おいでませ獣人の森

@hutabasinobu

第1話 よくある異世界転移

「うへへ…翔きゅんカッコよかったよう。ん~チュッチュ♡」


 などと、気持ちの悪いことをつぶやきながら先ほどとある店で撮影した推しのチェキに口づけをしながらポニーテールのように結わえた髪を揺らしながら夜道を進む人影が一つ。


「はぁ、休日にあのお店に行くためだけにあの地獄のような職場に通ってるまであるわぁ…給料はそこそこあるけど週休一日、たまに休日出勤、そして毎日6時間のサービス残業…お給料につられて入社したけどまさかサービス残業分の見込み報酬込みだったとは…」


 この女、八神優子は新卒で入社してから四年ブラック企業で働きその給料で週末に推しのいるお店に開店から閉店まで入りびたるような生活を続けていた。


「にゅふふ、しかしその苦労も今ここに実を結んだ!あのお店を見つけてから2年半!週末に足しげく通い、休日出勤に邪魔をされながらも遂にたまったポイントカード!100ポイントのにゃんにゃんモフモフ店休日一日貸し切りコース!有給とってモフりたおすぞ!」


 おー!っと優子が一人で腕を振り上げた瞬間、底が抜けたように優子の足元にひび割れのような穴が現れた。


「ひゅ…!?」


 優子は叫び声をあげる間もなく足元の穴に飲み込まれた、そしてその裏道はもともと人がいなかったのではないかと思わせる静けさに包まれた、足元の穴もその一切の痕跡もなく元のアスファルトの道路へと戻っていた。


「落ち…!え?地割れ?揺れてなかったよね?ちょ!なんなのーーーーーー!?」


 優子は暗闇の中どこまでも落ちていくかのような感覚に戸惑いつつも、とてもくだらないことを考えていた。


「せっかく貯めたポイントはどうなるのよーーー!?」


 そして優子が落ちていく感覚に慣れ始めたころ、急にあたりは白一色に代わりどこまでも落下していくような感覚は浮遊感へと変わった。


「うわ!眩しい!真っ暗からの真っ白は目にクる!」


「人よ…」


 優子が目をおさえて悶えていると上のほうから声が聞こえてきた、いや、実際にはふわふわと浮いているうえにあたりに比較物がないため、上というより頭上といったほうが正しいが…


「狭間に飲み込まれし人の子よ…」


「うぅ…幻聴が聞こえるぅ」


「幻聴ではありません、人の子よ」


「…ふぇ!え?なに?だれ!?」


 優子は自分のつぶやきに反応があったことに驚き顔をあげると、そこには薄絹のような白い衣をまといウェーブのかかった長い金の髪をたなびかせた美女が立って…浮いていた。


「はじめまして、異界より来たりし迷い子よ」


「…迷い子?それって私のことですか?といいますかあなた様はどちら様で?そしてここはどこでしょうか?」


「ここはあなたが生まれた世界とは別の世界、管理世界TH-1139グランドールという世界の神々が住む場所、いわゆる神界です、そして私は命をつかさどる女神サラドリアーナです」


「め、女神さま!?というか管理世界!?ここは日本じゃないんですか!」


「はい、ここはあなたの元居た世界とは別の時空にある半精神世界、物質世界とは違いすべての物が魔力を内包した世界です」


「ま…魔力?え?もしかしてネット小説とかでよく見る異世界召喚とか勇者召喚みたいなものですか?」


「いいえ、あなたは狭間と呼ばれる時空の裂け目に飲み込まれました、事故のようなものですね」


「事故…事故かぁ…ってことはやっぱりポイント全損だぁ~~!!」

 

「最初の感想がそれですか…剛毅というかなんというか…」


「いや、だって落ち込んだとして元の地球に戻れるんですか?」


「いいえ、戻ることはできません、そもそも同じ世界同士が狭間でつながることは数億年に一度あるかないかの出来事、たとえ今ここに狭間が開いたとしても元の世界につながることはありません」


