部員決定
「突然ですが、皆さん。皆さんは過去に失ったものを取り戻したいとか思っちゃったこと、ありませんか?」
数秒待ってまた教室を見回す。今度は誰も手を挙げなかった。
「あ、無い感じですか〜?でもでも、よく考えてみてください。テスト期間とかに、公園で遊ぶ小学生を見て、いいなーあの頃に戻りたいとか思ったこと、ありませんか?以前熱中したゲームを開いてみて、どうして楽しめなくなってしまったんだろうと首を傾げたことはありませんか?私はそのことを質問してるんです。それならあるかもって方!」
心晴と、あと2人ほどが手を挙げた。
「おおー!ありがとうございます。私が設立したいのはそんな方におすすめの部活、こども部です。こども部ってなんだよと思う人がほとんどだと思うので、軽く説明しますね!こども部。一言で言うなら、それは童心に帰って楽しむための部活です。皆さんのほとんどは忙しい学校生活やら受験勉強やらで、押し寄せる時間の波に飲み込まれてしまっていると私は思うんです。さらには気を遣った人間関係や膨らむ親の期待、なんて考えるだけで嫌気が差すじゃないですか。なのでなので!そんな生活の中に小さな潤いとほっとできる空間を作りたいんです。入って下さいとは言えませんが、素直な気持ちを取り戻したい人やくだらないことが好きな人とかはぜひ名前だけでも貸して下さい!…私入れて4人にならないと活動できないんです。どうかお願いします!!」
咲良はここで初めて頭を下げた。
その様子を後ろから微笑ましく見守っていた心晴は咲良に声を掛ける。
「それで終わり?」
「あ、うん。」
小声で答えて咲良はクラス全体の方を向く。
「以上で終わりです。これからよろしくお願いします!」
やりきった感をどことなく出しながら咲良は椅子に座った。
結局あいつの名前何だっけ?
と言っている人もいるが、まあすぐに覚えるだろう。何と言っても彼女は宮村咲良なのだから。
そんな彼女が自己紹介をさらなる混乱に陥れたのは御愛嬌だ。
時計回り、なんてクラス全体でやることではないとだけ言っておこう。
とにもかくにもそんなわけで、咲良は自己紹介に多大なるインパクトをもたせることに成功した。成功も成功、大成功だ。そのかいあってか、先ほど『あの頃に戻りたいな〜とか思っちゃった』三人は全員こども部に入部することになった。
設部条件を満たせて咲良がどれだけ喜んだかは一言では書き表せない。それほどまでにやりたい部活というのは彼女の中で重要なことだった。それほどまでに中学時代は彼女にとって地獄だった。まあ初手の自己紹介を目の当たりにしたクラスメイトからすれば後者は知る由もないことだが。
2日後、つまり今日の放課後になって咲良の席に集まった三人も、だからどうしてそこまでの歓迎を受けているのかよく分かっていない。だが咲良は興奮の一部をさえ隠そうとしない。
「
一応注釈を入れると、こども部はまだ設部希望届けを出しただけである。決して受理されたとは決まっていないし、ましてや活動なんてしているはずもない。それなのにこのテンション。咲良の不可解さには三人とも首を傾げている。
「はしゃいでるとこ悪いけど宮村、まだ設立できるかも決まっていないだろう?」
常識と適応能力を適度に備えた琉生こと朝井琉生が言う。しかしそれで咲良のテンションが変わるはずもなく、
「そうだよ!あ、そろそろ職員室行かない?もう受け取れるかもしれないよね。」
と言うなり歩き始める。
「そう願ってるよ。」
心晴がすぐ横につく。
「忠犬みたいだな。」
蒼真が初めて喋った。が。
一声目がこれでは印象が悪すぎる。琉生が慌てたように
「おい、女子を犬に例えるな、侮辱で捕まるぞ。」
と言う。更に、
「確かに咲良ちゃん元気だけどそれはひどいよ。」
…。この流れでどうして咲良のことだと思ったのだろうか、心晴はそんなことを言った。それをそのまま信じこんだ咲良も
「大丈夫だよ〜、私犬大好きだから!」
と答える。琉生がひとり、ため息を付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます