第92話

「はぁ~……。やっぱり美味しい」

テオが私の淹れたお茶を飲んで、笑顔でそう言った。


何度もフーフーと息を吹きかけて冷ます様子に私も笑顔になる。猫舌は変わっていないようだ。


一年見ない間に逞しくなった気がする。というか大人になった。


私が眩しい思いでテオを見ていると、


「ステラ様、そんなに見られると照れます」

と苦笑した。


「ごめんなさい、つい。だって1年見ない間に随分と大人になったな……って思って。留学はどうだった?」


この一年の事をテオに尋ねると、彼は饒舌に自分の学んだ知識を話してくれた。

これがテオ?

テオと出会って一年半。こんなにお喋りなテオは初めてだった。


私達はテオの話に耳を傾けた。彼は身振り手振りを交えて留学で学んだ事を披露する。

そんな彼に少しだけ寂しさを感じる私は、本当に、子離れが出来ていない母親の様だ。


フランクは最愛の人に会えたらしい。そして隣国に残った。

二人の始まりは、確かに不適切な関係だったのかもしれないが、二人の気持ちは変わりはなかったようだ。遠回りをしたのかもしれないが、幸せになってくれたら良い。


するとテオが、


「ステラ様、誕生日の贈り物をありがとうございました。誕生日に贈り物を貰ったのは初めてで、とても嬉しかったです。大切にしますね」

とテオは胸ポケットから私が贈った懐中時計を取り出した。


「お礼なら手紙を貰ったわ」


「本当は直接言いたかったんですが。まだ、勉強が足りなくて……」


「いいの。こうして戻って来てくれたから」


「当たり前じゃないですか!私の家はここなので」

と言うテオに少し胸が熱くなった。


「そうよね。テオも戻って来た事だし、陛下に言って養子の件を進めなきゃね」

と言った私を見て、テオは真面目な顔になる。


「ステラ様。その前にお願いがあるのですが」

いつになく真剣なテオに私も居住まいを正す。


「何?」


「ステラ様、とりあえず離縁をお願いします」

と言うテオの言葉の意味が一瞬分からずに、私は固まってしまった。


………ここを出ていけと……そういう事なのね。


亡くなった人と離縁する事は可能だ。離縁をすればその家と関係を断つことが出来る。


テオは私にこのオーネット公爵家と縁を切れと……そう言っているのだ。そうか……。


私は一つ頷いて、


「わかったわ。いつ……私はいつ出て行けば良いのかしら?手続きは明日にでも……」



「へ??あ、すみません!!違います!違います!あの……あ、順番を間違えたかな……」

とテオは頭を搔く。すると急に、


「あ!!そうだ、私、ちょっと用事を思い出しました!すっかり忘れていたなぁー」

とアーロンは立ち上がった。

何故、そんな棒読みのセリフみたいな言い回しなのだろう……。


アーロンは部屋に居たムスカに、


「ちょっと力を借りたいんだ。一緒に行こう!な!ほら、早く!」

と腕を掴んで、


「奥様、ちょっとムスカを借りますね!失礼します!」

と困惑するムスカを引っ張って部屋を出て行った。



突然、私とテオは二人きりになる。


「何だか慌ただしかったわね、二人とも」


「……多分、私に気を使ってくれたんだと思います」


テオはそう言うと椅子から立ち上がり、私の前へ周って来た。


「?テオどうかしたの?」

神妙な顔をしたテオに私は首を傾げる。


すると徐ろにテオは私の前に跪き、私の両手を挟み込む様に自分の両手で握った。


「ステラ様。前に私に『家族になろう』と仰って下さった事、覚えていますか?」


「もちろんよ。よく覚えているわ」


「……私と本当の家族になってくれませんか?」


「…??私と養子縁組をするの?でも私が離縁してしまったら、オーネット公爵家と関係なくなっちゃうわ」


私は困惑していた。今更、養子縁組?


すると、テオは握った手に少し力を込めた。ちょっとだけ震えているようだ。


そして、少し見上げる様に私の顔を真っ直ぐに見ると、


「すみません。先程は順番を間違えてしまいました。公爵様……いや、父と離縁して………私と結婚して下さい」

と言った。


……?今、テオは何て?

私の頭が働かない。結婚……結婚……誰と誰が?

私が何も言えないでいると、


「ステラ様?聞いてます?」

とテオが少し心配そうに、そう私に声をかけた。


「え?あ、ええ。一応聞こえたのよ?聞こえたんだけど、結婚って誰が?」


「私とステラ様が、です」


「何故?」


「何故って……私がステラ様を愛しているからです」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る