演説宣伝自己紹介
ここまでなんとなく咲良はまともな常識人のように言ってきたが、そんなのは事実無根だ。というか周りにぶっ飛んだやつ認定されているのは姉よりむしろ咲良の方かもしれない。咲なら夢を語っている天然、くらいで済んでいることも、咲良は根拠と具体的な計画まで説明してしまうからだ。ぶっ飛んだやつというよりは、冷静に狂っているという感じかもしれない。普通の人間ならあまり関わりたくないタイプとも言える。大当たりか大外れのどちらかしか引けないタイプというか…。そんな彼女の人間性がよく現れたエピソードが一つある。5時間目の眠気と戦う本人を横目に、紹介してみようと思う。
二日前の三時間目のこと。
「はい、じゃあこの時間はまず自己紹介から始めたいと思います。どこからやりますか〜?ジャンケンですかね、やっぱり?」
新年度恒例の行事にほとんどの人が周りを見回す。どうしよう、何話そうかな、最初はやだけど最後もやだ…そんな声が教室のいたるところから聞こえてくる中、
「私最初にやりたいです!」
未だかつて見たことのない光景を作り出す生徒がいた。誰であろう、咲良だ。教室の左前の席で立ち上がり、手を挙げている。
「え、あのさ、私2番目になる?ってことは。」
後ろの大人しそうな女子が慌てたように声を掛ける。他の人が呆気にとられて黙る中、勇気ある判断だったかもしれない。
「できれば真ん中ぐらいが良かったんだけど、無理かな?なんで最初がいいの?」
「最初が一番目立つからだよ!しかもこんな形で立候補したら、上手く行けば一生記憶に残るくらいでしょ?別にそこまでじゃなくてもいいんだけどさ、私ちょっと宣伝したいものがあるから目立っときたいんだ、今。」
は?と多分みんなが思った。自己紹介に案件的な要素を混ぜてくる人はこれまで見たことがなかったから。しかし咲良は説明を続ける。
「でも最初に言いたいのは私のわがままだから、ジャンケンでも構わないよ。ただその場合は私が勝ったら私最初で、そのあと他の角でジャンケンして負けたとこから時計回りってことにしてほしいなあ。」
当然と言えば当然だが、誰一人として反応しない。全員黙り続けている。まあヒソヒソと嗤う人がいないだけ良いクラスなのだろう。
「は〜い、賛成の人手を上げてくださ〜い。」
先生が呑気なふうに言う。一人、咲良の後ろの席の少女が手を上げたのを切っ掛けに、次々に手が伸びていく。これぞ日本人!同調圧力!
こんな流れで始まった第一回演説大会…いや、自己紹介。因みに、咲良は当然という顔をしてジャンケンを制した。それも一発、一人勝ちで。
「はい、ではでは改めまして。私は宮村咲良です。出身中学は北中で謎の文芸部に入ってました。だけど死ぬほどつまんなかったから、高校では絶対同じ轍は踏まないと固く決意してます。そこで!新たに部活を設立したいと思っています。今日はその宣伝のために手を上げました、ごめんね!」
少し後ろの子を見て手を合わせる。彼女は
「いいよいいよ、気にしないで。」
と答える。いい子!まあ咲良みたいに性格の読めない相手に絡まれたくない思いは誰にだってあるだろうが。
「因みになんだけど、この中で入りたい部活決まってる人〜。」
咲良はクラスを見回す。軽く、なんてものではなく後ろの方までしっかりと。なんなら人数も数えていそうなくらいに。
「お〜、28人か。」
本当に数えていたらしい。
「じゃあじゃあ、まだ決まってない人!」
今度はパラパラと数人が手を挙げる。どちらにも上げていない人もいるが、咲良は気にしないようだった。
「はい、ありがとう!今聞いたのは、まだ決まってない人を見つけて勧誘のターゲットにしようと思ったからです。」
「正直だな。」
後ろの女子がつぶやく。
「正直は美徳だよ〜。」
ギリギリ聞き取った咲良がにこやかに答える。因みに後ろの女子の名前は
心晴は咲良の言葉を聞いてあははっと笑った。顔にはどこか子供を見守るようなお母さんのような温かさが浮かんでいる。
彼女がこれからも咲良を見守り支え、一緒に笑い合う仲になることはまだクラスの誰も想像できていなかった。
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