第10話 初めての出陣

 何日も体を拭いていない汚い男達、汗まみれのせいで体中に土がついて真っ黒になった、汗臭くてむさ苦しい千人余りの男達が、目の前に集まっている。

 妹のエミリも含めて屋敷で働いている全員、いまこの場にいる。


 「ジャン様、皆に出陣の檄をお願いします」

 ジェイドに言われて壇上に立つジャン。


 (なんだか緊張してきた……)


 「この紋章を見ろ!!!」

 ジャンが大声と共に、フクロウの紋章が入った旗を掲げた。


 「これを見ろ! 我々アウル家の紋章だ! ここにいる皆も知っていることであろう、アウル家が影でなんて言われているかを。落ちた一傑。羽ばたかないフクロウだ! だが、今ここではっきり言おう!」


 「落ちたのではない! 目立たないようにしていただけだ。羽ばたかないのではない! 羽ばたく必要のある機会がなかっただけだ。だが今夜は違う!!」


 「目の前に大きな大きな獲物がやってきた。とうとう羽ばたく機会が訪れた! この国の中央では今、この戦いはアウル家が敗れると思っているらしい。どうだ? 皆もそう思うか? それとも悔しいか? 私はワクワクしている」


 「何故か!? 勝てると確信しているからだ! 勝つことが出来れば、馬鹿にしている奴らを見返し、同時に褒美だってたんまり貰えるぞ。今日はいい夜だ……フクロウは夜行性だ。我々にとって今宵程うってつけの日はない。さあ野郎共行くぞ! 出陣だーーー!!!」


 「「「おおおおおおおおおおおおお」」」

 男達が拳を天につき上げ、雄叫びが轟いた。


 (ジャン……やるじゃんなお前!)

 「僕自身もなんかびっくりしてる。なんかあそこに立ったら昂ったんだよ」

 (へぇ〜。そいつは凄いや)


 「お兄様、戦いに行くんですか?」

 「そうだよエミリ、エミリはお家で大人しくて待っててね」

 「絶対に帰ってくるって約束してね?」

 「勿論だよ! エミリを一人になんかしないよ」

 エミリはジャンに抱きついた。


 「ベイル、エミリの事を頼んだぞ」

 「分かりました。ジャン様、ご武運を」

 「ああ」


 「では行きましょうかジャン様」

 「さあ行こうか」

 アウル軍は、自分達が掘ったモロヘイヤ平原に続く穴へと向かった。


 「ジェイド、相手の軍を率いてる将は誰だが分かってるの?」

 「はい、リー将軍だそうです。今まで聞いたことがない人物です」


 「奇襲をかけたら僕は、将軍首一本狙いをするからジェイドは僕の補佐を頼むよ」

 「分かりました」


 「ジャン様」

 「ジェイドどうしたの?」

 「去年とは見違える程成長しましたね。学校で何かあったんですか?」


 「ちょっと変わった同い年と知り合いになってね。そいつが僕の事を振り回すんだ。そのせいかな? 僕自身影響されて変わったんだよ」

 (おい! 変わってるって俺の事か!?)


 「なるほど……この戦い、絶対に勝ちましょう」

 「ああ、勿論だよ」


 穴の入り口に到着した。

 「ここからはもう大きな声を出さないでね……じゃあ行こうか」


 中へと入り、進んでいく。

 しばらく進むと何本にも分かれた道が。


 作戦通り自分達の部隊も分かれた。ジャンとジェイドその他数十人は一緒に真っ直ぐ進む。

 (多分そろそろ防御結界が張られている場所に近づいてきたと思う)


 (……)

 正直俺は不安で緊張していた。

 もし結界を通れなかった時は、ここにいる全員が死ぬと分かっていたからだった。そして屋敷にいるエミリやベイルメイドも含めて死ぬだろうと。


 せっかくこの世界が面白くなってきたというのに、楽しむ前に死ぬかもしれない。

 ジャンが願っている野望も同時にここで終わると考えたら、俺は緊張していた。


 (ユウタ! ねえユウタ! ユウタってば!!)

 (……)

 (ユウタ!!!!!!!!)


 (なんだよ急にびっくりしたな……)

 (真下に着いたよ)


 (あれ? いつの間にか越えてたのか。ハハハ! そういうもんか!)

