第9話 客寄せパンダも楽じゃない

 問題が起こったのは、準備を終え王城へ向かった日のこと。ベルベットが真っ先にむかったのは騎士院の執務本部。ここには各隊から寄せられる事務の総括で、大勢の文官が詰めている。

 ここで受け取ったのは申請しておいた新しい制服だ。

 ギディオンにもらった金で諸手続を済ませ、もらった制服は裏地の入り方や縫い目の仕上がりまで丁寧だった。実務品にここまで気合いを入れるのは、エリートと名高い近衛だからなのか。

 改めてとんでもない職場だ。小部屋を借りて着替えると部屋を後にしようとしたら、いきなり呼び止められた。


「違う違う、アナタはそうじゃない」


 見知らぬ人に謎の発言と共に引っ張り込まれ、ギディオンのもとへ姿を現すと、彼はベルベットを綺麗に二度見した。


「……それはどういうことだ?」

「私も同じことを聞きたいです。これは貴方の差し金で?」


 ギディオンの前へ現れたのは男装の麗人だ。

 制服に性別による違いはないが、着る人間によって差が出るのは当然だ。さらに髪を丁寧に梳られ、髪留め、ベルト、耳飾りと添えられると、隠しておらずとも自然と男装らしくなる。

 堅苦しいようで存外着心地は悪くないけれど、意味がわからない。説明を求めギディオン上官のもとへ出頭したのにその返事だ。

 真相を問い質そうとすれば相手も困惑。

 傍にいたコルラードも同様だったが、事情を知っていそうな者がひとりだけいた。

 副隊長のセノフォンテだ。コルラードが実務の右腕だとしたら、この人は事務処理の左腕になる。


「素晴らしい!」

 

 二十代後半頃、眼鏡をかけた細身の副隊長はベルベットの姿に拍手を贈る。ギディオンの額に青筋を認めながら、おかまいなしにだ。


「おい待てセノ、まさかお前……」

「そのまさかです隊長! このわたくしが! 彼女の服装に注文を付けさせていただいた!!」


 テンションの高い人だ。コルラードがまたか、と言いたげに舌打ちしている。


「どういうつもりだ。部下はお前の玩具ではないとあれほど……」

「いいえっ!」

 

 怒りを見せるギディオンをよそに、セノフォンテは興奮冷めやらず遮る。きりりとした成人男性が目をかっ開いて迫る姿は異様で、ギディオンも圧に押される。

 むしろセノフォンテは人さし指で上官の鼻を押しながら捲し立てた。

 

「なん……」

「よろしいか隊長。これは玩具ではなく、貴方の威信がかかっているのです」

「なんだと?」

「それとも見映えと申せばよろしいか」


 話が長くなりそうだ。

 ベルベットはさりげなく姿勢を崩し、セノフォンテの言い分を聞けば、事の次第はこうだ。

 つまるところ、ギディオン率いる近衛隊には「映え」が足りない。

 サンラニアにはいくつも近衛隊が存在する。国王、王妃、王子とそれぞれ複数あって、第一王子エドヴァルドの最たる近衛隊がギディオンだ。


「隊長は武勇伝を含め、大変な実力をお持ちだ! 近衛隊以前においては聖ナシク教との戦において、華々しい活躍を遂げられ、エドヴァルド殿下の目の止まった」

「へーすごい」

「そうでしょうベルベット殿。しかしこの御方の顔をご覧なさい。顔だけ良くて、見る相手に悪印象しか与えない無愛想な態度」

「あー……」

「愛想は関係ない」


 ギディオンは断言するも、セノフォンテの意見は違う。

 

「戦時中ならともかく、いまは見映えが要求されるのですと何度も言っているでしょう。前線ならともかく、我らに市民受けは大事です」


 とはいうものの、とベルベットは考える。

 ギディオンは雰囲気が怖いだけで素は良く、コルラードも美しい少年ではないか。セノフォンテは彼女の考えを読みとったのか、突如振り返った。

 

「顔が良くとも頭筋肉思想が移って困っているのです。彼らの矯正はもはや不可能……となれば、わたくしが期待するのは新入りだ」

「はぁ。では貴方が頑張ってみては」

「やっています。しかしわたくし一人では足りない。御婦人方の人気を獲得するにはもう少し必要です」


 頭の先からつま先まで身なりが整っているのはそういうわけらしい。

 セノフォンテは拳を握り力説する。


「任務を受理する度に、愛想が悪いだ後始末が雑だ文句をいわれる身になってもらいたい。貴方がたが少し笑う程度で避けられる苦情がある」

「待てセノフォンテ。貴様それが本音ではあるまいな」

「事実と言ってもらいたいなコルラード殿」

 

 とにかく、セノフォンテの苦情除けとして白羽の矢が立ったのがベルベットだったわけだ。

 

