに、その単なる石の壁に向かおうとする足が重く感じる。
街を、人を、その先に存在するこの国の象徴たる城を、全てを包み護る守護者たる絶対的な存在感。
「でっけー…」
アッチではもっと高いビルを毎日見ていた筈なのに、そのどれよりもこの城壁は高いと感じた。
凄え…本物は違う、なんて月並みなセリフは言いたくないが、確かに本物は違うな。
「ロイド! ボーっとしてないでコッチ!」
俺が1人で城壁に圧倒されている間に、3人は城門まで進んで兵士らしき男達と話していた。
慌てて走って合流する。この場に1人取り残されたらマジで笑い話にもならんからな。
「冒険者ギルド所属のアルトとレイアです」
どこかピリピリした雰囲気の槍を持った老年の兵士に2人がクラスシンボルを見せる。
無言のまま兵士は2人のクラスシンボルに触れる。すると、突然駒の色が赤く変色した。
おお! 何アレ、どんな手品!?
「確認した。本物のクラスシンボルだ、通るが良い」
偉そうに言いながら、後ろで冒険者2人に鋭い視線を向けていた3人の兵士達に道を開けるように視線を送る。
「次の者」
言われてイリスが前に出る。俺が反応しないでいると、慌てて腕を引っ張って俺も前に出された。
今さらだが、コレはあれか、検問的な奴か。しまったな、こういうのがあるのは予想できたんだから、手順とか先に聞いておけば良かった…。
とか後悔してもしょうがない。下手な事言ったりやったりしてボロが出ないように出来るだけ存在感を消して静かにしていよう。
「ユグリ村のイリスです」
「ルディエには何をしに?」
「薬学所にズーラ草を届けに来ました。前に届けに来た事があるので、薬学所に問い合わせて貰えば身分を証明してもらえると思います」
「ふむ、良いだろう。ではお前は?」
「え? 俺?」
えーと、コレはどう答えれば良いんだ?
俺が問われている以上、イリスに任せるってわけにはいかんぞ。「イリスの付き添いです」が一番無難かつ嘘も無いかな。
「どうした! 何故答えない!?」
「ッ!?」
槍を向けられて全力で恫喝された。
後ろに居た兵士たちも、声の大きさに反応してそれぞれ槍を構えている。
いや、待って、展開早くない!?
「ま、待って下さい! ロイドは…その、えっと…」
イリスが言い淀む。
まあ、流石にこの状況で「記憶喪失です」なんて言おうものなら即座にしょっ引かれる事請け合いだしな。
いや、俺自身呑気に構えてる場合じゃねえ!
「お前達、怪しいな。詰所まで来てもらうぞ!」
兵士たちがジリジリと近寄ってくる。
魔物も怖いけど、刃物向けられるのも無茶苦茶怖えぇッ!
そりゃ、アッチでハサミやカッターを遊び半分で向けられた事はあるけど、殺す気のマジの目で刃物を向けられた事なんて無い。って言うか、普通は無いだろ。
「ピリピリし過ぎですよ。子供相手でしょ? そんなに怖がらせてどうするんですか」
「ゆ、勇者様!?」
俺達の後ろから、兵士たちをたしなめる声がかかる。
穏やかで優しそうだが、凛とした若干高めの男の声。
ってか、勇者!? いきなり噂の勇者様の登場ッスか!?
慌てて振り返ると、1人の男が、真新しいフルプレートに身を包んだ見るからに騎士っぽいのを5人連れてコチラに向かってユックリと歩いて来ていた。
勇者らしき男は20代前半の見た目。外国人の年齢鑑定が出来ない俺だが、この人の年齢は多分間違いない。
何故か?
この勇者様が、黒髪、黒目の元の世界で散々見慣れたアジア系の人間だったからだ。
「アキヒロ様、お戻りになりましたか!」
さっきまで威圧的だった兵士達が、笑顔を浮かべて勇者と騎士達を出迎える。
にしても、アキヒロて日本人か!? この人、日本人だよね絶対!?
腰のなんかやたら凄そうな輝きを放ってる剣が物騒だけども。
ヒャッホー! コレで今の状況少しは解決できるかも!
勇者様だもんね、きっと何か色々知ってるんでしょ!? 異世界に戻る方法とか、俺の体を元に戻す方法とかさあ!
「うん、ただいま」
「外の様子はいかがでしたか?」
「特には。皇帝さんが何かを仕掛けた様子もありませんでした。ただ、少し魔物が騒ぎのせいで活発化しているかも、という程度です。冒険者の方々はともかく、一般の旅人や商人さん達に被害が出ないように、巡回に出る時には少し注意して下さい」
「はっ、かしこまりました!」
おおう、なんか仕事の出来るスマートな若社長風な勇者様。
爽やか過ぎていっそ嫌みに思えてしまうのは、俺の心が汚れているせいなんだろうか。……いや、別にあの人がイケメンだからって事じゃなくてさ…うん、本当だぜ?
