第3話

俺の目が覚めた場所から20分程歩いた所に、件のユグリ村はあった。


 広い草原とそれ以上に広い森の境目で、半分森に埋もれるようにしてその村はあった。


 ユグリ村に対する俺の第一印象は「文明進化の置いてけぼり」である


 レンガ造りの家が8軒。とは言っても2階建てはない、すべて平屋でいくつも部屋が入るほどの大きさはない。中を確認しないと分からないが、恐らく全部1LDK。


 電気が通ってる気配が無い。車もバイクも自転車も無い。と言うか、舗装された路が村の四方見渡してもどこにも無い。


 ……地方にしても程がないっスか?


 何と言うか、アレだな、うん、これは、うん、そうだね、とっても……村だね…。


 こんな時代の流れから取り残された場所がある事が驚きだった。この村だけ中世あたりで時間が止まってるとかじゃないのか。


 電話借りようと思ったけど、なんだか絶望的な気がする。いや、待て、電話線は無いけど今時携帯電話があるだろ。この村だって、現代社会とまったく交流が無いって事はないだろうし、案外どの家にも当たり前のようにスマフォとかあるかも知れんし。


 一瞬、頭の片隅に圏外という単語が浮かんだが見なかった事にする。


 


「ロイド、覚えてる? 私達の村だよ?」




 服の袖から手を離さずにイリスが不安そうに俺に問う。ようやく涙は止まってくれたみたいだけど、その目は痛々しいくらいに真っ赤になっている。




「……いや」


「…そっか……」


「ごめん」


「ロイドのせいじゃないよ。仕方ないよ」




 仕方ないは、多分俺ではなく自分を納得させるために言ったんだろう。


 本当は一秒でも早く自分の事を思い出して欲しい、けど、記憶を失ったのは俺…いや、ロイドのせいじゃないから焦らせたくない。イリスの気持ちは多分そんな感じだと思う。


 原因が俺にあるって話したら、絶対恨まれるよな。


 まあ、それに関しては逃げも隠れもせずに受け止めるしかない。望む望まざる別にして、俺がこの体を勝手に使っているのは事実だしな…。




「村長様のところに行こう」


「……ああ」




 再びイリスに服を引っ張られながら歩く。


 すれ違った若い男に挨拶をされたが、どう返せば良いのか分からず、結果的にスルーする形になってしまった。男が「おや?」と言う顔を浮かべていたが、特に怒った様子はなかったので、そのまま俺も流すことにする。


 俺の服を握っていたイリスの手が微かに震える。


 理由は分かり切っている。俺が“ロイドじゃない行動”をとるからだ。俺がこの体を使っている限り、この先もイリスはこうして見えない痛みを負い続けるのかな?


 俺がネガティブな事を考えている間に、8軒の家の中では一番立派そうな家の前に辿り着く。




「トバル様、いらっしゃいますか? イリスです」




 木製のドアをノックしながら、家の中に声をかける。


 5秒待つ。反応なし。




「村長、いらっしゃいますか?」




 もう一度声をかけるが反応は返ってこない。


 居ないんじゃないの? と声をかけようと口を開きかけたその時。




「イリス、どうしたんじゃ?」




 家の中からではなく、俺達の後ろから声がかかる。突然だったので、思わずビクッとなった。


 俺達の背後に居たのは、綺麗に白に染まった髪と口髭の老人だった。顔の皺と白くなった髪が年齢を感じさせるが、背筋はピンとしていてどこか仙人を思わせる。




「トバル様! どこに行ってらしたんですか?」


「うむ、ちと森の中の見回りにな」


「ご自身でですか!?」


「このところ、森の中が騒がしいでな。ワシが行くのが一番安全じゃからのう」




 この人がこの村の村長か。確かに威厳あるなあ。オーラっていうのかな? なんか偉い人が纏ってる「あ、この人目上だな」と思わせる雰囲気と言うか。


 にしても、森が騒がしいってなんだ? 猪でも出んのか? まさか、熊とかじゃないですよね? 山で会ってもほぼ死が確定なのに平地で会ったらその瞬間にTHE ENDだよ。エンドテロップが流れてくるよ。


 森の熊さんがイヤリング持って追いかけて来たら、そら誰だって逃げますよ。獣臭くて時速50km近いスピードで走って、人間を撫でる程度の力でぶち殺せる動物が追って来たらそらどんな理由があっても逃げるでしょ。死んだふりなんて通用しないよあの人、人じゃねえや、むしろ興味持って積極的にシバきにくるからね。




「おお、ロイドも戻っておったか」




 おっと熊の恐怖を頭に刻んでる場合じゃねえや。


 今の自分の状況を思い出して意識を目の前の老人に戻す。




「あの…トバル様、ロイドの事でちょっとお話が…」


「ん、そうか。では中で聞こうか」




 俺達の先に立って家の中に入っていく。


 イリスがそれに続いて入ろうとして、まだ俺の服を握っていた事を思い出したように、自分の手を凝視している。


 名残惜しそうにその手を離すと、一度だけ俺の顔を見る。俺はどういう顔をすれば良いのか分からず真顔を貫く。イリスの顔が少し曇った後、それを隠すように急いで村長の後を追う。