「ベルベット殿。貴女は飾れば見映えする人です」

「はい、どうも」

「ですので是非とも隊長の隣に立ち、その見目で周囲の視線を掠っていただきたい」

「私は非常勤扱いなのですが」

「存じています。貴女は我々と違い、隊長の個人的要件を果たすための手足とお伺いしている」

「それなら……」

「が、そんなもの、傍目には区別できません」


 ベルベットはあくまでもギディオンに雇われた人間で、広い範囲での軍属なだけ。大体、本当の近衛入りだと兵舎入りを迫られるし、それはベルベットの家庭環境的にもできない。

 制服を揃えたのも出入りに必要と言われたからに過ぎなかった。ギディオンが彼女を監督しやすくしたがったためだが、セノフォンテには関係ない。

 

「礼儀作法なんかまったくできません」

「構いません。近衛などいざという時以外は添え物なのだから、隊長に任せ突っ立ってりゃ良いのです。万が一、貴族の子女に話しかけられたらそっと微笑む、それだけで良い。顔の良い者はそれが許される」


 ベルベットは王城仕えなどしたことがないが、セノフォンテの言うことが間違っているのだけはわかる。

 ただ、これは相手が引き下がる様子がない。

 特別困ることもなさそうだし、彼は重要な場所にベルベットを同行させはしないと言う。

 最後には折れて頷いた。


「ま、皆のために愛想良くしていろという話でしょう」

「その通り!」


 再び拍手。ベルベットは諦めた様子で視線を持ち上げる。


「私はできても走り回るくらいで、皆様のように剣を扱えるわけじゃありませんから、そのくらいでよければ引き受けます」

「お……」

「素晴らしい! 期待していますよ、ベルベット・ハーナット殿!」


 握手を求めるセノフォンテにギディオンは遮られ、こうして彼女の役割が決まってしまった。

 セノフォンテは仕事のために退出し、コルラードにはギディオン直々に任務が託されるも、少年は不安そうだった。


「エドヴァルド殿下の護衛に隊長がいないというのは……」

「教会への往復ならばお前主導でこなせると俺は思っているのだが、自信がないか?」

「……いえ!」

 

 ギディオンに頼られているとわかった途端、表情を引き締め意気揚々と出ていくのだから、なかなか現金だ。それとも余程頼られるのが嬉しいのか。

 残されたベルベットが指示を請うと、共に外回りを命じられる。


「セノはああ言ったが、お前を衆目に晒すかは俺が決める。相応の振る舞いができなければ意味がないからな」

「私はエドヴァルド殿下の護衛につかなくて良いので?」

「新任を殿下の御前に出すほど愚かではない。それに俺が雇っているのだから、こちらの望む仕事もしてもらう」


 ではどこに行くというのだろう。

 外套の紐を留めるギディオンはベルベットにも外套を羽織り、フードを目深に被るよう伝えた。


「なにも殿下の後をついて行くばかりが俺達の仕事ではない……行くぞ、平民出なら、平民なりの視点で意見を寄越せ」


 早くもこき使われる予感を胸に、二人が繰り出したのは街だ。

 馬も使わず、街へ繰り出すギディオンの足は速い。やや足早になりながら背中を追うと、彼が向かうのは上流階級の人々が多く住まうパーヴァ区だ。一つ一つの家は大きく、門構えも立派。緑や公園が点在している。道もすべて石畳で舗装されている場所だが、人の姿がまばらなのは、この道を使う利用者のほとんどが馬車を使うためだ。

 そんな中を歩きながら、ギディオンは周りや建物に注意して見ておくよう、ベルベットに申し伝えた。


「どこに向かってるんです?」

「学園だ」


 パーヴァ区を抜けると、とある門に差し掛かる。

 門の通過は、ギディオンが顔を晒すだけで一発だった。街を抜ければ見晴らしの良い緑が広がっており、ゆるやかな坂になっている。手入れされた街路を囲むように広大な緑が広がっていた。

 これが学園に続く道だ。

 周囲は畑にすらなっていない、まさに見て観賞するためだけの遊ばせている土地。この風景を経た先にサンラニアの学園と、学園に備わる町が併設されている。

 建物のない吹き抜けた場所だから、風が吹けば当たりが強い。ベルベットはフードを押さえながら背中に向かって問いかけた。

 

「いい加減、なにをやっているか教えていただけませんか。周りを観察するにも、目的がわからないと何もできません」

「今度エドヴァルド殿下が学園へ視察に行かれる。この一本道はどうしようもないが、俺達は経路を考え、道中に危険がないかを見る必要がある」

「そ、それこそコルラード殿に任せるべき案件なのでは!?」

「俺が直に確認せねば意味がない」


 グロリアが「気難しい」といった意味がわかった気がした。確かに、ある意味このギディオンという男は面倒くさそうだ。

 

「く、くそ真面目……」

「何か言ったか!」

 

 学園は馬車での通学を前提としているから、歩くだけでも一苦労だ。

 ベルベットは歩くのは苦ではないが、新しい靴は固く、不慣れなのもあって顔を顰めがちになってしまう。

 本当に学園まで歩くつもりか――思いとどまらせようとしたところで、ギディオンと揃って、木陰に隠れていたあるものに気付いた。


「あの女の子、なんか困ってません?」


 学園の制服に身を包む、可愛らしい学生だ。

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