「はぁ~、ですよね、そんな気はしていました…それにしてもそんな落とし穴みたいなのが神様の国?にもつながったりするんですね」


 さすが無宗教の人間が多い日本出身の優子は、女神に対してもへりくだったりすることもなく通常運転である、けっしてチェキに対してデレデレしたりチュッチュしている状態が通常運転ではない……多分…


「いいえ、狭間は神界に開くことはありません、ですがこの世界で死んだ魂、そしてこの世界に新たに入ってくる魂はすべて私のもとに集まり洗礼を受けてもらいます」


「洗礼?水をぺっぺってするやつですか?」


「ぺっぺっ?…いいえ、洗礼は魂の強い願いを次の生へつなぐ儀式です、強い願いは次の生で高い適正や強いスキルへとつながります」


「ええ!?じゃあこの世界は皆が皆無双モードってことですか?」


「無双モードというのはわかりません…しかしスキルや適性を得ることはできますが魂は生まれ変わるときにすべての記憶を失います」


「つまりどんな力や適性を持っているか覚えていないってこと?」


「はい、人格なども変わってしまうので、生きてゆく中で一から適正を探してゆくことになります、ゆえに剣の適正をもちながらもパン屋を営むもの、魔法適性を持ちつつも戦士となるもの…適性に応じた生を営める者は幸運だといえます」


「じゃあ私も記憶をなくしちゃうんですか?」


「あなたは生まれ変わるわけではなくその姿、記憶を持ったままこの世界の魂の連環に取り込まれます、そしてこの世界で死んだ時改めて新たな魂の形を得て生まれ変わります」


「つまり私は以前の記憶とここの記憶を持って新しい世界に行くってことですか?」


「そういうことになります」


「おぉ!ということは天よりの御使いルートですかね?」


「そうですね、そういうことも可能ですが、この世界はいまだ神への信仰の強い世界、あまりそういったことを触れ回ると…」


「ひっ、た、たしかに…やばいことになりそう」


 狂信者とか一番やばい人たちだもんね、かかわらないに越したことはないか。


「ひとまず洗礼を受けてから考えてみては?」


「あ、たしかに、どんなスキルをもらえるかで変わってきますもんね、お願いします」


「それでは…」


 サラドリアーナが瞳を閉じ祈るように豊かな胸の前で手を組み、その手を開くとその手の間には光とともにバスケットボールくらいの大きさの水晶が浮かんでいた。


「この水晶玉に手を触れて今の未練、新たな生で願うものを強く心に思い浮かべてください」


 そういわれ優子は水晶玉に手を触れ強く願いを思い浮かべる、そうとても強い欲求(願い)を。


 もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふふもっふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふ


 十数秒ほど水晶玉に手を触れていると淡く光っていた水晶玉がまばゆいほどの輝きを放ち始めた。


「これで洗礼は完了です、スキルや適性はステータスボードで見ることができます、神界では開くことはできないので地上に降りた後に確認してください、『ステータスボードオープン』と言えば開くことができます、現在地上にはこのことを知っている者はいません、広めるかどうかはあなたの意思に任せます」


「ステータスボードオープン…ってそういえば言葉は!?」


「先ほどから会話していたのですが…この世界では言葉に魔力が宿り、ある程度の知能と体に魔力があれば魔力を通じて意味を理解することができます、あなたは狭間をくぐりこの世界に来るときに多少の魔力を得ているのでそれで意思疎通ができるはずです」


おおう、魔力万能説キタコレ…まぁでもこれで最大の難関はクリアかな、一から全く知らない言語体系を理解するなんて不可能に近いからね。


「それでは、私ができることはここまでです、新たなスキルとともに良き生を歩んでください」


「女神様いろいろとあり…が……」


 優子は女神に礼を言おうとしたが言い終える前に意識が暗転した…

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