第9話 試合・7


 マサヒデとアルマダは「さっ」と剣を取り、庭に向かって片膝で構える。

 部屋の奥のマツから、もうもうと黒いオーラが巻き上がっている。


「どちら様かは存じませぬが、このオリネオ魔術師協会支部に御用であれば、どうぞ玄関へおまわり下さいませ。こちらお二方へ御用でございましたら、この私めが代わりに承りましょう」


「・・・」


「・・・」


 3人が感じていた視線は消えた。

 少しして、マツの黒いオーラも収まる。


「・・・お二方、やはり我々、見られておりましたね」


 マツがすっと手を上げると、手の平に小さな灰が集まった。

 はらはらと灰が形を作って、小さな蝶になる。


「これは・・・蝶・・・」


「微かに魔力が残ってます。この蝶を使って、見ていたのですね」


 灰がすーっと消えていった。

 あっ、とアルマダが声を上げて、


「消えた! これは、死霊術では!?」


「ええ。この蝶の目から、ずっと見ていたのでしょう」


「訓練場でもずっと視線を感じていました。別の何かを忍び込ませていたんでしょうね」


「一体、誰が・・・」


「そこまでは分かりませんけど・・・操っているものを通して見るのは、高度な術ですよ。手練れですね」


 そこでアルマダが首を傾げた。


「ん? ちょっと待って下さい。おかしいですね」


「おかしい?」


「試合は放映されていますよ。広場に行けば、普通に見る事が出来ます。どうして訓練場まで?」


「あ、確かに」


「殺気も、害意も感じませんでしたし。試合を邪魔するつもりもなさそうでした。ならどうして?」


「この後の試合で動くつもりだったとか?」


「だとしたら、朝からずっと見ている必要もないでしょう。訓練場にだけ置いておいて、その時になってから動けば良いんですから」


「うーむ・・・」


「相手の意図が分かりませんね。一体、何が目的なんでしょう?」


 3人は首を傾げたが、さっぱり分からない。

 マツは顔を上げて、


「マサヒデ様。とりあえず、この事をギルドに伝えましょう。念の為、私が午後の試合前に、訓練場を『掃除』します」


「掃除? あの広い訓練場をですか?」


「はい。ぼん、と」


 マツが手の平に小さな火を出す。


「中に何かいても、これで掃除完了ですけど、少しだけ暑くなってしまうかもしれませんから・・・涼しくなるまで休憩時間を延ばしてもらうよう、お願いしてきますね」


「・・・お願いします」


「それでは、お二方はここでお食事なさってて下さいませ。すぐに戻りますので」


 マツはぱたぱたと出て行った。


「・・・」


「食べますか・・・」


「はい・・・」



----------



 2人が昼食を食べ終わった頃に、ちょうどマツが戻ってきた。


「やっぱり、ちょっとだけ訓練場が暑くなってしまいましたので、1時間ほど休憩時間を延ばしてもらいました。一応、水も打っておきましたから」


「・・・お手数おかけします」


「じゃあ、私は奥で食べて参りますので、お二人はお休み下さい。時間になったら来ますので」


「すみません。気を使っていただいて」


「良いんですよ。私だって、この試合に関わる者のひとりなんですから。それでは失礼致します」


 マツは、す、と頭を下げて、部屋を出て行った。


「じゃ、お言葉に甘えて休ませてもらいましょう」


「そうですね」


 2人は剣を抱えて座り、すぐ眠りについた。



----------



「お二方、そろそろお時間です」


 少しして、マツが2人を起こしに来た。


「む」


 2人がぱちっと目を開ける。


「では」


「行きましょうか」


 玄関に降りた所で、マツが声を掛けてきた。


「マサヒデ様」


 振り向くと、マツがじっとマサヒデを見つめている。


「・・・」


「あの・・・ご武運を」


「行ってきます」


 そう言って、マサヒデはくるりと振り向いて、歩いていった。

 アルマダが門の所で待っている。


「見せつけてくれますね」


「茶化さないで下さい」


「残りは、10人くらいでしたか・・・気を抜かないで下さいよ」


「もちろん」


 もう、ギルドの前に列は並んでいない。

 入り口に入ると、受付嬢が気合の入った顔で、ふんふん鼻息を荒くして、拳を握っている。


「頑張ってくださいね! あと少しです!」


「勝ちますよ」


「トミヤス様なら当然ですよね! ふんふん!」


 マサヒデもアルマダも、思わず笑ってしまった。


「ははは。あなたがそんなに気張らなくても」


 笑いながら廊下を歩いて、準備室のドアに手を掛けた時、ぴたりと手が止まった。


(いる!)


