Singularity -未解決事件詳細保管解決課- /弐

乾杯野郎

第1話

「時々自分という人間が嫌になるよ。自分で自分の言ってる事に整合性がないんだ」

「…それが人間というモノだろう?」


海辺のカフェテラスでコーヒーを飲む三日月とハットを被った恰幅の良い丸メガネを掛け紅茶を飲みながら喋っている男、なんら普通の光景…しかし不思議な光景だった

ハットの男の椅子に手をかけているヒカルは全く身動きせず棒立ちで何も感じてない、ヒカルだけではなく三日月とハットの男以外止まっているのだ、海は砂浜の近いところで波が崩れずに固まっている

まるで写真の中の世界のようだ


「良い人間だけの社会…でもアンチテーゼからしたら僕は悪い人間だ。もう沢山なんだよ、他者より上へ…他者より先へ…そして個性が強い人間を排除する。abilityはその最たる例た、何故abilityは発現するのかい?君ならわかるだろう?」

「さぁね、私は一介の好奇心旺盛な監視者だ、それ以上でもそれ以下でもない。聞く相手を間違えてるよ」

ため息をつき三日月は続けた

「監視者?…笑わせるなよ…ならその監視者がRACKを潰す時に何故僕に協力したんだ?協力した時点で君は監視者とは言わないよ」

「それは君の価値観でだろう?私が思うにあのままだったら特異能力者…君の言葉を借りるならability持ち達は駆逐されていた、現にRACKは君と戸川さん以外は皆敵だったろう?だから監視者として介入したんだ、ここでability持ちが消されたら監視者としてとてもつまらないからね」

「つまらない?」

「そう、私にとっては全て退屈凌ぎだよ、持つ者と持たざる物達の見据えるゴール…三日月君、人はどこを目指しどこに行くと思う?」

「哲学すぎるよ…どこを目指すと言うより時の民衆が何を望むかで変わるんじゃないかい?」

「ハハ!君はその支配者になる気でいるんだろう?達観してるのに欲深い…三日月君もまだまだちゃんと人間してるね」

「……そうかもね、僕も欲深い咎人なんだな…なぁ君に聞いて欲しいお願いがあるんだ」

「審判員を買収でもするのかい?」

「そんな事に応じる君じゃないだろ?…もし、万が一…………………」




「…その程度か…了承した、君の心情を考慮するよ」

「まぁそんな事は無いと思いたいけどね…頼んだよ」

三日月が言い終わるとハットの男は立ち上がり

「さて、また話そう三日月君、今日は失礼する。あ!そうそう、君の読み通り何者かが嗅ぎ回ってるよ?くれぐれも気をつけて…それじゃあ、ご機嫌よう」

そういいハットの男は手をかざすと水蒸気のよう霧が湧きその中に消えると霧が晴れ波は動き風は吹き抜け風景が写真から動画になった


ー僕を追ってる連中が何かは教えてくれないんだな…相変わらず底が見えない男だ…ー



「三日月さん?今誰かと話てました?」

ヒカルが不思議そうに三日月に尋ねた

「いや、少し考え事をしていただけだよ」

「紅茶のカップ…誰かいたんです?」

「君がさっき飲んだんじゃないか?大丈夫かい?ヒカルも疲れてるのだろう?肩の力を抜いて休むといい」

ヒカルは少し腑に落ちなかったがそのまま話を続けた

「そういえば三日月さんに見せたい物があったんです」

ヒカルはスマホを操作し三日月に見せた

「何何…?謎の連続焼死体…?人体発火現象か…ん?失血死…うーん、面白いね…少し調べてみよう、ヒカル」

そういい三日月は代金をテーブルに置くとヒカルが三日月の体に触れ三日月が手を叩くと2人は消えた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「しかしまぁそうそう奇天烈な事件ってないっすね」

未詳の部屋で筋トレをしながら加藤が言った

「何も起こらない事はいい事じゃんか」

戸川は流行りの少女マンガを読みながら大きなカヌレを食べながら答えた


あの高津の事件以来この2ヶ月ability絡みが疑われる事件はあったが基本は空振りで三日月とも接触ができなかった。


「戸川さん…あの…」

「いつも言ってるでしょ?三日月との事は話をしたくない」

「えぇ…まぁわかってはいますが…どんな人くらいは…」

加藤がダンベルを置き机のタオルで顔を拭いていると


コンコンコン


未詳のドアがノックされ中年の男性が気だるそうに入ってきた


「遠いんだよ〜ここ〜しかしウワサは本当なのね…」

「すみません…どちら様…」

加藤が尋ねるとすかさず戸川が端末をいじり即答した

「笹貫 行正 捜査一課長がこんな辺鄙な所になんの御用?」

「えぇぇ!捜一?!」

「いやはや…どうやってこんな一瞬で調べるのよ…まぁいいや、立ち話もなんだから座っていいかな?」

そう言うと笹貫は勝手にソファに座った

「自己紹介はもういいね、まぁ肩書きとかこんな辺鄙な所に必要ないから役職付けないで呼んでいいよ」

笹貫は部屋を見回しながら話を続けた

「最近不可解な遺体が多くてね、訳の分からない事だらけなんだ」

加藤が話に入ってきた

「不可解な遺体…ですか?」

戸川はPCをひたすら叩いてにらめっこ

「到底説明がつかないのよ、これ見て」

笹貫が封筒から書類を加藤に出した

「すみません、拝見…ウェ!」

加藤が書類を見ると嗚咽を吐く

「なんですか?!これ!」

加藤が見た現場写真はマンションの一室なのだがあたりが血まみれ、そして男女の遺体が写っていた

男女共に遺体は原型を留めているのは顔、手足、下腹部のみで胸骨の中心、いわゆる鳩尾の部分が内側から何か破裂して出たような痕に目、鼻、口、耳から出血、文字通り「血まみれ」の遺体だった

