第7話 猫様、喋る。なった暁には世界の半分の◯をやる。




 俺はキャンプから武器装備カード、〈カヤの木刀G〉を購入して狩り場に指定されている森へと出かけた。

〈カヤの木刀〉はこの〈始まりのコロニー〉で買える安い武器で、ホルダーが装備出来る〈刀剣〉だ。戦闘力が【8】上がる。

 これで俺の戦闘力は【12】になった。【LV2】並の能力だ。


 初期の初期なら、モンスに戦わせるよりもホルダーも一緒に戦った方が効率的だ。モンスターが単体なら、単純に2対1に出来るからだ。そして【召喚枠】を開放しているなら3対1にできる。

 これで負けることはほぼ無い。初期も初期は敵性モンスターも弱いのだが、モンス1体で戦うには厳しいのだ。まず連戦ができない。そこでホルダーが戦闘に加わるのである。


 さて、じゃあ木刀の力を試してみるかな。ルンルン気分で木刀のカードを出す。


「〈カァニャ〉降りていてくれ。ちょっと木刀を振ってみたい」


 さきほど召喚してからずっと肩の上で俺の首に癒しを与えてくれている〈カァニャ〉に向けてそう言うと、そこで妙なことが起こった。


「我は〈カァニャ〉ではないにゃ。我の名はゼス・ファンニャ・スティック。ゼスと呼ぶが良いにゃ」


「…………ん?」


 なんだろう。空耳か? 今男とも女とも言えない中性的な声が〈カァニャ〉から聞こえた気がする。いや、きっと気のせいだろう。モンスターが人語を喋るにはもっと進化が必要だったはず。

 まだ〈ゼロ進〉である〈カァニャ〉が喋るわけがないにゃ。あ、移った。


「ふぅ。空耳か」


「空耳じゃないにゃ。我こそは〈神猫様〉。神の中の神、猫の神にゃ。これヒイロ、聞こえているにゃろ? なんとか言うにゃ」


「…………」


 俺はとりあえず、肩の上の〈カァニャ〉を取って両手の上に乗せ、正面に持ってくる。


「神猫様?」


「そうにゃ。我の正体はまだ秘密故しゃべるでにゃいぞ? そなたに話したのは我のホルダーで有り、我の願いを聞き届けてほしかったからにゃ」


「うーむ? ……ちょっと待ってくれ」


 あれ? おかしいな。〈カァニャ〉が喋っているように見える。口動いてるし。

〈神猫様〉? 〈神猫様〉って言えばあれだろ? アップデートの時にかっこよく次元の裂け目とかに飲まれていった、あの猫モンスターじゃなかったっけ?

〈16進化〉の最高峰カードだ。俺はもちろん〈カァニャ〉を〈16進化〉まで育てる予定だ。しかし、自分はその〈神猫様〉だと名乗るこの子はじゃあなに問題。

 俺はもう一度〈カァニャ〉を見る。ステータスは〈ゼロ進〉だった。うむ。


「ふう。なんだ、気のせいか」


「気のせいじゃないにゃ!」


〈カァニャ〉が憤慨して俺の腕を尻尾でペチペチ叩いてくる!?


「〈カァニャ〉が喋ってるにゃあああああぁぁぁ!?」


「真似すんなにゃあああああぁぁぁ!?」


 なんか移ったんだよ! そんなにゃあにゃあ喋られたら移ちゃうって!?

 じゃない!


「いやいやいや、なんで喋ってんだよ!? 喋れるのは進化してからだろ!?」


「それには深い、それは深い訳があるのにゃ。我はついこの間まで〈神猫様〉だったのにゃ。故あって今は〈カァニャ〉にまで退化しているけどにゃ」


「退化ぁ?」


 退化とは進化の真逆。進化段階を1段下げてしてしまうことだ。とはいえ進化が規定値まで条件が揃えばいつでも進化出来るのに対し、退化にはマジックカードが必要となる。

 だから普通なら出来ないはずだ。

 しかし、〈カァニャ〉の言うことが事実であればあり得なくはない。〈神猫様〉は〈カァニャ〉から進化していった先の1つの頂点にあるからだ。となると逆なら〈カァニャ〉が底辺になる。