 アルマダも気付いたようだ。

 中に手練れがいる。

 それに、これは・・・似た雰囲気を前に味わっている。


「・・・最後まで気は抜けませんね」


「ええ・・・」


 かちゃ、とドアを開けて入る。

 この雰囲気は、1人だけ。

 ここからは見えないが、並んでいる大きな棚の裏側だ。


(忍だ。間違いない)


 強者の雰囲気を押さえている、あの冷たい空気。

 昨日の男とは違うが、間違いない。

 これは間違いなく手練れだ。


 マサヒデは得物を置いて、木刀を手に取った。


「では、お先に」



----------



 訓練場の扉を開けると、少しむわっとした感じがする。

 土を掴んで手を傾けると、さらさら、と落ちる。

 地面は完全に乾いているが、マツは「水を打った」と言っていた。

 そのせいで、少し湿気がこもっているのだろう。

 温度は特に暑くはなっていない。


 マサヒデは中央に歩き、正座して目を瞑る。


 扉が開き、アルマダと、1人目の挑戦者が入ってくる。


 この挑戦者は違う。


「では、こちらに」


 マサヒデが立ち上がり、挑戦者が前に立つ。


「よろしいですか」


 片手に木刀をぶら下げ、静かに答える。


「いつでも」


 挑戦者が大ぶりの剣を持ち上げ、大声で応える。


「いつでもおー!」


「それでは・・・始め」


「おおー!」


 挑戦者がすごい勢いで剣を振り回してきた。

 屈みながら踏み込んで、すっと立ち上がる。


「う!」


 大きく踏み込んだ挑戦者の目の前に、マサヒデの顔。


「くぬっ」


 跳び下がりながら、挑戦者が剣を回す。

 とん、と下がってこれを躱す。


「うーむ! さすが!」


 そう言って、挑戦者は剣を肩に上げ、思い切り跳び込んできた。

 これだけ大きな剣を抱えて、この動き。

 中々だな、とマサヒデは思いながら、斜めに振り下ろされる剣を、軸足を残し、身体をくるっと回して躱す。

 足を戻しながら、思い切り腕に叩き込んだ。ごぎん、といやな音が響く。


「それまで!」


 アルマダの声が上がったが、驚いたことに、挑戦者が立ち上がった。

 骨が砕けた感覚が、確かにマサヒデの手に伝わったのだが・・・


「お手合わせ、ありがとうございました」


 男は頭を下げ、にやっと笑顔を上げて、剣を肩に乗せて歩いて行く。

 扉から出てきた治癒師が、マサヒデが打ち込んだ腕に手を当てながら、歩いていく男と並んで出て行った。


「ほう」


 アルマダが顎に手を当てる。


「気持ちの良い方ですね。腕はまあまあですが」


「ええ」


「ああいう方がいると、盛り上がるものです。たまにトラブルの種にもなりますけど」


 ぎい、と扉が開き、次の挑戦者。

 この挑戦者も、違う。


「次の方、こちらへ!」


 おや、とマサヒデは顔を上げた。

 すたすたと歩いてきたのは、この訓練場を貸す時に戦った、あの槍の女冒険者。魔術師だ。


「あなたは」


「もう一度、胸を借りにきました」


 マサヒデはアルマダに向いて「少しだけ」と願った。

 アルマダが頷く。


「少しだけ、いいですか」


「はい」


「あなたは、私が初めて戦った魔術師です。私は、魔術師の戦い方を見たいと思って、あの時、手を抜きました。どうか、本気で立ち会わなかったこの未熟者を、お許し下さい」


 マサヒデは頭を下げた。


「・・・私は、トミヤス様の生涯で、初めて戦った魔術師である、ということを、光栄に思います」


「・・・よろしいですか」


「いつでも」


 マサヒデは両手で剣を構えた。


「はい!」


 女冒険者の槍が、まっすぐ、ぴたりとマサヒデに構えられる。


「それでは、はじめ!」


 合図の瞬間、がつん! と音がして、女冒険者の鉢金が飛び、どさっと倒れた。


「それまで!」


 アルマダの声が響き、治癒師と担架が駆け込んできた。

 あの冷たい空気が、扉のすぐ向こうにいる。

 2人の目が、扉に向けられた。


 治癒師と担架が扉の向こうに去っていく。

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