もう、聞こえない。

永久 太々(ながひさ たた)

始まりの物語

第1話 出会い

朝、目が覚めるといつもと同じ薄汚れた天井に、床には乱雑に置かれた学生鞄。漫画のように朝、味噌汁の匂いで起きるなんてことは無縁の生活だ。


いつものように支度をし、学校へ向かう。


僕は普通の公立中学校に通っている、どちらかといえば不良と呼ばれる部類の人間なのだろう。

 

学ランに中にはTシャツ。

ズボンも腰まで下げて、だらしない格好をしている。


「おい!なんだその格好は!!」


どこからともなく飛んでくる先生の怒号。


「はいはーい。」


僕はいつものように先生をかわしながら門を潜る。


教室は3階。階段を上がり、ガラガラと教室のドアを開ける。


「おはよう!」


隣の席の麻衣の挨拶が聞こえる。


「うぃっすー」


僕は気怠そうに返事を返す。実際のところは女の子と話すことへの気恥ずかしさを誤魔化しているだけだ。


挨拶をしてきた麻衣はこの学校に入学して初めての女友達だ。


「相変わらず、冴えない顔してる」


麻衣はいつもの調子でからかってくる。


「うるせぇな」


僕はいつものように悪態をつきながら返事をする。


比較的、このクラスは皆が仲良く、イジメというイジメもない、平和なクラスだった。


そんな変わり映えの無い日々、日常。

そんな一日が今日も始まった。


午前中の授業が終わり、お昼休みになる。

お待ちかねの給食だ。僕はこのために学校に来ていると言っても過言ではなかった。


——学校のご飯はいつも温かい。そして賑やかだ。


給食も食べ終わり、お昼休み。

トイレを済ませた僕は教室へ戻ると見慣れない女の子が僕の席に座っている。


「あ、ごめん!勝手に座って!」


そう言って僕の席に座っていたのは麻衣の友達の楓だった。


小柄で髪型はいわゆるボブ。

髪色は少し茶色く、猫のように大きな瞳で何もかも吸い込みそうだった。

身体つきは中学生にしては少し成長が早く、大人な魅力を感じた。


「別にいいけど」


僕は気怠そうに言葉を返した。


楓は少し離れたクラスの子で、麻衣の小学校からの友達だ。麻衣と楓は楽しそうに会話をしている。


——学校のチャイムがなった。


「じゃあね!」


楓は麻衣にそう言うと自分の教室へ帰って行った。


午後の授業が始まると、いつものように僕は机に伏せるようにして寝始める。


意識も薄れていく中、麻衣がコソコソと声をかけてくる。


「ねぇ。楓、かわいいでしょ?」


その一言に僕は一気に目が覚めた。


「なんだよ!急に!」


僕は少し戸惑いながら返事をした。


「だって、さっき楓のことずっと目で追ってたよ?」


麻衣はそう言った。


そう、僕は楓を見た瞬間、稲妻が走るような感覚が全身を伝い、気づいた頃には恋に落ちていたのだ。


「あ、え、いや!追ってねぇから!」


図星を突かれた僕は静まり返った教室で声をあげてしまった。


「おい!静かにしろ!少年!夢でも見てたのか?思春期だな」


先生からからかい混じりの注意が入る。

笑い声が聞こえる。クラスメイトの視線を集めてしまったようだ。


普段、物静かな僕が顔を赤くし、慌てている姿を見た麻衣は満足そうな顔をしている。


そう、あの瞳に吸い込まれたのは僕の心だった。


——僕は、恋に落ちた。

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