第14話 オギャるワイバーンの涙
翌朝。戦闘ができる状態ではないゼフィーを残し、私達はオギャるワイバーンの巣へと向かった。滞在している村近隣の山へ。
「こ、こんな場所にモンスターの巣があるなんて……」
「う〜ガーラもこんな山の中初めて来たよぉ〜」
息を切らせながら、ニアとガーラが山道を歩く。
あまり知られていないが、オギャるワイバーンは人里に近い場所にひっそりと巣を作る。
自分から村を襲うことはなく、縄張りを犯した者のみを襲う。遭遇すること自体が珍しい為、その存在が人に知られることは少ない。
「アレックス? わ、
抱き抱えていたユリス姫は、顔を真っ赤にしながら私の腕の中で暴れた。
「いけません。姫に怪我などさせては騎士の名折れ。ロリス王にも顔向けできません」
「幼女騎士に甘やかされるとは……
「今何かおっしゃいましたか?」
「いえ。あ、見てアレックス。空の上に……」
ユリス姫が空を指す。そこには上空を飛ぶ小型飛竜が1体。三角形の頭に緋色の体、そして瞳孔の細い凶悪な眼を持つ飛竜が。
それが、ゆっくりと空を舞っていた。
「おぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」
響き渡る飛竜の声。一瞬にしてのどかな山は戦慄に包まれた。
「これがオギャるワイバーンの声……っ!?」
「何だか赤ちゃんの声みたい〜」
対照的な反応をするニアとガーラ。ニアは、のほほんとするガーラに注意すると、背中に装備されていた弓に矢をつがえた。
「アレックス。指示を頂戴」
「ああ。全員小瓶は持っているな?」
コクリと頷くニア達。
姫を降ろし、鞘から剣を引き抜く。
「姫は隠れていて下さい。決してオギャるワイバーンの前に出てはいけませんよ」
「はい……頑張ってくださいね」
姫が、林へと隠れたのを確認してから、オギャるワイバーンへと向き直る。
「ニア。まずはこちらへ注意を引け。ガーラはヤツの後方へ回り込み攻撃。涙を流したらその小瓶に入れろ」
「……了解」
「分かったよお姉ちゃん!」
ガーラが茂みに隠れながらワイバーンの後方へと移動して行く。その様子を見ながらニアが弓を構え、上空を飛び回るオギャるワイバーンを狙う。
「まだ……まだだ……」
ニアが、移動していくガーラとワイバーンを交互に見ながら弓を引く。
ギリギリと弓を引く音。オギャるワイバーンの声。
緊張感がピークに達した頃、ニアが矢を放った。
「今だ!」
シュッ!!
タンッ!!
「おぎゃあ!?」
もがきながら落下するオギャるワイバーン。ヤツは私たちの存在に気づくと真っ直ぐこちらへと向かって来る。
「よし! こちらに狙いを定めた! 後は私とガーラで!」
「うん。ボクもフォローする」
ニアに頷きかけ、オギャるワイバーンへと走り出す。
「いくぞおおオオオオオオオッ!!」
「おぎゃあああああああああ!!!」
ワイバーンの噛みつき攻撃を交わしヤツの体へと飛び移る。
ズシャッ!! ズズズズッ!!
その翼の付け根に剣に突き刺し、そのまま尾から滑り降りた。
「おぎゃあ゛!?」
苦しみの声をあげながらワイバーンが連続で噛みつき攻撃を放つ。
「おぎゃッ! おぎゃッ!! おぎゃあ!!」
「攻撃を与えてもまだ涙は流さないか……」
キンッ!! キンッ! キィンンッ!!
剣でヤツの牙を弾きながら視線を送る。オギャるワイバーンの後方からフルヘルムの幼女が見えた。
「ガーラ!! 頼む!」
「いくよ〜!!」
彼女が飛び上がり、両手に剣を構える。そのまま、すれ違いざまにオギャるワイバーンの脚を斬りつける。
シュインシュインッ!
「おぎゃっおぎゃっ!?」
空中へ飛び上がろうとしたオギャるワイバーンが翼を開く。
シュタンッ!!
「おぎゃぎゃっ!!?」
しかし、ニアが放った弓の一撃によってワイバーンは地面へと落下してしまう。
「おぎゃああああああああああ!!!」
赤ん坊のような鳴き声を上げながら、オギャるワイバーンがめちゃくちゃに暴れ回る。その威力は凄まじく、周囲の木々を次々と薙ぎ倒していく。
「離れろ!! 巻き込まれるぞ!!」
「ひゃあ〜!」
走り回るガーラ。彼女の頭上に吹き飛ばされた木が落下して行く。
「……危ない!」
ニアが、ガーラの元へ飛び込む。そしてガーラを担ぐと、後ろに大きく飛び退いた。
ズゥゥゥンン……っ!!
