第4話 ユウタの目論見
悲鳴と共にそいつは倒れ込んだ。
太ももに刺さった枝を俺は掴んで、グリグリと円を書くように枝を動かした。
「ぎゃああああああああああああ」
さらに甲高い悲鳴が響き渡った。他の二人は俺の顔を見たまま呆然としていた。
「クックック、クックック。たまらないなーおい!」
「よお! お前ら知ってるか? 人間の内側って痛いらしいぜ!」
そのタイミングでもう一方に持っていた枝を反対側の太ももに突き刺した。
「ぎゃ@#&#@%##*&ーー#」
言葉になっていない悲鳴を上げ、倒れたそいつは涙を流す。
(や……やめてよユウタ! 大変な事になっちゃうよ)
(うるせーな。お前はとにかく黙って見てろ)
「な、なにやってるんだよ……助けてくれよ」
今にも途切れそうな声でそいつは言葉を発した。
その声に二人は反応して、両手を広げて俺の方へと向けると、何やら聞いたこともない呪文のようものを唱え始めた。
(大変だよ。あれは魔法だよ! ユウタ逃げて)
「へ〜。魔法なんだ」
倒れている奴の耳を強く引っ張り、無理矢理立たせ、盾のようにする。
「いいのか〜い? こいつに当たっちまうぞ?」
俺はそう言いながら枝を抜き取り、再び太ももに突き刺した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああああ」
雄叫びが聞こえ、そいつから力が抜けた。
「気絶したか? まあいいや。次はどっちが同じ目に遭いたい?」
刺さった枝を二本抜き取り、残った二人に枝を向けた。
「お前こんな事してどうなるのか分かってんのか?」
「はっ? 俺は知らね〜よ! それよりお前らの事殺しちゃうよ? クックッククックック」
俺は興奮した自分の感情を抑えきれず笑ってしまった。
二人は何故か尻餅をついた。
「お前……本当にジャンなのか?」
「そうだよ。君達が好きなジャンくんで〜す! クックック」
笑いながらその二人に近づいていき、俺は髪をかき上げた。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」
二人は仲間の一人を置いて行って逃げ出した。
「ありゃりゃ。逃げちゃった」
(逃げちゃったじゃないよ! どうするんだよ! 大変だよ!)
「まあそう怒るなって! 回復魔法で回復しとけば問題ないだろ?」
(後日、絶対仕返しがくるよどうしよう……)
「心配すんなって、そん時はまた俺に任せろ」
(ユウタに任せたら事が大きくなりそうだよ……枝で人を刺すなんて僕には考えられない)
「お前に考えられなくても、俺には考えられる。それよか魔法ってどう使うんだ? こいつの怪我治しとかないといけないだろ?」
(どう使うって僕の体なんだから使えるんじゃないの?)
「まあいいやちょっとやってみるわ」
俺は倒れて白目を向いてるやつに手をかざして、ジャンがしていたように同じようにしてみる。集中してみると、初めから分かっていたように体が勝手に反応した。
身体の内側から何か温かいモノが感じられて、その流れが手へと移っていく。
手から緑色の色をした発光が起こった。すると、怪我した太ももが治っていき始めた。
「おおお、魔法って本当に凄いな! 怪我があっという間に治ったぞ」
(僕がやっても普通こんなにすぐに治らない……ユウタの魂の力なのか?)
「まあ怪我も治ったし大丈夫だろ? じゃあ行くか」
俺は教室に置いてある荷物を取りに校舎へと戻る。
自分の教室に向かって長い廊下を歩いている時だった。
「ジャン! ジャン! ジャン! ジャン!!!!!!!」
(ユウタ、僕が呼ばれてるって!)
