第15話 王女の企み

奥まで何もないかどうかダニーとデニーが確認してくるらしい。

たしかに人が隠れているかもしれないし、安心するのはまだ早いか。

ソファに座って二人が戻るのを待っていると、奥からどさりと大きな音がした。


「え?何?」


音に驚いていると、すぐにレオナが私を守るように前に立つ。

私も立ちあがってレオナの背中にしがみつく。


「確認しに行くけれど、ラディアは私から離れないで」


「……うん」


レオナと一緒に奥の寝室に入ると、絨毯の上にデニーが倒れているのが見えた。

この短時間に倒れるなんて何が起きたの?


「デニー!何があったの!」


「待って。……ダニーも倒れている」


デニーに駆け寄ろうとしたらレオナに止められる。

部屋のクローゼットの前にダニーも倒れている。

二人とも倒れているのに他の者の気配はしない。

誰かに倒されたわけではない?


一番あやしげなクローゼットを開けると、嗅いだことのない匂いがした。

少しだけ刺激があるような甘い匂い。馬殺草とも違う甘さだ。


「この匂い……竜酔香だわ。

 花の匂いにごまかされているけれど、寝室で香が焚かれている。

 ラディア、馬殺草をすぐに出して!」


「え?わ、わかった。……はい!」


竜酔香が何か知らなかったけれど聞ける雰囲気ではなく、

収納空間から馬殺草を取りだしてレオナに渡す。


馬殺草を手にしたレオナはすぐに調剤のスキルを使う。

空中で馬殺草の成分だけ取り出してデニーの口に入れた。


「う……うう」


良かった!死んでない!

ただ、意識がはっきりしないのか、目は開けずにうめいている。

レオナはすぐにダニーの口にも同じように馬殺草の成分を入れた。


「これでよし……少ししたら意識は戻るはずよ」


「どういうこと?」


「竜族にだけ効く毒があるの。竜気が強ければ強いほど効いてしまう毒。

 酔ってしまったように意識がなくなって動けなくなることから、

 竜酔香と呼ばれているものよ。それの中和剤が馬殺草なの。

 竜気が強いものに毒耐性があるのはそのせいよ」


「竜気が強いものに効く毒?

 じゃあ、やっぱりこれって」


その時、部屋のドアが開いて誰かが入ってきたのが見えた。

男が六人と少女が一人。

私たちが動いていることに驚いたように見える。


「竜族なら誰にも効くんじゃなかったの?」


「効くはずです。実際にイザーク様の侍従たちは倒れているじゃないですか。

 この女たちは竜族だと偽っているのでしょう」


「やっぱりね。番だなんて嘘なんじゃない!」


周りの男たちの態度でこの少女が王女なんだと気がついた。

腰まである金髪に琥珀色の目。ぱっちりとした二重は可愛らしいけれど背が高い。

竜族としては普通なのかもしれないけれど、私よりも三歳年下なはずなのに。


男たちは騎士服で帯剣している。だけど謁見室にいた騎士とは騎士服が違う。

竜族ではないのか、それほど身体は大きくはない。

強そうには見えないが、こちらが女二人だけだとわかるとニヤリと笑う。


嫌な笑い方だ。

すぐに殴り倒しても良かったけれど、

何をするつもりだったのか聞き出さなくてはいけない。


「あなたは誰?私たちをどうするつもりなの?」


「黙りなさい!平民が口をきいていいと思っているの?」


「平民でも他国の公爵家の婚約者よ?

 こんなことされたのなら黙っていられないわ」


「そんなこと言っていられるのも今だけよ。

 番ではないことがわかったのだし、婚約もすぐになくなるわ」


「なくなる?」


番ではなかったとしても、イザークが婚約したいと言うのであれば、

竜帝国の者が文句を言っても仕方ないと思うのだけど。


「毒で死んじゃえばいいと思ったけど、そうね。

 竜族じゃないならそこまでしないであげる。

 ただイザーク兄様の妻になれないようにめちゃめちゃにしてあげるわ。

 この二人を汚した後は、裸で王城の外に放り出しておいて」


「「「「「「はっ!」」」」」」


「カロリーヌ様、あとはこの者たちにお任せください。

 王女がこのような場に立ち会うものではありません」


王女が男たちに指示をしていると、

さきほど案内していた女官がいつの間にか部屋に戻って来ていた。

王女は退出するように促されて、つまらなそうな顔をしながら部屋を出て行く。

それでも最後に私たちに向かってうれしそうに笑っていた。


「それじゃあ、楽しんでね」


……どの国の王女も考えるようなことは同じか。

がっかりしたような気持ちでいると、男たちが私とレオナを取り囲む。


「抵抗しないでくれれば殴らずにすむ。

 なるべく痛くしないでやるから、恨むなよ。

 平民なのに公爵夫人だなんて望むからこんなことになるんだ」


貴族出身なのか騎士達には一応、私たちを同情するような気持ちはあるらしい。

だけど、やろうとしていることはエンフィア王国の腐った貴族と同じだ。

私がため息をついている間に、レオナが素手で男たちを殴り飛ばしていく。

殴られた男は壁まで飛ばされて崩れ落ちる。

死ななくても骨は何本か折れただろうな。


「な!?」


「あなたたち竜帝国の者じゃないわね?

 アレッサンド国の出身でしょう」


「……抵抗するなら切る!」


レオナが強いことに気がついたのか、他の男たちが慌てて抜刀する。

切りかかってくるのを躱して、また素手で殴り倒す。


数人の騎士くらいじゃ身体強化しているレオナに敵う者はいないのに。

レオナの戦いっぷりを見ていたら、こっちにも一人切りかかってくる。

剣を鉄扇で受け止めようとしたら、そのまま弾き飛ばしてしまった。


「あら?やっぱり腕力も強くなってる?」


「ラディアはいいから、下がってて」


「はーい」


奥の寝室に戻って待っていたら、二十秒もせずに静かになる。

応接間をのぞきこんだら、男たちが縛り上げられているところだった。


「さて、これからどうする?」


「とにかく、竜酔香の効果を消さなきゃいけない。

 お香を見つけて処分して、窓を開けましょう」


「わかったわ」


十分に換気ができた頃、荒々しくドアが開けられる。

飛び込んできたのはイザークと帝王だった。


「ここか!?ラディア!無事か!」


「ええ。レオナが守ってくれたわ」


私が奥にいるのに気がついたイザークはすぐに飛んできて抱きしめてくる。

また抱き上げられて怪我がないかどうか確認された。


「ダニーとデニーは何していたんだ?」


「残念ながら奥で倒れているの。竜酔香?とかいうものが焚かれてたみたい」


「竜酔香だと!竜帝国に持ち込むことは禁じられているものだぞ!」


私の言葉を聞いて叫んだのは帝王だった。

禁止されているものが王城で使われたことにいらだっているようだ。

その帝王に近づいて声をかけたのはレオナだった。


「帝王様、発言をお許しいただけますか?」


「伯父上、この者はエンフィア王国の薬師です。あの薬を作っている者ですよ」


「あぁ、あの薬師か。発言を許す。何でも言うがよい」


「さきほどまで、ここにカロリーヌ王女がいました。

 竜酔香を使ったのに、ラディアと私が倒れていないことを驚いていました。

 そして、男たちを使ってラディアを汚そうとしました。

 そこに縛り上げてある男たちがそうです」


「……カロリーヌが」



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