怠惰水短編小説

怠惰水

第1話 ヌバス

23世紀、科学技術の大きな進歩により人工衛星の打ち上げが中小企業でも容易く行われるようになり、人工知能がカウンセラーに就ける様になった。21世紀には深刻な課題であった二酸化炭素の増加に伴う異常気象も二酸化炭素の水素への転換により解決した。現在深刻になっている問題はスペースデブリ宇宙ゴミ程であるが、太陽系の外にいざとなれば脱出できる現在では意味のない問題だろう。また、タイムマシンの研究も現在進んでおり……(根密文庫出版、佐藤稲太郎著、〔人類の発展のいろは〕より抜粋)


人類は紀元前より入る事の出来なかった北極中心の未開の地がある。そこには何故地球が回転速度を緩めないのか理解できない程強烈なハリケーンが常時吹き荒れていた。しかし2250年、その強風をもそよ風とさせる技術が完成してしまったのだ。そして第一回サウスハリケーン探索隊が約60人の在籍米国人により厳密な調査の後行われた。結果は勿論成功。しかし、そこに潜んでいた生命体は恐るべきものだった。


ヌバス、人類の輪から離れて彼らはハリケーンの中心、ハリケーンの目で暮らしていた。しかし、科学の進展によって平穏なヌバスの社会は侵されてしまったのだ。




丸太を大量に使った大きな船の上に民族衣装の様な服を着たオス達が立っている。

「族長、我々は本当にこの方法しかないのでしょうか?」

全身に黒い産毛が生えている若者が、白い体毛の老人にしがみつく。

「何が起こっているか、あの化け物たちが置き去りにした黒い箱を動かせば分かる。」

「ウゥ〜ッウー!」

族長が鳴くと戸を開けて厚着のメスと耳に紙をくるめて付けたオスが入って来た。

メスが踊った後箱を投げ飛ばすし、次々に流れ出る音をもう一匹のオスが民族の言語に翻訳する。

『現在富裕層の間にヌバスの肉が人気を博しています!「最高だよ、この肉は!」「体液は美容に良いのよ!」』

音が途切れる。

「そんな!彼らは我々の妻や息子により良い生活をさせてくれると!」

「何の見返り無しに救ってくれるなど我等の考え方が甘かったのだ。奴等は我等をあの神聖なる壁の内側に隔離しようとしている。」

数分の沈黙が船を覆う。

「覚悟は決まったか?」

族長が若者の肩を叩く。

「しかし、奴等とやることが同じになってしまいます…」

「ならば、お前たちが新たに創ってくれ。頼んだぞ。」

もうすぐ大陸に上陸する。



2250年3月27日14時6分40秒、船が本土に上陸。スタンガンを携帯した地方警察官が原住民達を包囲。その1時間後に陸軍、海軍、空軍が到着。警察が包囲している際は目立った動きはなかったが軍到着後、ヌバスの指導者らしきオスのヌバスが石槍でコーンクス巡査を刺殺。軍の報復攻撃により指導者は即死。返り血を浴びた数名が吐き気、頭痛等の症状を訴えた。又、政府は2253年現在もヌバスを人類の同種と認めておらず、毎年数千体ものヌバスが畜殺され、美容、食品用に加工されている。



現在ほぼ全ての国の国民は精神的ストレスから由来する吐き気などの症状に悩まされている。一部の人間は発生時期から考えてヌバスが体内に保持している細菌が原因だと考えているらしいが、彼らからしたらとばっちりであるだろう。兎に角、徹底した労働環境の改善が求められており………

(根密文庫出版(2261年に倒産)、故佐藤稲太郎著、〔現代社会で生き残るために〕より抜粋)


ヌバスの一件で指導者の返り血を浴びた兵士三名は5年ほど経ってもなお軽微な熱と完治しかけの風邪のような症状が続いていた。しかし2256年、ヌバスの指導者が射殺された年からちょうどコンマずれ無く、6年で設定されていた死のタイマーがアラームを鳴らした。兵士達は途中で自殺した一名を除いて一斉に血を吹き出して即死した。死体を解剖したところ、一部の内臓が破裂、脳は膨張し、頭蓋骨を割ると髄液が水道管が割れた時の様に溢れ出した。私は、これは決してヌバスの撒き散らした空気感染型の細菌だとは思わない。思いたくない。(当時三名の最後を見届けた軍医(54歳死去)のパソコンより発見された日記より)

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