 (何訳分からないこと言ってるんだよ。僕と替わって、戦闘は頼んだよ)


 「ああ、任しておけ」

 「ジャン様、そろそろ時間になります」

 ジェイドが小声で俺に話す。


 「分かってるよジェイド」

 少しすると頭上で何やら叫ぶ声が聞こえ始めた。


 (そろそろだね……)

 「ピーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


 指笛の合図が聞こえた。

 「行くぞー!」

 地上へと這い出る。


 出るとすでにあちこちでは戦闘が始まっていて、陣地に張られているテントに火をつけた事で一面火の海になっていた。


 「俺達は将軍の所へ目指すぞ!」

 俺達は駆け出していく。


 敵である俺達の存在に気付いたのか、ダル公国の兵が横から斬りかかってきた。

 「ここは我々が抑えときますから、ジャン様は早く!!」

 「分かった!! 任せる!!」


 ジェイド達を置いて俺は走った。しかし、リー将軍の居場所は分からない。

 (ユウタあっち!! 右見て!!)

 ジャンにそう言われて右を見ると不自然に張られているテントが一つ。


 (あのテントの周りに杖持っている人がいる。あれは防御魔法で、あのテントにいるよきっと)

 「ナイスだジャン!!」

 全速力でそのテントを目指し、腰にたずさえた二本のダガーを抜いた。


 テントの周りにいる杖を持った人間達を次々に殺す。

 全員殺した瞬間、魔力が消えるのを感じた。


 テントの中へと入る。

 中は広く、中央には大きなベットが置かれていて、そのベッドにはおっさんと二人の女性が裸で居座っていた。


 「お前がリー将軍だな?」

 「どうやって防御結界を越えてきたんだ!!」

 「これから死ぬお前に教える必要ないね」

 「小僧がなに――」

 俺はおっさんの首を撥ねた。


 「おい女! こいつがリー将軍か?」

 震えながら女は首を縦に振った。


 俺は転がった首の髪の毛を掴んで、テントの外へと出る。

 「ダル公国、リー将軍の首をこのジャン・アウルが獲ったどーーーーーー!」

 持てる全ての力を使い、大声で叫んだ。


 (ユウタ、笛笛! リー将軍を討ち取ったんだ! 逃げよう!)

 「そうだな。さっさと逃げよう」


 俺は指笛で撤退の合図を出しながら、首を掲げて走って逃げる。

 「ジェイド!! 逃げるぞ!!」

 ジェイドが戦っている姿が見えて、俺は敵を斬り伏せた。


 「ジャン様、ご無事で!」

 「見ろジェイド。リー将軍の首だ逃げるぞ」

 「分かりました」


 俺達は走って穴へと入り、来た道を戻る。

 何本もの別れていた道の合流地点まで来ると、他の部下達とも合流した。


 「あ! ドクターだ! オイラ食料庫見つけたから、食料奪ってきたよ」

 「天才だなテディ! 良くやった」

 「ドクターご褒美におめめ頂戴」

 「考えとくよ。今はとにかく逃げるぞ」


 俺達は走りつづけ、再び地上に出た。


 「ハァハァ……ジェイド! ジェイドはいる?」

 「ジャン様どうしました?」

 「ダル公国は、将軍がいなくなっても向かってくる可能性はあると思う?」


 「その可能性は低いかと。将軍がいなくなったのもありますが、見つけた食料庫を燃やしたそうなので、食料がないので侵攻してくる事はないと思います。一応グロッセに偵察行かせたので、仮に侵攻してくるなら急いで報告が来ると思います」

 「よし! ダラムの屋敷に戻るぞ!」

 

 (奇襲大成功したなジャン)

 (皆のおかげさ。ただまだ油断は出来ない……)

 煙のせいでさらに黒くなった男達がダラムへと戻った。


 空はかすかに明るくなってきて、夜明けを迎えようとしていた。

 屋敷に戻ると、庭でベイルとメイド達が食事を作って待っていてくれた。


 「ジャン様!! よくぞご無事で……」

 「奇襲は大成功したよ。後はダル公国が撤退してくれるのを祈るだけだよ」

 「食事ありますから、皆さん食べてください」


 「「「うぇーーい」」」

 「「「やったぜ」」」


 広大な庭で真っ黒になった男達が、飯を頬張っている。

 遠くに見える山の頂からは朝日が昇ってきて、朝を迎えていた。


 「おーーーーい! おーーーーい!」

 遠くの方から声が聞こえた。

 ジャンがその声に目を向けると、黒い人間が走ってこっちに向かってくる。


 そいつはグロッセだった。

 息を切らしながら走ってきたグロッセが発した。


 「ジャン様大変っす!!!」

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