「なぁ、だがなんでその〈神猫様〉が〈ゼロ進〉になってんだ? 次元の狭間にでも吸い込まれたのか?」


 半分冗談でそう言ってみたのだが、変化は劇的だった。


「そなた、なぜそれを知っている?」


「え? マジなの?」


「…………」


 え? 何この反応。

〈カァニャ〉はしばらく目を伏せたかと思うと顔を上げる。


「そうだにゃ。我は部下を守るために自分を次元の狭間へと吸い込ませ、〈神猫様〉という特大の存在を食わせたことでキャパシティをオーバーさせ、狭間を集束させたのにゃ」


「マジで? 本当にあの〈神猫様〉?」


 この〈カァニャ〉が言っていたのはついさっき画面に映っていた光景そのままだった。

 確かあの時もそんなことを言っていたような。

 あの映像は現実だった? いや、あれはゲーム画面だ。そしてここはゲームの中の世界。

 あり得そうなあり得なさそうな?

 しかし、現にあの喋る不思議な〈カァニャ〉が目の前に居る。


 ―――♪――♪――。


 ゴクリ。なんだかよく分からないがこれは聞かなくちゃ行けない予感。

 俺は様々な否定の言葉をその辺に放り捨て、腰を据えて〈カァニャ〉の話を聞く態勢になる。


「それで、その〈神猫様〉がなぜ〈カァニャ〉になって俺の目の前に?」


「あの次元の狭間から脱出するためにゃ。〈神猫様〉たる我の存在は強大。故に存在の容量は桁違いにゃ。しかしにゃ、そんな我の力をもってしても次元の狭間からこっちへ戻るための出口はほんの小さな穴しか作れなかったのだにゃ。ほんの少しの穴を通るにはこうして退化し、自身の存在の容量を軽くする他なかったのにゃ」


「ええ? そんなこと出来るのか?」


「全盛期の我ならば容易いにゃ」


 なんかとんでもないことを言ってるな。電子データかな?


「つまり〈神猫様〉が仮に1000テラバイトの容量を持つ存在だったとして、それを送るのに3メガバイトしか送れないメールアプリしかなかったから、自分を3メガバイト以下に容量を落としたと、そういうことだよな?」


 そのせいで退化を余儀なくされ、〈ゼロ進〉の〈カァニャ〉にまで退化してしまったと。


「ほう。面白い例えにゃ。意味が分からん固有名詞はあるものの、読み取れる範囲では間違いはないにゃ」


「だが、なんで俺の元に? 戻るなら自分の家とかじゃないか? なんで〈契約の場〉で選ばれてんだ?」


「ふっ、そこは運だにゃ。我は猫の中の猫。猫の神にゃ。猫は古来より運を左右する動物として信じられてきたにゃ。祝福や幸運、福を招くのは我の得意とする所にゃ」


「あー、確かにスキルに『招き運』ていう謎スキルがあるな」


「むちゃくちゃ退化してるけどにゃ。けどそういうことにゃ。我の福のリソースを全て使い、我は願いを成就するべくここに飛んできたのにゃ。ヒイロの契約モンスターに選ばれたのはヒイロが我の願いを叶えてくれる者だったからにゃ。運とはそういうものにゃ」


「願い……ねぇ。俺に叶えられる願いなら誰でも叶えられると思うが」


「そんなことはにゃいにゃ。人類はまだ、モンスターを16進化に出来たことはないにゃ。それどころか15進化すら達成してないにゃ」


「…………なに? いまなんて? 15進化も達成してない?」


「そうだにゃ。間違いないにゃ」


「そんなバカな」


 え? いや確かにむずいけど。え? だって、マジで?


「そして我の願いはただ1つ、そなたのホルダーとしての腕を見込んでのことにゃ。どうか我を再び〈神猫様〉まで進化させて欲しいのにゃ。頼むにゃ」


 ちょっと混乱する俺に向かって〈カァニャ〉はそう頭を下げるようにしてお願いした。

 そして報酬も提示してきた。


「もし願いを叶えてくれるのであれば、我が〈神猫様〉になった暁には、報酬として世界の半分の猫をやるにゃ」


「世界の半分の――猫!?」


 か、〈神猫様〉からの提案来ちゃった!?




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