第8話 試合・6


 明朝。


 試合は早く進んでいる。順調に進めば、午前中で終わる。

 遅くとも、午後には全ての試合が終わるだろう。


「朝餉の準備が整いました」


「ありがとうございます」


 外はいつも通り賑やかだが、この部屋での朝食はいつも静かだ。

 茶を飲んで一服。

 マサヒデはすっと立ち上がった。


「それでは、行ってまいります」


「ご武運を」


 マツが手をついて、頭を下げた。

 今までよりも、マサヒデに気が入っている。

 しかし、怖れを感じる気迫ではない。

 からから、と戸を開けて出ていくマサヒデが、少し大きく見えた。


----------


「トミヤスです。空けてもらえますか」


 いつも通り、並んだ挑戦者たちに道を空けてもらい、ギルドに入る。


「おはようございます」


 と受付嬢に声をかけた時、はっ! とマサヒデは気付いた。

 見られている・・・

 ここに並んでいる挑戦者達ではない。


「おはようございます! 今日も頑張ってください!」


 受付嬢の元気な声が返ってくる。


「はい」


 笑って答えながら、素早く周りに気を配るが、どこから見られているかは分からない。

 殺気は感じない。何か仕掛けてくるような感じはしない。

 監視でもないようだが・・・妙な感じだ。


「では」


 中に入っても、やはり視線を感じる。

 確かに、何処かから見られている。


「・・・」


 マツが魔術で見ているのだろうか?

 今まで、何度か会話を聞かれていたりした時は、全く気が付かなかったが・・・

 マツであれば、こんなに簡単に気配を掴ませたりしない。


 少しだけ足を止め、壁に貼られた紙に目を向ける。

 特に読んでいるわけではない。気配を探るために足を止めただけだ。

 やはり、この感じはマツではない。


 祭の参加者?

 それにしては、殺気もないし、様子を伺う、監視されている、という空気もない。

 ただじっと見ている、という感じだ。

 気味が悪い。


 準備室に入り、いつも通りアルマダに挨拶をする。


「おはようございます」


「おはようございます」


 昨日の事がまだ引いているのか、幾分アルマダの顔が厳しい感じがする。

 さっと着替え、手裏剣の点検をするふりをして、アルマダの前に座る。

 いつもならさっさと出ていくマサヒデに、アルマダがちら、と目を向けた。


(む)


 マサヒデの顔が固い。何か異常を告げている。

 目を戻し、マサヒデの方を見ないようにする。

 マサヒデは布で手裏剣を軽く拭きながら、小声で告げる。


(見られてます)


 ぴく、とアルマダの表情が一瞬だけ固まったが、自然に元の表情に戻る。


(いつから)


(受付。おそらくギルドに入る前から。殺気はなし)


(監視?)


(ちがう)


(マツ様?)


(ちがう)


(警戒を)


 手裏剣を手に取って、眺める。

 ちらり、とアルマダに一瞬だけ目を向け、手裏剣を眺めて、こくん、と頷いた。


「では、お先に」


----------


 扉を開け、訓練場に入って、中央で正座。

 静かに目を瞑って、挑戦者を待つ。


(やはり、見られている)


 この訓練場は、今、マサヒデしかいない。

 窓はなく、扉も閉じている。


(昨日の忍のような者が隠れている?)


 あの隠形の術は、すごかった。

 タネさえ分かれば笑ってしまいそうだが、実際に見ていたマサヒデには、全く分からなかったのだ。

 目を開けて周りを見渡すが、何も変化はない。


 今、誰もいないはずの、この訓練場のどこかで・・・誰かがマサヒデを見ている。

 今の所は殺気もない。動く気配もない。

 しかし、試合が始まった所で動くかもしれない。


 戻って、マツを呼ぶか。しかし・・・


(・・・)


