第3話 試合・3
ギルドを出ると、思いの外、町は賑わっていた。
ほとんど剣を交えず、一方的に終わってしまった試合ばかりだったので、観客も飽きて、すぐに人が引いてしまうのでは、と、マサヒデは考えていたのだが・・・
遠目に広場に映る放映画面を見ると、まだ試合の様子が映っている。
近付いて見てみると、ゆっくりと動く試合の様子が映っている。
マサヒデの剣筋が、はっきりと見てとれる。
観客達が「こりゃすげえ」「相手は動いてもねえな」「おお」と、声が上がっている。
マサヒデも自分の手を見返して見たかったが、トモヤが町に来た時の様子を思い出して、すぐに踵を返し、うつむいて顔を隠してその場を離れた。
からから、と静かに戸を開けると、マツが待っていて、手を付いて頭を下げた。
「おかえりなさいませ」
「只今、戻りました」
「夕餉の準備が出来ております」
その言葉を聞いた瞬間、マサヒデは空腹を感じ、急に気が抜けるのを感じた。
今日の試合は、終わったのだ。
ふう、と、息をついて、マサヒデは玄関に腰を下ろした。
「ありがとうございます」
足をはたいて、玄関を上がり、いつもの縁側の部屋へ。
部屋に入って座ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
「・・・」
腰を下ろして、マツの夕餉を待つ。
縁側の外から、ざわざわと観客の声が聞こえる。
明日はどんな相手が来るだろうか。
「夕餉でございます」
マツが膳を持ってきた。
差し出された膳を前にし、手を合せて、
「いただきます」
と言って、椀を手に取って、一気にかきこんだ。
気が抜けると、ものすごく腹が減っていたことを自覚して、箸が止まらない。
「あらあら」
「おかわり、ありますか」
「はい。すぐに」
マツが飯を盛り、汁を入れてくれた。
マサヒデは照れくさくなって、
「さすがに、あれだけの人数相手では疲れますね」
と、喋りだした。
「見ておりました。ほとんど、剣を交えずに終わらせてしまいましたね」
「まあ、今日は、運が良かっただけです。しかし、あの魔族の女性・・・」
「聞いてましたよ。『あなたは私に勝てない』って。私、マサヒデ様に惚れ直しちゃいました。これが痺れるってやつですね」
「やめて下さいよ」
マサヒデは顔が赤くなるのを感じた。
当然だが、マツも試合を見ているのだ。
話を逸らそうと、マサヒデはマツに聞いてみることにした。
「ところで、あの魔族の方、どこの方かご存知ですか?」
「見た目からして、きっと鬼の方々です。どこに住んでるかは詳しくは知りませんが、たしか、魔の国の南の方だったかと・・・皆、頑健な身体の方ばかりの、数の少ない種族の方々ですね」
「へえ・・・しかし、頑健と言っても、あの力は並大抵のものではありませんね」
「武術家も多く排出されていますね。少し力のある方なら、一抱えもある岩も、片手で軽く投げてしまうとか」
「そんなに? すごいですね・・・」
片手で突いた棒の上に乗っても、微動だにしなかったのも頷ける。
「そういえば彼女、自分の種族は女性しか生まれないって言ってました。それで数が少ないんでしょうか」
「あ、そういえば、そんな事を試合の前に言ってましたね。確かに、鬼の方々は、魔族の中でも少ない方ですけど・・・でも、私はそんな話、聞いたことはありませんね・・・まだ国にいた頃、鬼の武術家の方を見たことがありますが、男性でしたよ。おひげもありましたし」
「ふむ」
「なにか、鬼の方々が住む地域に魔力の異常があったとか、呪いでもかけられたんでしょうか。お父様に聞けば分かると思いますが」
「まあ、隠れて詮索するようなことはよしましょう。彼女に聞いてみれば良いことです」
瞬間、マツにあの黒い気が上がった。
「あの方に、興味がおありで?」
「・・・いや、違いますよ。マツさんも知らないって事が気になっただけです」
「・・・そうですか・・・」
ゆっくりと黒い気が収まってゆく。
