成人の儀⑨

 やってしまった。

 ダメージを食らわないように細心の注意を払っていたはずなのに!

 

 私の血液には毒が含まれている。

 触れた個所を少し溶かす程度の弱い毒だが、これが思いのほか痛いらしい。

 なぜこんな毒が私の血中に含まれているのか。

 それは単純に私が人間の生まれではないからだ。

 私の生まれは基本的に人間からは忌避されている。

 このことを知っているのは村では義理の両親だけ。

 2人は初めて会った時にすぐに私の正体に気が付いた。

 それでも2人は私を傍においてくれた。

 私はそんな2人の優しさに触れ、心地いいと思ってしまった。

 本当はそばになんていちゃいけないのに。

 最悪だ。ジークにも見られてしまった。

 きっともうあの村にはいられないだろう。

 でも丁度いいかもしれない。

 成人の儀を終えれば村を出れる。

 今日の夜にでも出ていこう。

 私が事態の深刻さに頭を悩ませていると、冒険者の男が話しかけてきた。


「なあ嬢ちゃん。さっきの少し見ていたんが…」

「もしかして嬢ちゃんはバジリスク、なんじゃないか?」

 男に尋ねられ、私は言葉を失った。

 否定したくてもできない。見られてしまったのだから。

 きっとこの眼帯の本当の理由にも気が付いているのだろう。

 なら、私のやることはひとつだけだ。


「そうですよ。私はバジリスクです。といっても出来損ないですけどね。」

「ってことはウィークリングってことか?」

「そうなりますね。」

「バジリスクってなんだ?」


 ジークがそう言って不思議そうに尋ねてきた。


「私みたいな化け物のことだよ。」

 私の言葉を聞いたジークは心底悲しそうな表情を浮かべた。


「ジークも見てたでしょ?この仮面の男が私の血に触れて悶絶するところを。」

「私の血が、こいつの皮膚を溶かしたところを。」

「バジリスクはね、蛮族なんだよ。つまり、人類の敵ってわけだ。」


 私が自分を卑下する発言をするたびにジークの顔がどんどんと辛そうになっていく。

 やめて、そんな顔を私に向けないでよ。

 私はあなたの敵なのだから、ちゃんと敵意を向けてよ。

 すぐそこにいる3人みたいにさ!


「ジークは冒険者になるんでしょ?だったら今ここで私を倒さなきゃ。」

 もういいよ、こいつになら、今ここで殺されたって。


「…ねぇよ。…」

「え?」

「できるわけないだろが!」

「友達にそんなことできるわけねえだろ!」

「友達?笑わせるね。私はそんなこと一度も思ったことないよ。」

「っ!…」

「あんたは私にとってただの駒。利用できそうだから一緒にいただけだから。」

「嘘だ!」

「嘘じゃないよ。」

 本当だ。私はジークを利用しようと考えていた。

「お前とは5年も一緒にいたんだぞ!何がうそかどうかなんて簡単にわかんだよ!」

「利用できそうってのは本当だったとしても、お前が俺を友達じゃないなんて思ってるわけねえ!」

「あ、あんたに何がわかるの?たった5年で私のことを分かった気にならないでよ!」


 すると、ジークは覚悟を決めたような表情を浮かべ徐々にこちらに近づいてきた。

 私は焦って後ずさりする。


「こ、こないで!」

「うるせえ!もうお前が俺をどう思ってたって関係ねえよ!」

「俺が勝手にお前を友達だと思うことにする!」


 なんなんだよ、こいつ!

 馬鹿だよ!

 するとジークは私に近寄り、あろうことか私の怪我した部位を手当てした。

 そんなことをすればもちろん私の血がジークの手に触れる。

 案の定ジークの手は焼けただれ始めた。


「やめてよ!触らないで!」

「やめねえよ!」

「それに、こんなもん屁でもねえよ!」


 得意げに表情を隠しているが、額から流れ落ちる汗からジークが無理しているのは明白だった。

 手当てが終わると、ジークは懐からポーションを一気に飲み干す。

 すると焼けただれた手は次第にもとに戻っていった。


「ほらな?言ったろ?大したことねえんだよ。」

「馬鹿だよ、あんた。」


 そして、ジークは私に背を向けて3人の冒険者たちに向き直った。


「悪いな、俺はこいつの味方だ。」

「エレノアを倒すってんならまずは俺が相手だ!」

 ジークはそう言って不敵な笑みを冒険者たちに向ける。


「ぷっ、わっはっはっは!」


 急に男の冒険者が笑い出した。

 なんで急に笑い出したんだこいつ?


「いや、すまん。ついな。」

「坊主、いやジーク。お前さんに一つ聞く。」

「なんだよ。」

「もしその嬢ちゃんが、とんでもないことをしでかしたとき、それこそ人類を裏切った時、お前さんはその嬢ちゃんを殺せるか?」


 男は真剣にジークに尋ねた。


「殺さねえよ。そうなる前に止める。それが友達ってもんだろ。」

「ふっ、そうか。なら俺も信じよう。お前さんが信じたエレノアの嬢ちゃんをな。」

「マークのおっさん…」

「オリヴィアにレベッカも、それでいいな?」

「ええ。」

「はい。マークさんの判断を信じます。」

「と、いうわけだ。エレノアのお嬢ちゃん。俺たちはお前さんの出生は気にしないことにする。」

「ほんと、お人よしばっかだね。」

「まあな。だが、ジークの信用は絶対に裏切るな。もし裏切ったら、わかるな?」

「うん。肝に銘じておくよ。」

「よし!じゃあこいつらを縛り上げたら、辺りの探索でも始めよう。」


 男、マーク=フレイザーの指示に従い仮面の男たちを縛り上げ、周囲の探索を始めることになった。

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