第2話

「シェラハ様、こちらにおられたのですね。」


「えぇ、ケガをしている子を見つけてね。」


シェラハと名乗るその女性は僕の裂けた腹に手をかざした。

手からは光があふれ、僕の傷はみるみるうちにふさがっていった。

出血も止まり、呼吸も安定してきた。

改めて、シェラハさんを見ると人間でないことが一目でわかった。


ヤギのような角、白く長い髪、黒いドレス。

そしてその美貌。

従者を連れていることから高位の魔族か何かかと思った。


「魔王の名に懸けて、君は死なせない。」


彼女は自分のことを魔王といった。

ただものではないと思っていたが、まさか魔王だとは思いもしなかった。

僕の頭を優しくなで、そこそこ成長し大きくなった僕の身体を軽々と抱える。


蛇の身体は体温が低い。

彼女の体温が直に伝わってくる。

僕のことを助けてくれて、優しくしてくれる彼女に目を奪われる。


これが恋か、そう思った。

今まで恋なんてしたことなかった僕にはこの出会いは十分な衝撃だった。

この数分で彼女…、魔王シェラハのことが好きになってしまった。

所謂一目惚れというやつだ。

自分がこんな単純なやつだとは思いもしなかった。


「ここは強い魔物が多い。早く遠くへ逃げなさい。」


シェラハさんは僕の身体を撫でながらそう言う。


「魔王様、どうしてこんな最弱の蛇なんぞを…。」


御付きの従者だろうか。

鎧に身を纏った男がシェラハさんに問いかける。


「私はな、昔蛇に助けてもらったんだ。この子と同じホワイトサーペント…

ではないが白い蛇にな。その恩返しだよ。」


シェラハさんは昔を懐かしむように、優しい笑みを浮かべた。

僕は「助けてくれてありがとう」という意味を込めて、

魔王に頬ずりをした。

蛇に声帯は備わっていない、それが悔やまれる。


「くすぐったいな、かわいいやつめ。」


クスクスと笑うシェラハさん。

いつか、この恩は返そう。


彼女から離れるのは名残惜しかったが、スルスルと彼女の腕から抜け

森の奥へと入っていく。


何度も、何度も振り返っては彼女のことを見返した。

僕を優しく微笑み見送ってくれる彼女。


遠くでは爆発音が響いていた。

大規模な戦闘が行われているのだろうか。

彼女たちがここにいるのもその関係だろうか。


考えてもきりがないので、ひとまずその場所を後にした。


***


それから数日間、爆発音は昼夜問わず森中に鳴り響いた。

流石に毎日ドンドンされると気になってしまう

好奇心に負けて一度近くまで見に行ってみた。


そこには角や羽が生えた魔族と思われる者たちと、

人間の兵士が戦っている様が広がっていた。


飛び交う魔法、交差する剣。

遠目に見ても分かるほど激しい戦闘だった。


あぁ、これは戦争をしているんだな。

通りで魔物たちが慌ただしいわけだ。


木の上から戦闘を見ながらそんなことを考えていた。

それはそれとして、今はこんな状況だし、魔物も活発化している。


死なないように、どうにか強くならなければ。

そう考え、日課の魔物狩りに勤しむことにした。


***


流石にクマにはまだ勝てないが、オオカミには勝てるようになってきた。

レベルも二桁になり、身体能力もかなり上がった…ような気がする。


魔物には、核のようなもの…よくある魔石のようなものが体内に生成されている。

それを食べると経験値がかなりもらえることがわかってから、

僕は積極的に魔物を狙うようにしていた。


ウサギの魔物から始め、鹿、オオカミと、だんだん戦う相手を

ランクアップさせていった。


おかげで効率よく魔石を回収することができ、お腹も経験値も満たされていった。

レベルが上がったことにより、新たなスキルも獲得することができた。


「ヴェノムショット」


毒を遠くから吐きかけることができる魔法だ。

僕の体内から出ているわけではなく、口元に魔方陣が発現したことにより

これは魔法だということが分かった。


とても強い毒のようで、多分酸なんかが入っている。

触れたものをドロドロに溶かすような魔法を遠距離から撃てるようになり

戦闘にもバリエーションが生まれてきた。