「あ、そうだ! 思い出しましたよ! マツさん。あなた、私と夫婦になる前、自分で『妾でも構わない』って言ってたじゃないですか」
「う」
ぎくり、とマツの動きが止まる。
「じゃ、私が他の女性に興味を持ったって、構わないですよね?」
「う・・・そ、それは、そうです・・・で、でも」
「なんですか?」
マツは、ばっ! と顔を上げた。
「そうだ! 私、魔王の娘なんですよ! そんな事、お父様が知ったら!」
「お父上も多く妻がおられるのでは?」
「・・・」
マツが下を向いて、ぎり、と歯ぎしりをする・・・
これはさすがに悪かった。
「ははは! 冗談! 冗談ですよ! 別に、彼女を嫁に欲しいとか、女だらけが気になるとか、そんなこと思ってませんよ! ははは!」
また黒い気が巻き上がる。
俯いて下から見上げるマツの目に、殺気が籠もっている・・・
「・・・」
「冗談が過ぎましたか・・・すみません。機嫌を直して下さい」
「・・・」
「ほら。マツさん。あまり怒ると、お腹の子にも悪いですよ」
もう一度、ぎ、と歯ぎしりの音がした。
しばらくして、ゆっくりと、黒い気は収まってゆく。
「冗談が過ぎました。許して下さい」
「子が出来たばかりだというのに・・・」
「マツさん、あなた、私がそんな男だと思ったんですか? 残念ですよ」
す、とマサヒデはマツに近寄って、肩を抱いた。
そっと、マツの腹に手を乗せる。
すぐ近くに、怒ったマツの顔がある。
「・・・そうですよ、マツさん。子が出来たばかりなんです。今の私に、あなた以外の女性が、目に入ると思ったんですか」
「マサヒデ様って、やっぱりいたずら好きなお方なんですね! トモヤ様の仰ってた通りです!」
マツはそう言って、ふん! と顔を横に向けたが、そっとマサヒデの手に、手を重ねた。
そのまま少ししてから、
「もう!」
そう言って、マツはマサヒデの肩に、ことん、と顔を乗せた。
顔は怒っていたが、怒りは感じられなかった。
ゆっくり、夜が過ぎていく。
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朝。
「それでは、行ってまいります」
「ご武運を」
マツが手をついて、頭を下げた。
昨日と同じ風景。
昨晩、冗談を言っていたマサヒデと、正反対の姿。
にじみ出る、怖ろしい気迫。
マツは、静かに戸を閉めるマサヒデの背中をそっと見上げ、もう一度、
(ご武運を)
と、心の中で呟き、マサヒデを見送った。
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「トミヤスです。通してもらえますか」
そう言って、道を空けてもらった時。
目の隅に、背の低い背中が並んでいるのが見えた。
瞬間、「はっ」とマサヒデは足を止めた。
目だけをそちらに向ける。
銀色の肩より短く整えられた髪が、朝日を照り返して光っている。
鎧も着ていないし、得物も持っていない。
軽い旅姿で、背中に小さな荷物を背負っている。
一見、姿はただの子供に見える。
だが、この人混みの中でも、あの独特の空気が、小さな背中から発せられているのを、はっきり感じる。
(魔術師。強いな)
その時、銀色の髪が揺れ、ほんの少しだけ、頭がマサヒデの方に向いた。
顔は見えないが、こちらに鋭い注意を向けているのを感じる。
すっと目を離し、一瞬止まった足を、また進めていく。
並んでいた位置からして、すぐに当たる。
一気に緊張感が高まる。あれは強い。昨日戦った魔術師達とは比べ物にならない。
集中力が高まり、周囲のざわめき声が急に聞こえなくなった。
準備室に入ると、アルマダが昨日と同じ姿で待っている。
「おはようございます」
「おはようございます」
さっと着替え、棒手裏剣を左手に巻き、木刀を掴む。
「アルマダさん」
「はい」
「魔術師がいました」
「はい」
「では、先に」
マサヒデは訓練場の扉を開け、中央に正座して、静かに挑戦者を待つ。
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