 後何度あの顔を曇らせる事になるのか…。そんな事を考えたら自然と足取りが重くなった。






*  *  *






 木製の簡素なテーブルを囲んで3人座る。


 すげえなこの家、家具が木製の物しかないや。そして予想通り文明の利器たる電化製品は何も見当たらない。




「それで、何があったんじゃ?」


「はい、実は…」




 早速話を切り出した村長にイリスが説明を始める。


 俺? 俺は横で聞いているだけの簡単なお仕事です。




「野草を取りに小川の近くまで向かったのですが、その途中でロイドが突然倒れて…」


「怪我でもしたのか? それくらいで何をそんなに。まったく、イリスはロイドに過保護過ぎるぞ」


「いえ、そうではなくてですね。えっと…ロイドの記憶が無くなってしまったんです」


「ん? 記憶が無くなった、か。ふむ、そうか」




 今にも取り乱しそうなイリスとは違い、村長は話を聞いても特に驚いた様子は見せず自分の髭を撫でている。




「ではロイドよ。ワシの事が分かるか?」


「いえ。先程からの会話から、この村の村長だと言う事は分かりましたが」


「ふむ。お主の隣に居る者の事は分かるか?」




 村長が俺の横に座っているイリスに視線を向ける。


 チラッとイリスを盗み見ると、すがる様な眼でコチラを見ていた。




「……いえ。名前がイリス…さん、と言う事くらいしか」




 隣で涙を流したのが分かった。


 今の俺に出来るのは、心の中で意味の無い謝罪をする事だけだ。




「では、お主自身の事や身の回りの事は?」


「名前だけはロイドと呼ばれていたので理解していますが、それ以外の事は何も…」


「むぅ。これは本当に記憶が無いのか…」




 目を閉じて何かを考えているのか。髭を撫でる手だけが動いている。




「トバル様! ロイドの記憶は戻るんでしょうか!?」




 村長が目を閉じていたのは10秒にも満たない短い時間だったが、それを待ちきれなくなったイリスが、目元を拭いながら言う。




「記憶を無くした者は、ワシがまだ聖王都の教会に居た頃に見た事がある。魔法により記憶を失った者だったと記憶しておる」


「では、ロイドも魔法で!?」




 魔法って言った? 今魔法って言いましたよね? 聞き間違えようがない程しっかりと魔法って言ったよね? さっきもやっぱり魔法って言ってたんじゃね?


 あとサラッと流しそうになったけど聖王都ってなんだ? 




「それは見てみない事には分からん」




 そう言って椅子から立ち上がると、トコトコと俺の所まで歩いてくる。


 俺の横まで来ると右手の平を俺に向ける。すると、皺の目立つ手の平の前の空間に、白い円が現れる。




「うわっ! な、何!?」




 目の前で何が起こったのか分からず、驚いて椅子から転げ落ちそうになった。って言うか落ちた。


 何今の!? 手品!? ホログラム的な何か!? 電子機器が見当たらないからって甘く見ててスンマセンでしたっ!?




「ふむ、記憶が無いのだから魔法も分からんか。その説明は後でしてやるでな。今は不思議な事をするものとだけ思えばよい」




 いや、魔法が不思議な事を起こす物なのは知ってるよ! それを使おうとした事にビビったんだよ! 今の魔法!? 魔法なの!? RPGで「ファイヤーボール」の一言で火の玉ドーンのあの魔法ですよね!?


 え? 何? どゆこと!?


 俺がテンパってる事なんてお構いなしに、改めて俺に手の平を向ける村長。先程と同じように手の平の前の空間にサッカーボール程の白い円が現れる。




「ジッとしておるんじゃぞ」




 白い円の内側に縦横を分割するように直線が並び、その間を縫うように見たこともない変な記号のようなものが羅列される。




「【サーチマジック】」




 魔法名らしきものを村長が口にした途端、俺の体がボンヤリと白い光に包まれる。


 な、ななな、何これ!? 超怖えぇぇぇ!!!




「ふむ。魔法をかけられた形跡は無いな」




 村長が手の平を引っ込めると、俺の体の光も辺りに四散した。


 今のが魔法なの? って言うか、魔法って実在すんだな、あはははははー……って、する訳ねーだろ! 少なくても俺の元居た現代社会では。




「トバル様、ロイドの記憶は…?」


「原因が分からんでは、どうしようもない。しばらくは様子を見るとしよう。いつも通りに過ごしていれば記憶が何かの拍子に戻るかもしれんからのう。イリス、辛いかもしれんが、ロイドの事を頼めるか?」


「…はい! 記憶が戻るまで私がロイドの面倒をみます」




 俺のコレからの事を話しているんだろうが、俺の頭にはその内容がチッとも入ってこない。コッチはそれどころじゃないくらいテンパっているのだ。「晩飯なにかなー」とか余計な事を考える余裕のあるテンパりではない、ガチの奴だ。


 ずっと頭の片隅には、もしかしたら~くらいの豆粒程度の可能性として考えていた。今の現状が俺を嵌める為の盛大なドッキリではないのだとしたら、ここってもしかして…。




 異世界なんじゃないの?

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