第3話 馬車の旅

公爵領に向かう日、背の高いレオナにすっぽりうまるように抱きしめられる。

ずっとこうしていたいけれど、行かなくてはいけない。

心配そうな顔のレオナにすぐに帰ってくると約束して後宮を出る。


馬車での旅に護衛と女官がつけられることになった。

万が一にも逃げ出さないように見張りを兼ねているのだろう。

従属の腕輪があるのだから逃げ出すことなんてできないのに、

あのクズ国王はどれだけ疑い深いのやら。


御者が馬車を用意している間、私に付けられた女官に話しかける。

見張りだとしても私と一緒に旅をするなんて嫌じゃないのだろうか。

一緒にいれば死ぬ可能性もあるし、そもそも女性は長旅を好まない。

国王の命でもなければ行きたくないと思っているはずだ。


「あなた、お名前は?」


「ミスンと申します」


「ミスンは女官になって長いの?」


「五年といったところでしょうか。

 もとは貴族だったのですが、家はつぶされました」


「そう。ミスンも逃げたくても逃げられないってことね。

 ……戻らないほうが幸せだったりするのかしら」


「いえ、病気の弟がいるんです。

 その子が逃げられるまでは……頑張るつもりです」


薄茶色の髪に綺麗な紫の目。

整った顔立ちからも貴族の出だとは思っていた。

監視につけるくらいだから何か弱みでも握られているのかと思ったら、

病気の弟が王都にいるから逃げられないということか。


「そう。短い時間だと思うけれど、第一王女ということになっているの。

 こんな私に付くのは嫌かもしれないけれど、

 初夜までは疑われないように協力してちょうだい」


「わかりました。

 ですが、ラディア様はどこから見ても王女にしか見えませんし、

 ラディア様に仕えるのは嫌じゃないです」


「そう?じゃあ、よろしくね。

 あぁ、馬車は一緒には乗れないと思うけど、逃げないから安心して」


「わかりました」


もしかしたらミリーナ王女が寄こした女官かもしれないと思っていたが、

そうではなさそうで安心する。


ミスンが素直に言うことを聞いてくれる人で良かった。

体液に毒がある私は、ふいにあくびをして涙がでたとしても危険になる。

同じ馬車内にいたら毒の影響を受けると思って、馬車を別にしてもらった。


一人で馬車に乗ってドアを閉めようとしたら、

無理やり一人の護衛騎士が乗り込んでくる。


「私は一人で乗りたいのだけど?」


「一人で乗らせるわけにはいきません」


「一緒に乗るとあなたが危険なのよ?」


「いいえ、けっして一人にするなと命じられていますので。

 逃げられたら困りますからね。あきらめてください」


「……そう。死ぬかもしれないのに?」


「何を言われても下りませんよ」


警告はしたけれど、下りる気はないらしい。

下卑た笑い方をしたので、こっちが王女が手を回したのだとわかる。

ミスンは止めようとしてたけれど、黙って乗せることにした。

死んだとしてもこの騎士のせいだ。私は、一応は配慮したのだから。


馬車が走り始めてすぐに、騎士が短剣を抜いた。

その剣先を私に向けて、楽しそうに笑う。


「あんた後宮の女なんだってな。

 いつもお偉いさんにやられてんだろう?

 俺にもちょっと味わわせてくれよ」


「はぁ……どうやって?」


「なんだ、馬車の中でやったことはないのか?

 あぁ、後宮から出るのも初めてだったか。

 よし、俺が教えてやるよ」


そういう意味で聞いたのではないけれど。もう相手にしなくていいかな。

まだこちらへと向けている剣をぐっと握る。


「おい!何してんだ!そんなことしたら」


すぱっと手のひらが切れる。

こんなクズな騎士でも剣は手入れしてあるらしい。

なかなかいい切れ味だった。この剣、もらっておこうかな。


「……おまえ、な…に…を」


「私の身体は毒だって、説明されていないの?

 あぁ、あなたも使い捨てなのね」


「……う」


身体がしびれて動けなくなったのか、強張るような感じで床に倒れる。

次の休憩までこのままにしておけば助からないだろうな。

かといって、中途半端なところで助けても…死ぬよりつらい目にあう。


とりあえず切ってしまった手のひらにレオナの薬をかける。

レオナの薬は特別で、このくらいの傷ならすぐに治ってしまう。

傷痕も残らずに治ったのを見て、今度はドレスについた血を落とす。


休憩になる前に、血をどうにかしておかないと他の者も倒れてしまう。

馬車内に毒が残らないように中和剤もまいておく。


馬車が止まってすぐ、他の護衛騎士がドアを開ける。

さっきの護衛騎士とは騎士服が違うので、仲間ではないようだ。


「……何が起きましたか?」


「私を襲おうとして来たので殺しました。

 国王の命を邪魔しようとするものが送り込んだのでしょう。

 知られないように対処してください」


「わかりました」


他の護衛騎士たちが顔を見合わせてうなずく。

出発時、この男が無理にこの馬車に乗ったのを止めずに黙っていた。

その時点で私に何かしようとしていたのは感づいていたはずだ。

止めなかったのは王女の命だと知っていたからかもしれない。


床に倒れていた男は引きずられるようにして馬車から出された。

何人かが道の奥の方に運んでいって埋葬している。

死んだことすら知られずに終わるんだなと思うと少しだけ同情するが、

女に乱暴しようとするものは死んでも仕方ないと自分に言い聞かせる。


後宮では母様のような者たちを多く見てきた。

尊厳を奪われ、死んだほうがましだと思っても死ぬことさえ許されない。

私もレオナがいなかったら、そうなっていただろう。


初めて後宮の外に出られたというのに、窓の外を見ていても気は晴れない。

これから行く先でまた人を殺さなくてはいけない。

胃の辺りに石をつめこまれたような感じがして、食欲もない。

途中の休憩でも馬車からおりることなく、水だけもらって目を閉じる。


このまま着かなければいいのに。

嫌なことを先延ばしにしても結果は変わらないのに、

少しでも遅く着いてほしいと思うのは止められなかった。





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