Re:birth

 家族なんてクソくらえだと、思う。家族なんて二文字で縛られる関係性に、愛も情もありゃしない。世間様の家族像というのはさぞかし立派なものらしいが、おれはそうは思わない。だって、おれの家族はロクなもんじゃなかったから。

 ああ、そうだお前だよ。今この手紙を「愛しのアイちゃんから六年ぶりに連絡が来たわぁ」なんて浮かれてるそこのお前だよ。愛なんて言葉で良くおれを懐柔できると思ったな。残念、おれはそこまで甘くない。お前はいつもおれのことを気にかけてくれて、ああたいそうおれのことを愛してくれてんだなあって思ってたけど、あれも嘘っぱちだったんだもんなあ。結局お前はおれを通して、かつて自分じゃ為せなかったことを為そうとしただけなんだよ。医大に通えば将来安定よ、旦那になんて縛られずに生きてけるわあ、なんて、アホか。その思想のせいでおれは夢のアオハルってもんを失っちまった! 勉強、勉強、勉強の日々だったよなあ。でも、おれはお前に従順だった。おれはお前に従って、バカみたいに勉強して、医大に受かって、ああ、報告すんの忘れてたけど、今じゃ立派に医師やってるよ。おめでとさーん、お前はおれじゃないのでお前が医師になったわけじゃないけどな! ……そこまでおれがお前に従順だったのは、なんでだと思う? 分かんねえよなあ、それが当たり前だって思ってたんだからな。正解は、おれが、それしか知らなかったからなんだよなあ。おれがその道、お前が望む道を選んだんじゃねえ、おれにはそれしかなかったんだ。だから思い上がんじゃねえぞ、ほら私の言った通り幸せじゃないアイちゃんなんて言うんじゃねえ。今でこそ医師やってて、まあいいじゃんとか思ってたりするけど、そこはありがとうだけど、でも、おれはお前のことを、ぜっってえに許さねえからな! 別の道を知った今、バカげてる、くだらねえしか感想出てこねえよ。

 あと、あのデカブツな。アイツはおれのこと、サンドバッグとしか見てねえし多分文字が書けるってことも知らねえだろうから、この手紙も多分見ねえだろうけど、恨みつらみ、この際だからぜーんぶ吐いてやる! アイツはお前と逆だったよなあ。ザ、放任主義。でも放任してほしいとこは放任してくんなくて、放任してほしくないとこは放任してくるサイッアクなヤツ。普段はおれのことなんて感心ないです好きにしててくださあい、って感じのツラ引っさげてんのに、酒飲んで帰ってきたときだけバカみてえに赤い顔でおれのこと罵ってくんだ。酒の匂いは未だに苦手だよ、それがおれにとっては開戦の合図だったからな。ま、開戦っつってもタイマンってわけじゃねえ、おれが一方的に殴られるだけだけど。ああ不平等、ちょーっと先に生まれただけで、ちょーっとだけ身体の作りが違うだけなのに、おれってばなんて無力? 痣だらけ傷だらけで、友達にもさぞ心配されたよ。そんでお前はそれを見て見ぬふりして、勉強しろーってな。おれを抱きしめるものはいわゆる「母の温かなおてて」じゃあなく、冷たい参考書の紙束だった。

 家族なんてクソくらえだ。おれが一個目に所属させられた集団に、なぜそんなに縛り付けられる? 学校のクラスから離れるなら不登校になればいい。部活が嫌なら抜ければいい。他の集団は嫌なら抜けりゃいい、って思想なのに、家族っていう、一番選べない集団ではどうしてこうなんだろな? ……まあ、いい。この手紙で、金輪際、連絡を絶つ。いや、もう連絡する気もなかったんだけどな。過去の清算っつーか。……もう、おれはあの頃のおれじゃない。だから、さよならだ。せいぜい普通に、幸せに生きろよ。おれはお前ら以上に、絶対幸せになってやる。医療の腕と、一生消えないタバコ痕と一緒に、極上の幸せを手に入れてやるからな。だっておれは……。

 ペンを動かそうとして、わたしは手を止めた。そんなことを知らせる義理もないし、知らせれば、目の前の愛おしい二人に迷惑をかけてしまうかもしれない。モロー反射で遊び、遊ばれている二人。その光景を見つめていると、麗しい黒髪の君と目が合った。

「愛梨、手紙はもういいの? 表情見てる限り、良い内容の手紙ではないっぽいけど」

「んー……。もういいかなあ。スッキリしたし」

 手紙をそのまま封筒に押し込めて、用意していた切手を貼った。強がりでおれなんて言ってたけど、わたしはわたしの方が、しっくりくる。虐待児の可哀想なおれ。虐待を連鎖させてしまうおれとも、金輪際、連絡を絶つ。わたしに手を差し伸べてくる、小さな小さな命。家族なんてクソくらえだ。けれど、そのクソからは、もうお別れ。虐待の連鎖だなんてない。そう信じて、わたしはその子の手を取る。ふに、と温かな感触が、心を包んだ。

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