第4話 オサナイ村を救え
ガラガラと聞こえる車輪の音。私達は馬車でオサナイ村へと向かっていた。
キーデ王国より東部へと進んだ先にあるオサナイ村。ここでは数日前より異変が起きていた。定期的に魔物による襲撃があるのだ。その頻度は不明。襲われた者は……。
「幼女にされる……ということか」
王より渡された書面を懐にしまう。ニアが弓を握り締める。
「このままだとボクの村と同じ事になってしまう……なんとかしないと……」
「ニアの村を襲ったのと同一種の可能性はあるか?」
「……うん。村を襲った奴らはキィーカーと名乗っていた」
「キィーカーか。空を飛ぶのがやっかいな相手だな」
「知ってるの?」
「何度か戦ったことがある」
「流石アレックスだね……っ!?」
ニアが驚いたような顔をする。
キィーカーは基本的に人里を襲う。孤独に魔物狩りをしていた私が知らないと思うのも当然か。商業馬車が襲われた所を目撃しなければ、私も存在に気付くことすら無かっただろう。
「羽根が生えた人型の影。
「へっ。だが俺様達にその呪いは効かねぇ。だろ? アレックス」
奥で斧の手入れをしていたゼフィーが私の隣に腰を下ろす。
「だからこそ私達が行くんだ」
ゼフィーの目を真っ直ぐ見つめると……彼女の瞳に熱が込もる。
「騎士団長様の背中は俺様が守ってやるからなっ!」
「頼りにしているぞゼフィー」
「〜〜〜〜!?」
名前を呼ぶと、ゼフィーがその顔を赤くした。
トロンとした瞳に緩んだ顔。なんだ? 急にゼフィーの覇気が無くなったぞ。
「な、アレックス。俺様と同じ部屋で寝ないか? 夜は用心が必要だろ? 俺様が朝まで見張っててやるからよ! いてっ!?」
突然。ニアがゼフィーの頭を叩いた。
「アレックスに何しようとしてるの? それに今は任務中。私情は挟まないで」
「んだとぉ!? 私情を挟むからこそ仲間を守る気になるんだろうが!!」
「……この前まで敵意剥き出しだったくせに」
「うるせぇ! 俺様は過去の事は振り返らねぇんだよ!」
なぜ2人は言い争っているんだ? このままでは任務に支障が出てしまう。
何か……良い案は……騎士団長としてここはうまく取りまとめなければ……。
「俺は絶対一緒に寝る!!」
「……絶対ダメ」
ううん……。
「そうだ。なら3人部屋にすれば良いじゃないか」
「え!?」
「え……」
「それでは嫌だったか……?」
これしか思いつかない。これも否定されると他に手を思いつかないな……。
「あ、アレックスの困ったような顔……」
「可愛い……」
急に2人がニヤニヤと笑い出す。先ほどまでの空気から一変し、恐怖すら覚える。
「え、へへへへ……なら3人で寝ればいいじゃねぇか……なぁニア? お前もアレックスと寝れるなら文句ねぇだろ?」
「無い」
「即答かよ。ちなみにアレックス? 俺様は寝る時は裸で寝る派なんだ。お前もそうして欲しいな〜なんて……はは。無理だよな」
「ん? 都会の者は裸で寝るのか?」
「……おいニア。耳かせ」
急にゼフィーがニアを奥へと連れて行く。
(おい。見たかよ今の反応。アイツ相当世間知らずだぜ)
(アレックスは山籠りしてひたすらモンスター狩ってたみたいだから)
(だからよ……お前も協力してよ……こうして……こうすりゃ……)
(え……なんで……)
(うまくやればお前も……どうだ?)
(……やる)
何か話をしているが、全く聞き取れないな。
しばらくその様子を見ていると、ゼフィーとニアが戻ってくる。
ゼフィーはニヤニヤと笑みを浮かべ、ニアは俯いて顔を真っ赤にしている。なんだ? この2人は何を相談していたんだ?
