第3話
「ここでは当然連合企業出身の人間は優遇されている。身分差みたいなもんだ。それ以外のモンは、兵隊か、雑務をやんなきゃいかん。ああ、あいさつがまだだったな。私は加山久明(かやまひさあき)。一応昔警察に10年勤めてたもんだから、ここでも似たようなことを任されてる。こちらは芽木心史(いぶききよふみ)くん。地下で働いてるらしいから、それについてのことは聞くといいよ」
どうも、と僕は軽く会釈する。前時代的な所作だが、クセというのはなかなか抜けないものだ。探偵はそれが珍しかったのか不審な目つきになっていた。
「名前は? なんと呼んだらいい?」
加山さんに問われ、探偵はすこし間を置いて「佐藤」と答えた。
白々しい態度だった。嘘かどうかはわからないし問い詰めることもないだろうが、加山さんと僕は妙に疑り深くなって目を合わせた。
芝生広場と団地のようなところを抜けると、食堂についた。
「ここでの食事は配給制ってことになってる。けどまあ普通にもらえる食事はせいぜい汁物程度。働かないと高級食券やペイクはもらえない」
「ペイクって?」
訊きなれない単語を佐藤はおうむ返しにたずねる。
「独自の通貨さ。この時代金なんて他の集落じゃ使えないが、ここでは時々遠征で持ち帰られるたばこや嗜好品の購入に使えるよ」
「それなら僕も知ってますよ。月一とかの恩賞でもらえるらしいですね。売店でお菓子とかが買えるってききました。僕好きなんですよ、ポテチ」
「うん。あとは……ギャンブルとかね。ま、どうしても欲しいものがあるなら兵隊になって外から持ってくるのが手っ取り早いんだが、あれはあれで命がけだからねえ」
ギャンブル、のところで加山さんは苦笑いをしていた。数少ない娯楽ということなのだろう。ペイクと言っても普通の円札にハンコが押されただけのものだ。こういうものや行政の管理は企業連合のお偉いさんたちがやっている、と加山さんは教えてくれた。
「ああ、あとでなんか好きなもんでも買うといい、ふたりとも」
加山さんは財布から千円を二枚取り出し、佐藤と僕にくれた。
いいんですか、と困惑気味にたずねると、
「ああ。こういうのも仕事のうちだからね。治安維持の……入社祝いみたいなもので、慣例になってるんだ。それに外は大変だったろう、佐藤さん」
「……ありがたい。管理が行き届いてる、いい集落ですね、ここは」
礼を述べる佐藤の口元に微笑はなかったものの、目には謝意がこもっていた。
見学の途中、子どもたちが公園でボール遊びしているのを見かける。
「ここはさっき言った平民が住む二番地。西のほうにある三番地はまだ開発中で、一番地の北のほうの居住区は、企業連合の人たちの住宅となってる」
と加山。
「建設、運送、工業でしたっけ」
と自分が聞くと、
「うん。あの時期の混乱のなかで、その三つのグループが連携したことでこの要塞ができたというわけだね」
その声にはなにか苦しいものを噛み抑えるような感情が垣間見えた。加山さんはすぐに話題を切り替える。
「我々が住むのは二番地の津井原で最も大きい居住区だ。ここに来る途中二重のフェンスで区切られていただろう。向こうが一番地」
たしかに金網のフェンスが、まるで軍事基地のように張り巡らされていた。要塞のうちまでバグが侵入してきた時でも時間を稼げるようにということなのだろうか。
「ようは二番地が平民の街か」
佐藤の言葉に「まあそうなるのかな」と加山さんはたじろぐ。
加山さんの話だと食料として魚や鹿、牛、豚などの家畜を養殖しているそうだ。今それを見学することはなく、先に長屋と呼ばれる寮へと足を運んだ。
すれ違う人々の服は自分自身もそうだが、よれてはいるものの洗濯されているからそう汚れてはいない。一方、佐藤の服は泥がついていたり所々やぶれている。それが外のことを思い起こさせ、この要塞のなかがどれだけ恵まれているかを痛感する。
なかには犬や猫もいた。道行く人がそれを時折かわいがったりしている。まるでこの壁のなかは小さな村のようだと思う。
寮は団地のようになっているところもあれば、小さなアパートのようなところもあった。しかしそんなにたくさんあるわけではない。
「今、津井原にいる人は800人程度らしいですよ」
と加山さんの言う通り、そもそもそう何個も高層マンションみたいなのが必要なわけではないのである。
人口が多い地域の公立小学校と中学校の生徒数を合わせた数くらいだろう。それしかいないととらえるべきか、そんなにもいるととらえるべきか。
「ぶ厚い関門の壁が、三枚はあった」
佐藤が壁の方を見てつぶやく。
「こうしておしゃべりもできるし、このなかは安全だと思います」と僕も肯定しておいた。
突然、加山さんが静かになり肩をぶるりと震わせた。
「そうさ。ここにバグが入ってこられるわけがない。一匹たりとも」
加山さんはだんだん顔色まで悪くなりはじめ、うつむいてしまう。
うっとうめき声をあげ、彼は胸を抑えた。「大丈夫ですか」と声をかける。
「心臓病があってね」
「なんだ、恋の病でもわずらってるのかと。無理しないほうがいいですよ、そういうことなら」僕は心配して言う。
「正直、じっとしていたくないんだよ。……大丈夫」
大量の汗を浮かべながら加山さんは言った。
「あそこで休みましょう」
腰かけるのによさそうな花壇の塀があったので、そこを指さして僕は言った。
「バグだ」
突然加山さんがつぶやいたあと、またバグだ、と今度はより声を大きくして彼は叫んだ。
けれどそこにあるのはしなびた花と枯れた土だけだ。佐藤のほうを見てみても、こちらと同じ反応でいる。
団地の近くにいた人たちが気づいて、こちらに注目しだした。
加山さんはうずくまり、やがて倒れる。肩を持ち顔を見ると目を剥いたまま硬直している。
やがてだれかが呼んでくれたのか、兵士たちが担架を持ってあらわれ、車で加山さんを乗せ運んでいった。
一応隊員に状況は話し加山さんは病院へ行くとのことだったが、これからのどうすべきかは僕にはなにもわからない。
手持ちぶさたになってしまったのでとりあえず、佐藤と共に共同のシャワー室に行くことにした。
二日に一度、お湯が出る。午前中は掘削作業だったためありがたかった。それに佐藤も外にいたから、そうしたいだろうと思ったのだ。
まだ利用者数はまばらで、あたたかい水を浴びてなんとも言えぬ清々しい気持ちになれた。
とはいえ加山さんのことは気にかかる。そもそもあの人が佐藤の担当だったのだから、できれば指示をもらいたい。
「えっと、あとで加山さんの様子を見に行こうと思うんだけど、どうだろう」
「そうだな。歓迎してもらったことだし」
佐藤は寡黙なので意外な返答だった。隣のシャワールームから佐藤が出て来て、灰色のボロいタオルで頭を拭く。表情は冷めていたがやはりシャワーで心地よくなったようだ。髭が剃られていた。
いくつか佐藤に聞きたいこともあったが、まず確認しなければならないのは加山さんのことだった。
加山さんはあのとき錯乱していた。なんだったのだろう、と病棟に向かう道でたずねてみた。
返事はなかった。気分がよくなったと思っていたが、そうではなかったのだろうか。
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