「それで、この子達がどうかしたんですか?」
「はっ、それが少々怪しい様子でして…」
「怪しい、ですか?」
俺とイリスを覗き込むように視線を向けてくる勇者様。しかし、その視線は決して兵士達のような危険な者を見る目ではなく、ただまっすぐに真実だけを見ようとする目。
「君達はルディエに何をしに?」
兵士に聞かれた質問を勇者の口からもう一度。答えを急かす様子はない。何と言うか、子供をあやす大人な対応をされている。
「薬学所にズーラ草を届けにきました」
さっきと同じようにイリスが答える。その頬が若干赤いのは勇者様相手だからか。
こっちの世界で言えば、勇者ってのはテレビの向こうのスターみたいなものだろうしな。
「そちらの君は?」
「えっと、その付き添いです」
勇者の目がジーッと俺を見る。
俺もジーッと見返す。いや、別に男と見つめ合う趣味は無いけど。
うーん、やっぱり日本人顔だなー。この一週間外人顔に囲まれてたから、同郷の顔見ると安心するわー。マジ、勇者様万歳!
俺が内心で見慣れた日本人顔に癒されていると、勇者は「うん」と1度頷いて視線を俺から外す。
「この子達は大丈夫ですよ、多分」
「た、多分って! アキヒロ様、よろしいのですか!?」
勇者の後ろで不動の姿勢を貫いていたフルプレートの騎士っぽい1人が、動揺を隠そうともせずに口を挟む。
「それじゃあ、何かあった時は僕の責任って事で」
苦笑しながら楽しそうに言う勇者。
この人は俺達が、安全な人間だと判断してくれたんだろう。何を持ってそう判断してくれたのかは謎だが…。
「はぁ、アキヒロ様がそこまで仰るのでしたら…」
「そう言う事なので、この子達は通してあげて下さい」
「はっ、勇者様が大丈夫と仰るのであれば」
兵士達が俺達から離れて通す姿勢をとる。
どうやら通って良いって事らしい。
詳しく取り調べられると、怪しい事この上ない俺としてはとっても、ありがたい。
「はい、じゃあ行こうか君達」
「は、はい! 行くよロイド!」
「おう」
勇者に連れられて門を潜る。
後ろから着いて来る、鎧の方達がガッチャガッチャと物凄いうるさいが、そんな事気にならないくらい俺は興奮していた。
門の向こう側の景色。
石畳の先の先まで続いている中世の街並み。
陽が落ち始めてもまだ人通りの絶えない中央通り、嗅ぎなれないが美味しそうなスパイシーな香り、店先に並べられた武器や防具、小物やら怪しげな壺やらを売る露店商。
あちこちに崩れた家や、不自然に焦げた石畳が見て取れるのは、噂の魔道皇帝とやらの仕業だろう。
はあ、にしても、すっげぇー…これ全部本物なんだよなぁ。巨大な撮影セットとかじゃなくて。
「御二人さん、ルディエにようこそ。薬学所に向かうんでしたっけ?」
「あ…えっと、はい、です」
イリスが顔を赤らめてしおらしい。
何だろうな。こういう時は、ロイド君本人じゃなくて良かったとか思うべきなのかな?
「場所が分からないなら案内するけど」
「い、いえ大丈夫です」
「そうかい? それじゃ、ここで。気をつけてね」
「あ、あり、ありがとうございました勇者様!」
騎士たちを連れて去ろうとする勇者。
っと、相手はこっちの世界のスター職業の勇者様だ。このタイミングを逃したら、まともに話す機会なんてもう無いかもしれない。
「あの、勇者様」
「はい?」
「ちょっと内密なお話があるんですけど、2人で話す事って出来ませんか?」
「ちょっ、ロイド! 何言ってるのよ!!」
慌てるイリスと、視線が厳しくなる騎士一同を無視して、俺は勇者だけを見る。
「君は、えーと…名前」
「ロイドです」
「うん、ロイド君。何か大切な話かな?」
「はい、とても」
少なくても俺にはこの先の人生揺るがすほど重大な話です。
「うん、分かった」
「アキヒロ様!?」
「大丈夫、ちょっと行って話してくるだけ。皆は先に戻って団長さんに報告しておいて下さい」
「はっ…」
「さてと、それじゃどこで話しましょうか? 2人で話せる場所となると―――」
勇者のセリフが途中で途切れる。
何だ? と周りが思った次の瞬間…。
―――爆発音
通りの先で次々と上がる火の手。積み木の家でも崩すように通りに面した家屋が爆発と共に吹き飛ぶ。
「キャアアアアアアアアッ!!」
誰かの悲鳴を引き金に、中央通りに居た人間が一斉に叫び声と共に逃げ惑う。
「誰かああ!」「痛ええぇええ痛えよおお!!」「助けて!誰か助けてえ!」「逃げて!! 早く逃げるのよ!!」「お、俺の右腕はどこだよおおッ!!!!」
何が起こったのか思考が追いつかない。
今の一瞬で何が起こった? なんでさっきまで夕暮れの中で1日の終わりに向けて動き出していた街がこんな事になったんだ?
