第3話

   

「それじゃあ、範子ちゃん。また明日!」

「うん、バイバイ!」

 駅前の商店街が終わったところにある交差点で、いつものように、私は真由ちゃんと別れた。

 彼女の家は、このまま大通りを真っすぐ五分くらい。私の家は、交差点を曲がって横道に入り、住宅街を十五分ほど歩いた辺りにある。

 街灯は設置されているものの、たとえば雨が降っていたり、晴れていても空が真っ暗だったりすると、夜の一人歩きは心が寂しくなるのだが……。

 今夜は明るい満月が浮かんでいるので、寂寥感せきりょうかんたぐいを感じることは全くなかった。


 近くの公園の横を通りかかったタイミングで、ふと足を止めて、夜空を見上げる。

 ボール遊びが禁止になって以来、駆け回って地面を踏み固める子供たちがいなくなり、雑草が伸び放題の公園だった。昼間はあまり意識しなかったけれど、今みたいなシンとした夜の空気の中では、自然の緑の香りが目立って、鼻をくすぐっていた。

 そんな「自然」を強く感じさせられる環境に中で、少しお月見をしてみたくなったのだが……。


 ここでの「お月見」には、実は先客がいたらしい。視界の片隅で、何か黒っぽいものが動いたのだ。

 そちらに意識を向けると、公園のフェンスの上に、一匹の猫が座っていた。暗い夜ならば闇に紛れそうなほど、全身が真っ黒の猫だ。黒くないのは瞳の部分だけで、そこは黄色く光っていた。

 黒猫は夜空を見上げて、満月を眺めている。格好だけならば、お月見を楽しんでいるようにも見えるが……。

 身に纏う空気が「楽しんでいる」とは正反対。なんだか物寂しい雰囲気だ。

 そんなことを考えながら、満月と黒猫の両方を視界に入れていると、ふと頭に浮かんできた表現がある。「望郷の念をいだく」という言葉だった。


「満月を見て『望郷の念』ってことは、黒猫さん、お月様から来たの?」

 我ながら馬鹿げた発言だが、どうせ周りに人間は誰もいないし、猫に人間の言葉はわからないはず。いわば独り言みたいなものだった。

 ところが、まるで言葉を理解したかのように、黒猫は反応する。ビクッと体を震わせながら、夜空に浮かぶ満月から、夜道でたたずむ私の方へと顔を向けて……。

「にゃあ!」

 イエスともノーともとれる鳴き声を発して、ピョンとフェンスから降りると、そのまま走り去るのだった。

   

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