もう1枚は公園のトイレと思われる所の中なのだが残っているのは手足のみでそこ以外焼けていて最後の現場写真もラブホテルと思われる一室で手足だけ残った焼死体だ

「2人が変死…もう2人は自殺?!なんなんですか?!これ!デタラメもいい所だ!」

「本当になんなんだろうね…僕ら捜査一課で調べてたけどさっぱりなんだ」

戸川が口を開く

「…ここに来たって事は上から止められた事件でしょ?これを私たちに調べろと?」

「ご名答、この事件を調べていたんだけど刑事部長から直々にストップがかかってね。噂に聞いたが君達はこういうのの専門なのだろう?」

「専門かどうかは置いとく、本音は別にあるんでしょ?課長殿?」

「え?全然話が見えないんですけど…」

2人は加藤を一瞬見たがそのまま話を続けた

「まさかぁ〜事件を解決し…」

「どうせ正式な物でもないんでしょ?残念なことに我々未詳は捜査権がないの、協力したくてもできないわ、加藤、笹貫さん帰るって」

後頭部を掻きむしりながら場が悪そうに笹貫が答えた

「まず初手の2人、これは凶器が皆目検討がつかない。あとの二人も…それに最後の被害者…宮川 健…年齢28、職業自称コンサルタント業…彼は」

「宮川国土交通大臣の息子、そして…」

戸川がPC画面を加藤に示した

「宮川 健…こいつは!!親父様のコネかよ!」


バァン!


加藤が拳で机を叩く

「そういう事…交通違反も1度や2度じゃない彼は何度か幼女暴行、婦女暴行、器物破損、傷害で逮捕されてる。全て被害届が取り下げられてる。お父様は長いこと派閥の長だ、きっととても有能な弁護士、秘書様達が裏で色々やったんだろうねぇ」

笹貫がため息混じりに答えた

「だからと言ったって!」

「加藤、ちょっと落ち着きなさい!…んで?私の質問には答えてくれないの?」

戸川が笹貫を直視しながら続けた

「大臣の息子絡み、その厄介さにこの不可解な死体…これがどんだけややこしいか分からない貴方ではないでしょう?なのに何故私達に?トカゲの尻尾切りに使いやすいから?なら今すぐそのドアから帰る事ね」

聞こえるのは空調の音が響きだけ、暫し静寂を破ったのは笹貫だった

「真実が知りたい…だけでは不満かい?」

「真実?」

「あぁ、僕はね?刑事がやる事は真実の追求だと思ってる。公表できないにせよ真実は埋もれさせたくないんだ」

「なら捜一を使えばいいでしょうよ!」

加藤は感情がおさまらず声を張った

「君は青いな…加藤君。警視庁捜査一課といえど一枚岩じゃないんだ。各々が後々の事を考えて動いてる、出世に響かないよう…再就職が上手くいくよう…とかね。だから上からストップがかかった物…いわゆる「蓋」をされた物をいちいち確認する気概がある奴なんて居ないよ。でも君らは違う、そうだろう?戸川君?」

「…」

笹貫が戸川の目を見つめたが戸川はその視線を逸らした

「ここは…君の前任者が作った独立部署だと認識している、だから君は上に干渉されずある意味自由に動けているんじゃないの?まぁ他にも理由はあるだろうけどそこは僕の範疇じゃないから別にいいんだけどね…」

言い終わると笹貫はジャケットのシワを直しながら

「そっか…何のかんの理由つけてNOって事?…高津事件を突き止めた君なら真相に辿り着けると思ったんだけど…無駄足だったみたいだ。噂通りだったねぇ…こんな無駄部署…」

「ちょっと!戸川さん!いいんですか?!このままで!俺は協力したいですよ!笹貫課長」

「加藤!…笹貫さん、協力するなら1つだけ条件を出したい」

「条件?」

「えぇ、私達と行動している時に見聞きした物は全部墓場まで持っていく…約束して」

戸川が笹貫を真っ直ぐ見つめて言った

「約束する、そこは信用して欲しいな」

「…わかった…加藤現場に行くよ!」

「ウッス!」

「引き受けてくれてありがとう、戸川君。」

「どこまで調べられるかわからないし笹貫課長が知りたい事が全部分かるかわからないけど警察官として調べます」

戸川は笹貫に敬礼をし慌てて加藤もそれに続いた

「敬礼なんてしなくていいのに」

笹貫は照れくさそうにしながら敬礼を返した






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