「あ〜そうなんだよ! キーダ王国ではよぉ〜寝る時に
「む。そうなのかニア?」
「うん」
コクコクと頷くニア。口数が少ないものの、その瞳はキラキラと輝いている。
裸か。見られてもなんとも思わないが、寝る時、か……敵襲に見舞われた時は不便だな……。
「う〜ん」
「ダメか……?」
「ダメ……?」
目を潤ませてこちらを見つめる2人。
まぁ、仕方ない。郷に入れば郷に従えという奴か。
「分かった。それに合わせよう」
「いやったぁ〜〜!!!」
「やった!」
2人とも飛び跳ねて喜び出す。普段静かなニアまではしゃぐ姿に若干戸惑ってしまった。
◇◇◇
その後、無事に村へと到着した私達は、聞き込み調査をする前に宿屋へと向かった。まずは今夜の宿を確保しておきたいとゼフィーとニアが強く希望したからだ。
「じゃ。鍵はこちらになりやすぜ」
スキンヘッドの屈強な体格の宿屋の主人。彼が鍵を差し出してくる。
「でも良かったのですかい? 料金同じで個別部屋も用意できやすが」
もう一度確認しようと振り返ったが、2人は宿屋の外で何かを話している。このままでいいか。
「問題無い。3人で寝る約束になっているんだ」
「はは……仲の良いお嬢さん達ですなぁ」
「お嬢さん? 私はこう見えても中身は大人だ」
「え……もしかしてお客さん。ロリババァ?」
「そう呼ばれることもあるな」
「そうなんですかい。いや、羨ましい」
宿屋の主人が急に悲しそうな顔になる。
「羨ましい? なぜだ?」
「アタシの仲間たちはもう何人も幼女にされてましてねぇ。もうひどい有様でさぁ。何から何まで全部子供のよう。ひどいものに至っては家族のことすら忘れちまって……」
記憶まで退行した……か。それは辛いだろうな。
「だからお客さんみたいなロリババァは羨ましいなと。アタシもね、家族がいるんで、忘れたく無いんですよ……絶対……」
「そうか……」
主人へと近づきその二の腕を両手で触る。
「え、え? なんですかい?」
「発達した上腕。良い。すごく良い」
「な、何が……」
「瞳も見せてくれ」
受付台の上に登り、宿屋の主人の顔を両手で掴む。そして、その瞳を覗き込んだ。
「え、え、ちょっと? ち、近いんですが……」
「静かに。少し集中させてくれ」
次に、その胸筋をペタペタと触る。
「何を……?」
「いいから私に任せて」
素晴らしい。これは相当使い込まれた胸筋だ。剣を持たせればどんな技を放つのか。想像しただけで期待に胸が膨らむ。
幼女化された時……大人としての精神を残すには強い精神力が必要だ。瞳の奥に宿る強き意志……そしてこの肉体。このような筋肉の発達した体ならば、さぞ肉体を酷使しているのだろう。
「
「え、あ、え……薪割りや水汲みなんかを……」
「そうか。それで……これなら大丈夫だろう」
運もあるが、よほどの精神力があると見た。これならば、例えヨージョカの呪いを受けたとしても精神を保てるかもしれない。
しかし……これほどの筋力の持ち主ならさらに鍛えればより強い戦士へとなれるだろうな……。
主人の腹部から
「ちょっとぉ!? お嬢さん!?」
「ふふ。一度手合わせしてみたいものだ」
「て、手合わせ……ですかい?」
戸惑ったような表情をする宿屋の主人。私は彼の筋肉を確かめながらその瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ああ。私は強い者が
「鍛えるって……具体的に何を……?」
なぜそのように赤い顔をするんだ? クソッ。これもまた私にかけられた呪いの影響か。人が真面目な話をしている時に。
「そうだな。
腰回りの筋肉に両手を添える。これが薪割りを毎日来なした者の腰か。これから私も鍛錬に取り入れるかな。
「あ、アタシには妻も子供もいるんですよ……!!?」
主人がワナワナと震える。しまった。怯えさせてしまったのかもしれない。妻子がいれば死を恐れるのは当然だ。
だが、ここで引き下がるのはむしろ彼の為にならないのではないか?
そう、技の一つでも身に付けるだけで良いのだ。それだけでこの主人ならば、家族を守る盾となれるだろう。
私は、極力爽やかに見えるように笑みを浮かべた。この主人の不安を取り除くように。
「気にするな。私のことは練習台とでも思ってくれっ!」
「れ、練習台!? いやいやいや! そのように扱うなんてできません……っ!」
「そうか……下半身の強化をしたかっただけなのだ。
ここまで断られると、流石に
これは……涙?
そうか。このようなことで私は泣いてしまうのだな。戦いに明け暮れていてそんなことも分からなかった。いや、この体の影響なのかもしれないな。
「そ、そんな泣くほど……っ!? う、ううん……う〜ん……や」
宿屋の主人が何かを言おうとした時、そのスキンヘッドを、何者かが勢い良く叩く。
「痛いっ!?」
「アンタぁ!! 何やってんだい!?」
「い、いやアリサ! これはだな……」
「息子と同じくらいのお客様だろぉ!! 何手を出そうとしてんだ!」
「い、いや……! そんなつもりはああああ!!」
主人は女将と思わしき女性に奥へと連れて行かれてしまった。
……。
すごい。あのような精神の鍛錬も行なっているのか。これは私の出番は無かったな。
―――――――――――
あとがき。
次回、夜の闇に紛れ村を襲う者達の影が……?
モンスター図鑑
「キィーカー」
魔女が作り出した人型の黒い影。翼で空を飛び、その手から幼女化の呪いを放つ恐ろしい存在。魔女と同じく世界歴410年に現れ、数多の被害者を出している。
稀に彼らを統率する上位種が出現することがある。
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