剣士 千佳
飛鳥 竜二
第1話 剣士 千佳参上
夏の県大会が終わり、部活は中2が主体となった。西田中学校女子剣道部は主将斎藤美香を中心に新人戦に向けて練習を始めていた。区大会までは1ケ月しかない。そんな時、県北部の学校から転入生がやってきた。それも剣道の有段者だということだ。
その日の朝、美香のクラスにその転入生がやってきた。担任に連れてこられた女子は、160cmほどの身長だが、どちらかというと細身だ。髪の毛は長めで、ポニーテールにしている。異様なことは、竹刀袋をもっている。それも本格的な3本入りだ。ふつうの中学生が使っている2本入りとは違う。
「中嶋千佳です。県北のN中学校からやってきました。剣道初段です。よろしく」
という自己紹介は柔らかいものではなく、挑戦的な言い方であった。一部の男子はびびっていた。担任の山村が
「中嶋さんは、お父さんの転勤で県北のN町にいたんだけど、今度仙台にもどってきたということです。幼稚園までは、ここにいたそうです。知っている人もいるんじゃないか?」
と言うので、幼稚園のころを思い出すと、そんな子がいたのを思い出した。おてんばの子で、男の子たちを相手にしてチャンバラ遊びとか、あぶない遊びばかりしていた女の子だ。たしかお父さんは警察官だと聞いたことがある。
座席は、美香の斜め後ろになった。その日、千佳は教室でだれとも話すことなく終わった。何か近寄りがたい雰囲気をかもしだしていた。
放課後、武道館にいると剣道部顧問でもある山村が千佳を伴ってやってきた。
「中嶋千佳さんです。県北のN中学校から転入してきました。女子剣道部に入部したいということなので、皆仲間に入れてくれ」
という話の後、千佳が話を切り出した。
「中嶋です。よろしくお願いしますとは言いません。自分以外は皆ライバルです。お互いに切磋琢磨していきましょう」
という意外な自己紹介をした。これには女子部員だけでなく、居合わせた男子部員も呆気にとられている。女子部員の平田美鈴が千佳に質問した。
「N中学校での試合経験は?」
と聞くと、
「N中では部活に入っていませんでした。稽古は道場と警察署でやっていました」
という返事。続けて美鈴が聞く。
「どうして、部活に入らなかったの?」
という質問に、
「それはライバルがいなかったからです」
ときっぱり言った。N中は県大会の常連校なので、そんなことはないはず。何かしらの事情があるかもしれないと美香は思った。
「どおりで、名をきかなかったわけだ」
と美鈴が言うと、山村が付け加えた。
「中嶋さんは小学校時代は県の強化選手だったんだよ」
と言う。それに対し、千佳は(余計なことを)というまなざしを向けていた。強化選手ということは、県大会でベスト8以内にいたということだ。それなりの実力はあるということだ。それが中学校では試合には出ていない。何かミステリアスな存在だ。
防具をつけると、それは漆黒であった。特注品だ。ふつうの防具の倍の値段はする。垂れにつけるネームは「尽誠館 中嶋」と書いてある。県北部にある有名な道場だ。どんな剣道人生をおくってきたのだろうか、美香は興味深々となった。
輪になって、素振りを行う。コロナ以降、気合いをだすことは少なくなったが、千佳は一言も発しなかった。だが、動きは悪くない。
面をつけて、基本稽古が始まる。千佳の切り返しは素早い。まるで警察官の切り返しだ。警察署で稽古していたからだろう。ただし、気合いはださない。相手をしている美鈴がたじたじだ。力でおされている。
地稽古が始まった。千佳の剣風は独特だ。きちんと中段に構え、スキがない。そして少しずつ間合いを詰めてくる。相手が打っていくと、応じ技をだしてくる。美鈴が得意の小手を打つが、すりあげられて面を打たれている。他の技をだしても、すべて返されている。中2女子の剣道ではない。まるで高校生のそれも上位の剣道だった。
美香の番になった。それで、千佳の動きを見るべく、自分からは打たないようにした。お互いに見合って1分が過ぎた。それでも千佳は打ってこない。じわじわと間合いを詰めてくるだけだ。しまいには、試合場の端まで追いつめられた。このままでは場外反則になってしまう。そこで、フェイントをかけてみた。ぐっと一歩前にでる。千佳が打ってくるかと思いきや、千佳も一歩さがり間合いをとった。フェイントだとばれていたのか。と美香は思ってしまった。結局、2分間の地稽古の間、一度も剣を交わすことはなかった。
稽古が終わってから、美香は千佳に声をかけてみた。
「なかなかの腕ね。ところで、うちの部にライバルはいたかしら?」
すると返ってきた言葉が
「さあね。まだ初日だからね。一度も打ってこない人もいたし」
ということで、疑問に思っていたことをズバッと聞いてみた。
「N中で部活に入っていなかったのに、どうしてここでは部活に入ったの?」
「それは、D学院の渡部姉妹に勝ちたいからよ」
「あの優勝候補のD学院の渡部姉妹? 強敵よ」
「そうよ。小学校時代からのライバルよ。もっとも向こうは2年生で県大会優勝。こっちは大会未経験。だいぶ差がついてしまったけどね」
と言い残し、千佳はあいさつもそこそこに帰ってしまった。そこに美鈴が近寄ってきて、
「千佳って、生意気よね。剣道は強いけど、態度が悪い。ばかな話をしてものってこないの。まるで鉄仮面だね。でも、新人戦の戦力にはなるね。美香はどう思う?」
「そうね。笑わない女のようだね。腕はたしかのようだけど・・」
女子剣道部には4人の2年生がおり、千佳が入り5人となった。これでベストメンバーがくめる。1年生は4月から剣道を始めたばかりで、まだ試合にでられる状態ではない。D学院は同じ区内にある私立中高一貫校で、稽古は中高いっしょにしている。その顧問は高校の教員である渡部6段である。例の渡部姉妹の父親である。それと後で知ったことだが、千佳の父親も剣道6段で、かつては国体にも出たことがあるという。その時は渡部6段もいっしょだったとのこと。親子でライバル関係にいるということだ。
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