『ルディはあったかいが好き』
十四歳になったルディは、来年から父の故郷であるリディアスの学校へ留学することになるために、その父であるリディアス国王アサカナの元へ挨拶に伺っていた。
ルディの祖父であるアサカナの治める国リディアスはとても大きい。それに、城下町も賑やかだ。たくさんの人いきれの中にある市場には、見たこともないような果物や海産物、野菜が並べてあるし、城に近づくに連れて厳かな雰囲気を纏い始める店は、まるでルディの住んでいる領主館のようにすら思えた。
それらは小さな都市国家で成り立つワインスレーとは全く違っていた。
そもそも、大昔。リディアスがまだ戦争で領土をどんどん拡大していた頃、危機を感じたワインスレー諸国がリディアスに対抗しようとまとまった結果なのだから、大きさが違うのは当たり前なのかもしれない。
『何かあれば協力しましょう』
『ともに歩みましょう』
『だけど、私達は別の国という立場は守りましょう』
簡単に言えば、そんな国のまとまりがワインスレーという塊である。しかし、少し大人になってきているルディは、その形態も今の実際とは違うということを知っている。
何かあれば協力はするかもしれないが、互いに牽制し合い、揺るぎないリディアスと繋がろうとする。
共に利益があれば、共に歩みましょうとはなるが、実際、自国を犠牲にしてまで共に歩むことはない。
結局のところ、私達は別の国という立場は守りましょうだけが継承されている。
「父さん、結局ワインスレーの国々ってずるいよね」
帰りの列車でルディは父であるアノールにそんなことを言った。まだ、ルディには表面的に、いいとこ取りだけしようとしているようにしか見えないのだ。そんなルディにアノールは穏やかに微笑む。
「そうだな。国なんてものはずるく生きていく方が生き残れるのかもしれないな」
「リディアスは、ずるくないと思う。正々堂々としてるよ? だって、ワインスレーなんて形だけ大きく見せてるだけじゃない?」
アノールはその言葉に今度は素直に笑った。
「そう言われれば、確かにずるさはないかなぁ」
しかし、アノールはリディアスに対しても決して好意的ではない。
「ずるくないって、正しいってことでしょ?」
「正しいかどうかは分からないけど、それを言うならディアトーラだってずるくないだろう?」
ルディは「うーん」と考えて答えを出す。
「ディアトーラはずるくないけど、弱いから、控えめに生きていくしか出来ないような気がする。ずるく生きようとしても、それすら力がない感じ」
それはルディが他国の貴人達と付き合う中で、感じてきた事柄だった。そして、それは進学に向けての漠然とした不安に繋がってくる。
「どうして、うちはそんなに……」
そこまで言って、「大丈夫、別に進学が嫌だとかそんなのじゃないから。避けものにされたからって、そんなので傷つくような年でもないし」と付け加え、続ける。それは、もっと幼い頃に『低級学校で避けものになったのは、父さんのせいだ』と言ったことのあるルディの気遣いでもあった。
「他の国と違ってさ、別に悪いこともしてないのに、どうしてみんなうちを嫌うのさ? やっぱり、魔女のせい?」
リディアスという大きな国で育って、こちらに来た父アノールならその答えを知っているような気がしたのだ。
「魔女様だって悪くないよ」
ルディはむすっとする。
「魔女のせいにはしているんだろうけれど、それも言い訳だな」
憤慨している、そんな雰囲気を漂わせる息子を見ながら、アノールは言葉を考えていた。あまり魔女をかばい立てするようになってもいけないが、だからと言って、その魔女を嫌うようになってもディアトーラでは住みにくくなる。アノールが思案しているその間にルディが言葉を続けた。
「魔女様よりも、他の国の方がもっとおかしなことしてるよ。わざと資源を渡さなかったり、無視するようにさ、何にも教えなかったり。それなのに、どうしてうちばっかり嫌われて、避けものにされるのさ……納得いかない」
その続けられた言葉に、アノールの言葉が決まる。
「嫌っているわけではないな、あれはきっと。避けものにしようとするのは、うちが上手くやってるからだ。そういう意味では、相手側からすれば、ずるいと思われているのかもしれない。だから、国としての実害は受けてないだろう?」
国としての実害……ルディにはあんまり詳しく分からなかった。しかし、ディアトーラが他国より追詰められている雰囲気は確かに感じ取れない。
「ごめんなさい、よく分かってないです。うちが追い込まれていないことだけは分かるけど……」
「分からなくて良いよ、まだ。ただ、お前が今感じているのは、個人へ対するものでしかない。でも、だから、各国同じ様な立場の者が集まるリディアスの学校で、それを学んでくれば良い。若い彼らは正体を隠さずに、お前と付き合ってくるだろうから、よく見ておくんだ。その上で付き合い方を学べば良いよ」
さらに言えば、もう少ししたら、リディアスの王家の血も持つお前を利用しようとする者たちが擦り寄ってくるようになるだろうな。
アノールはまだ無邪気に笑えるルディを見ながら、その言葉を呑み込み、別の言葉を掛けた。
「でも、お前がリディアスを嫌ってなくて、私としては嬉しいよ」
その言葉はアノールの本心だった。恐れを盾として使っているリディアスに、反旗を翻そうとする者は多い。その上で、ルディは反旗の頭領として持ち上げられやすい立場だ。
「嫌うわけないでしょう? お祖父さまだもの。それに、お祖父さまは優しい」
「優しいか? あの強面親父が?」
アノールの苦笑いにルディは真面目くさって答えた。
「うん、顔はいつも怖いけど、いつも笑ってくれてるし、あったかい気がする」
「あったかいねぇ……」
ほんの少し冗談めかして呟いたアノールは、自然と微笑みを零していた。
そう言えば、ルディは以前、あの魔女もあったかいと言っていたな。因縁しかないあの魔女を素直に悪くないや温かいなんて言えるのは、ルディしかいないかもしれない。
「お前ならリディアスの学校でも心配ないな。助言するなら、あそこで上手くやろうとだけはするな、だ」
不思議な表情を浮かべたルディだったが、素直に「はい」と答えた。
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