 ぎい・・・

 扉の開く音がして、アルマダと最初の挑戦者が入ってきた。


 アルマダがマサヒデに目を向ける。

 マサヒデも、アルマダに目を向け、軽く頷いて、左右に目を配らせる。

 アルマダも軽く頷いた。


 中央で、マサヒデ・アルマダ・挑戦者の3人が立った。


 いつも通り、


「よろしいですか」


「いつでも」


「よろしくお願いします!」


 と、声が上がる。


 ほんの少し間が空いて、アルマダが目だけをささっと左右に配り、手を上げた。


「それでは・・・はじめ!」


 がん! と音がして、斬り上げた木刀が挑戦者の太腿の横を砕く。


「うっ、あっ!」


 挑戦者が倒れ、足を押さえて左右にごろごろ転がる。


「それまで!」


 元の位置に静かに立つ。

 扉が開いて、治癒師が駆け寄る。

 傷が治され、挑戦者が出て行き、次の挑戦者が歩いてくる。


「・・・」


 まだ視線を感じる。動く気配はなかった。


(見ている。動かない)


 マサヒデは下を向いたまま、小声でアルマダに告げた。


 次の挑戦者が緊張した顔で前に立つ。


「よろしいですか」


「いつでも」


「おう!」


 アルマダの手が上がる。


「それでは、はじめ!」


 相手の薙ぎ払いを受け流しながら、くるっと剣を回すと、相手の剣が飛んでいった。


「う・・・」


「それまで!」


 挑戦者が剣を拾って、歩いて出て行く。

 次の挑戦者が扉を開ける。


 まだ見られている。変わらず、動かない。

 2人は、気付いていることを悟られないよう、ぴりぴりしながらも、それを表に出さず、試合を進めた。


----------


 午前中の試合が終わった。

 残りは10戦もないので、午後はすぐに終わるはずだ。


 さして変わらない挑戦者ばかりであったが、見られていることを気にしながら戦ったので、どっと疲れてしまった。


「さあ、水でも浴びに行きましょうか」


 アルマダが笑顔でマサヒデに声を掛けるが、目は笑っていない。


「そうしましょう」


 湯殿の戸を開け、着替え室で服を脱ぎ、中に入る。

 水を頭から何杯かかぶった時。


(アルマダさん)


 小声でマサヒデが、同じく隣で水をかぶっているアルマダに声をかけた。

 濡らした手拭いで身体を拭きながら、


(視線がきれました)


 アルマダは顔を拭いながら、


「今日もマツ様の食事を頂きましょうか! 楽しみですね!」


 と言った。


「ふふ、今日の昼飯は何ですかね」


 マサヒデも返す。

 2人の目は笑っていない。


 着替えて浴室を出てしばらくすると、また視線を感じる。


(見られてます)


(急ぎましょう)


「腹が減ってしまいましたよ。早く行きましょう」


 2人は早足で、マツの家に向かった。


----------


「失礼します」「只今戻りました」


 戸を開けると、マツが手を付いて迎えてくれた。

 そのマツにアルマダが声をかける。


「はは、昨日のマツ様の昼食に参ってしまいましてね。良かったら今日も頂けますか」


(昨日の昼食?)


 マツがあれ? という顔をした。

 マサヒデが誘ってしまった、という話をした時だ。

 3人共、まともに食事の味など・・・


 その横に、屈んで足を払いながら、アルマダは顔を寄せた。


(見られています)


 一瞬だけ、マツの顔が引き締まり、すぐに笑顔になった。


「これはハワード様。貴方様のお口に合うなど、私、光栄でございます」


「では、いつもの部屋で」


「はい、マサヒデ様。すぐにお持ち致しますね」


 皆が緊張を隠しながら、各々上がって行った。


----------


 居間に入るまでも、入った後も、ずっと視線を感じている。

 2人は完全に気を抜いたように、足を投げ出して座った。


 池の上を小さな蝶が飛んでいる。

 爽やかな風が流れ、ちりーん、と風鈴の音がして、穏やかな感じだが、やはり視線を感じる。


「さすがに疲れましたね。あと10人ほどですか。もう楽勝じゃないですか」


「いや、どんな相手が出てくるか。終わるまで、一切油断は出来ませんよ」


「どんな方が来るでしょうか・・・やはり、終わりに近付くにつれて強くなっている気がするんですけど・・・」


「昼餉をお持ちしました」


 マツが膳を運んできた。

 マツにも視線が運ばれているのだろう。感じているのだ。

 膳を置く動きが少し固い。


「さ、冷めないうちに」


「それでは、いただ」


 ぼん! と池の上に火が上がった。

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