2-3.王子に寄せられる想い
エルギスが作業を終え、ギディオンと共に帰ってから、グロリアは夜の餌やりに出かけるベルベットについていった。
「ねえ、姉さんってば聞いてます!?」
「聞いてる聞いてる」
馬たちの水を入れ替えるベルベットの肩を叩くも、叩かれた側は適当に相づちを打つだけだ。騒々しい姉妹にセロは大人しいが、ジンクスが柵を噛みながら目を剥いている。
「私、王子殿下や二人とは接触しないでって何度もお願いしましたよね!」
「それはもちろん覚えてるけど……」
グロリアが秘密を明かしてからのお願いだった。
――できることなら、ベルベットには『攻略対象』達には近づかないでほしい。
そう言ってきた妹の言葉は、単なるわがままではない。
自身が「乙女ゲームの悪役令嬢」であり、これまでは様々な努力の末に「シナリオ」を変えてきたと実姉であるベルベットに明かしたグロリア。しかしベルベットは本来十二年前に死んでいたはずの人物。登場人物である王子を庇った結果、再び同じ死に方をするかもしれない寸前だった。
グロリアは「シナリオ」が再びベルベットを殺すかもしれないと思い、このために接触を禁じようとしているのだ。ベルベットも彼女の頼みであれば叶えてやりたいと思うのだが……そう簡単に行く話ではない。
「ひとりは上官だし、ひとりは主治医じみてるし、ひとりは王子殿下だし……どう考えても無理でしょ」
ギディオン、エルギス、エドヴァルド。いずれも物語主人公の相手として遜色ない相手達。いずれも近衛隊入りしてしまったベルベットには切っても切り離せない存在だ。
「勤めてる以上はさぁ、わたしも周囲とはうまくやって行きたいし? グロリアも険悪になってほしいわけじゃないでしょ」
「え、いっそ悪くなって欲しいって思ってるけど?」
「おっとぉ……?」
以前から
「ギディオン様とは日に日に親しくなって行くし」
「上官だからそりゃあ顔を合わせるし、仕方なくない……?」
好きこのんで喧嘩をうるつもりもない。
しかしグロリアは不服なようで、ぐいぐいと体重を預けてくる。
「だってだって、しょっちゅうエルギス様と会ってるし」
「腕なくなったら困るし」
ベルベットの片腕は本当はなくなっている。彼女と術式が合わないのか、しょっちゅう不具合を起こす関係で会う頻度も増えた。
これまた姉の回答が不服な妹は不満そうだ。
「なんか会うたびにエドヴァルド殿下は姉さんを気にかけてるし」
「あの人が面倒なのは認める。いくら食事を断っても話しかけてくるから、なんならグロリアからどうにかしてほしい」
「言って聞く人じゃないんだもの!」
「なおさら私でどうにかできるわけないじゃん」
グロリアは特に第一王子のエドヴァルドを敵視している。
先も述べた通り、最近エドヴァルドは用もないのにギディオンの元へ足を運ぶ。ベルベットもよく声をかけられるから、冷たいようだが致し方なく対応しているのが実態だ。
その姉の実状に、グロリアは不信感たっぷりに声をかける。
「姉さんは断ってるっていうけど、実際殿下のこと、どー思ってるんですか」
「どうもなにも、別に嫌っちゃいないけど、命を助けた恩は新しい腕って形で融通してもらったし、さっさと熱を冷まして結婚してほしい」
「…………脈はない感じ?」
ぼそりと言われ、ベルベットは呆れてしまった。
彼女自身、エドヴァルドが己を気にかける理由は気付いているが、それはそれ、これはこれだ。まず自身の所感として、彼女が第一王子を“そういう目”で見ることはあり得ない。そもそも彼と彼女は下地が違うのだ、と心底不思議そうに首を傾げたのだ。
「なんで平民と王族で恋愛関係になれると思うのか、私が聞きたい」
彼女の嘘偽りのない本音は、色恋を一切含んでないものだと気付いたらしい。ベルベットの方が脈なしだと気付き、グロリアはようやく気を取り直した。
「……それが普通の感覚なのかしらね」
「なに、それ?」
「なんでもなーい」
二人のやりとりの間にも、ジンクスが我も我もと青草には目もくれずシャツを噛んでくる。昼間構わなかったから拗ねているのか、存分に鼻を掴んでもみ上げると、ぶにっとした感触が癖になりそうだ。