「勇者アキヒローーーーーッ!!! 出て来るがいい!! 貴様に討たれたヤザムの無念、この豪炎のゾラムが晴らす!!!」
街中に響く野太い男の声。
声のした方向を見ると、通りの先、丁度広場の手前辺りに全身を赤色の鎧に身を包んだやたらデカくて堀の深い金髪の男が立っていた。
「アキヒロ様、奴は!?」
「魔道皇帝の手の者か!!」
勇者が腰の剣を抜くと同時に、赤い鎧の男に向かって走り出す。
「奴は抑えます! 早く民衆を!!」
「はっ!!」
同時に騎士たちも動き出す。
そして俺達は――――…。
「ろ、ロイド…」
俺の手を握ってくるイリス。流石に逃げ出すのか、隠れるのか、こんな状況で判断を付け兼ねているみたいだ。
いや、当たり前か。
俺も正直、頭の中真っ白でどうすれば良いのか分からず、ただ通りの真ん中で突っ立っている事しかできない。
視界の中の出来事を現実として認識できず、まるで映画でも観ている気分だ。
いっそ、どこかへ逃げようとする民衆の流れに飲まれて、されるがままの状態になったのなら良かったのかもしれないが…。
頭の片隅で、ようやく「あ、逃げなきゃ」と思考が回り始めた時。
視界の先の方で勇者と赤い鎧の男の戦いが目に入る。
赤い鎧が巨大な魔法陣を自分の前に展開し、そこから放たれる無数の火球。
勇者はそれを走って距離を詰めながら、自分に被弾するものだけを剣で斬って―――いや、アレ斬ってる? 剣が火球に触れた途端に掻き消えてるように見えるんだけど。
もしかして、あの剣は対魔法装備的な奴なんだろうか? まあ、勇者だしそんな凄そうな装備持ってても不思議じゃないか。
「勇者あああああ! 貴様はここで殺すッ!! 【デスペラード・フレ―――】」
「撃たせない!!」
再び何かの魔法を放とうとした男に、勇者が今まで見せなかった最大速度をもって距離を一気に詰める。
魔法陣を展開している右手を狙って勇者が剣を振る。
男の籠手に阻まれて腕を落とすまではいかなかったが、魔法の狙いが大きく逸れる。
そう、俺達に向かって―――…
放たれたトラックのような巨大な炎の塊。
その向こうで「しまった」と顔を歪める勇者と、炎の進行方向に居る俺達の事なんて最初から眼中に無く、次の魔法を勇者に放とうとしている赤い鎧の男。
視界から色が消える。
真っ白な世界に巨大な赤い塊だけが俺達に迫ってくる。
――― 5歳の時、公園の砂場で苛められていたカグを助けた光景が
赤い塊が、自分の往く手にある物全てを呑み込んで進む。
――― 小学校のコンクールで銀賞を取った山の絵が
通りに散らばる武器や野菜が赤い塊に喰われる。
――― 中学2年の時、高橋の奴と初めて殴り合いの喧嘩をした光景が
何物も例外なく喰い尽くす赤い塊。喰った物が灰になっても止まる事はない。
――― 1年前、同じ高校に入れるとカグが涙を流した光景が
赤い塊に意思は無く、だからこそ無慈悲に全てを等しく焼き尽くす。
――― 迫るトラックからカグを突き飛ばす光景が、頭の中でつい先程の事のように再生される。
ああ、そうか、これが走馬灯―――…
右手に伝わる温もりが震える感触。イリスの手。
…―――を見てる場合じゃねえだろうがッ!!!
動け動け動け動け動け動け動け、動いてくれ!!
自分ではない誰かが体を動かしたかと錯覚する程スムーズに体のスイッチが入る。
繋いでいたイリスの手を解き、全力でタックルするつもりでイリスの体を通りの隅に向けて吹っ飛ばす。
この体のどこにこんな力が有ったんだか…と呆れるくらいイリスが飛んだ。火事場の馬鹿力って奴かな。それともイリスを助ける為にロイド君が力を振り絞ってくれたのか。
巨大な赤い死神はもうそこまで迫っていて―――
あ~あ、人の体だと散々言っておきながら、結局自分の体と同じ事しちまったよ…。
イリスを護るためやった事だから、ロイド君が怒らないでくれると良いんだが。
視界が赤く染まった。
熱いではなく痛い。
あまりの痛みで思わず悲鳴をあげそうになるが、口を開いた途端に痛みが口から体の中に捻じ込まれる。
死ぬ―――!
予感ではなく、明確にそこにある死。
後何分、いや何秒か後に確実に訪れる逃れられない終わり。
自分の力ではもうどうしようもない、助かる術は……もう無い。
いっそ神頼みでもするか。
まあ、神なんてもんが本当に居るんだとしたら、そいつは相当俺の事が嫌いなんだと思う。
すでに炎に焼かれて死が確定しているというのに、
――― 地面が崩れ落ちる
ほら、何が何でも俺をここで殺さないと気が済まないらしい。
魔法の着弾の衝撃で崩れた石畳の下の空間に飲まれる。
底の見えない真っ黒な闇の中を、真っ赤な炎に抱かれながら落ちる。
どこまでも、どこまでも落ちる―――…
これが、俺の2度目の死。
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