倒れ伏す木々。その中央で暴れ回るオギャるワイバーン。その姿はまるで鬼神。ここまで激昂したオギャるワイバーンは見たことが無い。
「だが、まだ涙を流さないか……」
もう一度攻撃するか? いや、しかしこのまま続ければオギャるワイバーンが死んでしまう。
どうする……?
考えながら視線を彷徨わせると、オギャるワイバーンの目の前に人影が見えた。
「あれは……ユリス姫!?」
ユリス姫がワイバーンへと駆け寄って行く。
「姫〜!! 危ないよぉ〜!!」
「……すぐ助けに行かないとっ!!」
「おやめなさい!!」
ピシャリと言い放つユリス姫。その迫力に私達全員の体が固まる。
「おぎゃあああああ!! おぎゃあああああ!!」
暴れ回るオギャるワイバーンへと姫がゆっくりと近付いていく。
「姫!? 危険です! 今すぐ離れて下さい!!」
「アレックス? 貴方にはこの子の本当の声が聞こえないのですか?」
「本当の声?」
「戦闘が始まってから私はずっとこの子を見ておりました。この瞳は悲しみを……孤独を抱いています。だからこそ、もうこのような仕打ちはやめるのです」
「……でも姫……このままだとゼフィーが……」
「ニア。ゼフィーを元に戻す方法は
「……おぎゃ?」
鳴き声を止めるオギャるワイバーン。その瞳は、ユリス姫の真意を確かめているようだった。
「ごめんなさいオギャるさん。誰にも迷惑をかけずひっそりと暮らす貴方は、本当はとても心優しいのですよね?」
「……お、ぎゃ……」
「
ユリス姫がオギャるワイバーンの頭部にそっと額を付ける。
「おぎゃあ……」
「可哀想に。こんなに傷付いて……」
ユリス姫がオギャるワイバーンの傷を撫でる。慈しむように。愛するように。
「おぎゃああぁぁぁ……」
その瞬間。
オギャるワイバーンの瞳からポロポロと涙が
「おぎゃあああああん……おぎゃ、おぎゃああ……」
「オギャるワイバーンが……」
「……泣いてる」
「なんだかかわいそ〜」
そうか。オギャるワイバーンは決して攻撃的な種では無いのか。私が今まで見たオギャるワイバーンは全て、縄張りに入った人間を襲っていた。それは、棲家を追われると彼らが恐れていたからか。私達、人を。
……。
孤独に生きるからこそ、母の愛を求めていたのか……。
「あ、そうです。オギャるさん。涙を少し分けて下さいね」
「おぎゃ」
姫が懐から小瓶を取り出し、ワイバーンの眼に当てがう。ポタリポタリと落ちる涙は瓶の中へと収まり、キラキラと太陽の光を反射した。
「これで大丈夫ですよね? アレックス」
「あ、ああ……大丈夫です」
オギャるワイバーンがユリス姫に頬をスリスリと擦り付けた。
「ふふっくすぐったいです」
姫がくすぐったそうに笑う。
「これは……姫にしてやられたな」
「流石ママだね〜」
「……ガーラ。姫は
「いいじゃないか。私には、今のユリス姫はママに見えるぞ。オギャるワイバーンのな」
「アレックス……うん。そうだね。やっぱり、僕もそう思う」
「ユリス姫がママか〜いいな〜」
戦う以外の解決方法……か。
その日私は……何か大切な物を学んだ気がした。
―――――――――――
あとがき。
姫のおかげで無事涙も採取できたアレックス達。それに、アレックスは何か大切なことを学んだのかもしれませんね。
もし少しでも先が読みたい。続きが気になると思われましたらぜひ⭐︎⭐︎⭐︎を押して頂けれると嬉しいです!よろしくお願いします!
モンスター図鑑
抑圧飛竜オギャるワイバーン
戦闘能力が高い非常に強力な飛竜種。生涯を孤独に過ごし、ひたすら狩りに明け暮れる。バブみスライムの洗脳を解く為にはオギャるワイバーンの涙が必要。
オギャるワイバーンは幼少期から親に捨てられて育つ。その為母の愛を欲しているが、己の欲求に気付いていない。
一説によるとこの愛の渇望こそがオギャるワイバーンの力の源と言われている。
泣き声は「おぎゃあ!」
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