「お前のご飯より遊んでくれって気質、セロと半分くらいにならないかなあ」
セロは戯れより食事優先だ。餌の時間が遅れても、ご飯の邪魔をしても怒る。二頭足して割ってちょうどよさそうなのが玉に瑕だった。
「ねえさーん。馬じゃなくて妹にも気を使ってくださぁい」
「はいはい。それじゃ家に戻ろうか」
新築同然になったハーナット家は、当然家族全員分の個室がある。ベルベットやグロリアの部屋も然りだ。
部屋割りを決めたとき、即座に二階を希望した弟妹らを優先し、ベルベットの部屋は一階だ。もとよりその方が防犯上的にもありがたい。ただ、ラウラだけは片足が不自由な関係で一階なのだけれど。
グロリアは使用人であるリリアナのためにも部屋を用意したし、つまりこの家は相当広い。物置にもできそうな部屋がまだ余っているし、余裕でもあれば、いずれ本棚でも作ってやろうかと考えているところだ。
家の中は湯が出るようになった水場に盛り上がっている。ベルベットはグロリアを連れて部屋に入った。
真新しいベッド、机、衣装棚と『自分だけの部屋』というのは不思議な気分なのだけれど、グロリアの感想は少しつまらなさそうだ。
「ねえさん、お部屋が寂しすぎるわ。もうちょっと服とか揃えても良いのに」
「できたばっかりだから何おいていいかわからないんだよねー」
「嘘ばっかり。あの子達のものばっかり優先して、自分は後回しなんだから」
「嘘じゃないってば」
元々持っていた物を置いてみたのはよかったけれど、私物が少なすぎたせいか殺風景になってしまっただけ。本当に何を置いたら良いのかはわからないのだ。
飾りを考えようにも毎日務めにでているし、休みは家族とのコミュニケーションを取り戻すために殆どの時間を使う。欲しいもの、といわれてもピンと来ないから、まあ欲しいものができたら揃える……このくらいの感覚だ。
机の籠には林檎が三つ。デザート代わりに噛みながら天井を見上げた。
「あー……グロリアさ、ちょっと例のシナリオについて聞いておきたいんだけど」
「いいわ。なにが気になってるの」
グロリアはベルベットのベッドに腰を掛ける。シナリオ、の時点で早々に察してくれたので、ベルベットは今日会った侯爵とのやりとりを思い出しながら問うた。
「グロリアって、もしかして侯爵夫人との関係も変えたりしたの?」
「お義母さまのことが気になってるの?」
「まあね。前……"主人公"グロリアちゃんについて教えてくれたでしょ。それを聞いて……彼女の性格的に、馴染めてたのかなあとか気になったから」
適当にはぐらかしたが、嘘だ。
実際は侯爵から夫人もグロリアをたいそう可愛がっていると聞き、もしやと思ったのだが、答えは是だ。
「そうね、元のグロリアは……たぶん、義理の母である彼女とは、あまり仲良くなかったとは思う」
「思う、なの?」
「そこはモノローグでしか語られてないから、実際見たわけじゃないの。でも、私が引き取られたときに、夫人が私を良く思ってなかったのは本当だし、間違ってはなさそう」
「で、貴女はそこも変えたわけだ」
「もちろんよ。私の出自を考えれば、お義母さまの気持ちもわかるし、私も居心地の悪い家は嫌だったから、すごーく頑張って……いまじゃ本当の親子よりも親子っぽいわ」
「なるほどねぇ……」
侯爵夫人は、例の事件頃は別荘にいたため、グロリアが養子縁組を切りたがっていたことをまだ知らない。最近のお泊まりはどう誤魔化しているのか気になるところだが、ベルベットは、やはり密かに侯爵と接触を図っていて正解だった。大事な愛娘が再びハーナット家に去るとなれば、きっとベルベットとの確執は避けられなかっただろうから。
「もちょっと踏み込んだこと聞いてもいい?」
「姉さんに隠すことなんて、もう滅多にないわよ」
「貴女、いまスティーグ王子とはどうなってる?」
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