噛みつく、締め付けるだけだった僕に、遠距離攻撃が加わったのだ。


それはそれとして、魔族と人間の戦闘はまだ続いているようだ。

何でこんなことになっているのかは分からないが、シェラハさんが心配だった。


魔王と言ってはいたが、あんなに華奢な体で戦闘ができるとは思えない。

魔法戦が主体だとしても、前線にいるのはとても危険だ。


どうしてもシェラハさんに会いたくて、無事を確認したくて

その一心で僕は戦場へと向かった。


***

森の中を駆け抜け、声と爆音のする方へ急ぐ。

鬱蒼と生い茂る木々を抜けた先には轟音鳴り響く戦場があった。

炎が舞い、風がうねり、雷鳴が轟く、まさに死地。

大勢の人間が、魔族が、死力を尽くして戦っていた。

離れているのに、ここまで血の匂いが漂ってくる。


あまりにも凄惨な光景を目の当たりにした僕は、

胃の中のものを吐き出してしまいそうになる。

前世でも本当の戦争なんて知らなかった。

今目の前で繰り広げられているのは、紛うことなき殺し合い。


身体が竦む、呼吸が早くなる。

目の前でたくさんの命が瞬きをする間に散ってゆく。

僕は遠目からその惨状を見るだけで、動くことができなかった。


そんな中、戦場を駆け巡る白い光を見た。

長い白髪を靡かせ、白銀に輝く拳を振るい、まるで踊っているかのように戦う。


彼女だ。


見ただけですぐに分かった。

シェラハさんは人間の軍隊をものともせず、颯爽と戦場を駆ける。

流れるように繰り出されるその連撃は、さながら舞を踊っているようにも見える。

打撃に乗せられた白銀の魔力が光の線を描き、

すさまじい速度で命を刈り取っていく。


これが、魔王か。


シェラハさんの圧倒的な強さを目の当たりにした僕は、鼓動が早くなり

興奮し、その美しい戦闘に見入ってしまっていた。


彼女が無事でよかった。

流石魔王というだけはある圧倒的戦闘力。

華奢で戦えなさそうと思っていたのが嘘のように強い。

回復魔法をつかってくれたので、魔法職かと思ったが

まさかのインファイターだったのは驚きだった。


僕もいつかあれくらい強くなれれば、彼女の隣に立てるのだろうか。

そのためには今よりももっと、もっと強くならなければ。

彼女の無事を確認した僕は、誰にも気づかれないよう戦場を離れた。


***


森の中に戻る際中、人間の野営地を見つけた。

きっと補給地点なのだろう。

まだ魔族側にこの場所は見つかっていないようで、

人間たちが寛いでいる姿も見られる。


あの偉そうなのがここの指揮官か。


今ここを潰しておくと、彼女の助けになるかもしれない。

そう思い、樹上から魔法を放つ準備を始める。


しかし、魔法は撃てなかった。

何を考えているんだ僕は…、これはれっきとした人殺しだ。

人間時代の倫理観が足を引っ張る。


それでも、ここは異世界。

やらなければやられる、弱肉強食の世界。

それに今の僕は蛇の魔物、もう人間じゃない。

相手は魔物、たとえ人間だとしても。そう思うことにした。


食われる前に、僕がお前らを食ってやる。


高い木の上に陣取り、そこからヴェノムショットで一人ずつ確実に

頭を撃ち抜いていく。


5人、10人…丁寧に、頭だけを正確に狙う。

すさまじいスピードで経験値が溜まっていく。

魔物より人間を仕留める方が、経験値量が圧倒的に高いということが分かった。


人間たちは混乱し、恐慌状態に陥っていた。

逃げるやつも、こちらを探すやつも、例外なく殺す。


僕の中で人間という存在は、ただの経験値のボーナスステージくらいまで

落ちてしまっていた。


人を初めて殺した、自分の意志で。

決して楽しいわけじゃない。

弱肉強食のこの世界で、僕が強くなるために必要なプロセスだと思っている。

心を殺し、感情を殺し、ただひたすらに彼ら彼女らの悲鳴を聞きながら

一人ずつ葬っていく。


そしてこの日、僕は初めて人間を食べた。

味なんてわからない。

決しておいしいものではなかった。

しかし人間を食べたおかげで、僕にある変化が起こったのだった。

***





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る