(あー、ごめんごめん。まだ慣れていなくて)
背中から聞こえた声に振り向くと、そこには一人の女が。
赤い髪が特徴的で、ハッキリ言って可愛いと言えた。
さらに言うと、絵に書いたような貴族の雰囲気を漂わせていた。
俺からしたら気に食わない奴だった。
「ジャン! またいじめられていたんじゃないでしょうね? 血が付いているわよ。あなたの家も三傑の一つなんだから、三傑としての誇りと気概を持って過ごさないといつまで経っても落ちぶれたままよ」
「なんだよ。お前に関係ないだろ!」
「あなた……本当にジャンなの!?」
「あ!? どういう意味だよ!? 俺はジャンだよ。おっぱいデカ女――」
バチンッ!!!
俺の左頬は、ジンジンと熱く痛くなっていく。
「あなたは地の果てまで落ちぶれるといいわ!」
女はそう吐き捨てて、スタスタと早足でその場を立ち去っていく。
「いってぇーーーーー!! なんだよあのおっぱいデカ美は!! あいつは誰なんだ?」
(三傑の中の一人。鷹の紋章のホーク家の長女、ロベルタ・ホークだよ)
「仲いいのか? 友達いないって言ってたくせに話しかけられたぞ」
(仲は……良かったかな昔は。小さい頃は三傑同士よく遊んでたよ。でもお互いの家の事情が分かってきたら疎遠になっちゃったかな)
「それよりあいつって同じ12歳なのか?」
(一応そうだけど……どうしたの?)
「おっぱいデカ過ぎじゃね?」
(ユウタ、そんなハレンチな事を!! 女性に失礼でしょ!!)
「お前だってそう思ってるだろうがよ」
(思ってないよ!)
「嘘つけ!」
(嘘じゃない)
「ハハハ」
頭の中でジャンと笑いながら会話をし、自分の荷物を取ると寮へと帰った。
部屋に戻りベットに座る。
「夜にあのババアの所へ殴り込みに行こうと思うんだけど、場所分かる?」
(ババアって……レベッタ先生の事言ってるの?)
「そうそう」
(夜に行くなんて駄目だよ)
「あいつが、いつでも来ていいって言ったんだから大丈夫だろ」
俺は日本で事件を起こしたあの日、人を殺す快感を覚えてしまった。
ただ殺したいんじゃない、圧倒的な上の立場から殺すのが快感だったのだ。
この世界では、俺自身の能力だけじゃあ簡単に殺せそうにない。
だから俺は圧倒的な戦闘技術を身に着けたい。
その為なら努力してやる。実力を身に付け、それから圧倒的な実力差から人をなぶり殺したい。
「クックック。あ〜早く体験したい楽しみだな〜」
(笑い方が気持ち悪いよ。僕はそんな笑い方しないんだけど)
「なあ、一つ聞いていいか?」
(どうしたの?)
「俺達は一心同体で良いよな?」
(僕は自分の体を早く返してもらいたいんだけど……)
「まあ仲良くやろうぜ。じゃあさてと行こうかな」
(ユウタが現れてから、ゆっくり休めもしないよ)
寮を抜け出し、教職員が住んでいるという寮へと向かった。
「ここか? 教員が住んでいるという寮というのは」
(そうだけどバレたら本当にマズイよ……)
「ジャン。バレたらだろ? バレなきゃいいだろ」
(いやそうだけど……)
(だけど、これじゃあどこかあのババアの部屋か分からないな〜)
俺はそう思いながら、窓が開いているテラスのある部屋へと登った。
不用心だなと思いつつ、開いている所からこっそり中を覗く。
部屋は荒れていて、あちこちに脱ぎ捨てた服と、酒瓶が散乱していた。
置かれたベットを見ると、もの凄い寝相をしたレベッタがそこに。
(バッチリビンゴだな!)
(ユウタどうするのさ……)
(こうするんだよ)
俺はこっそり部屋に入り、レベッタに近づくと、強く握った拳を顔面目掛けて振り下ろす。
やった当たった。
そう思った瞬間、俺の顔に蹴りが飛んできて、壁に吹き飛ばされていた。
「寝込みを襲うとは卑怯なやつだな! 一体どこのどいつだ……」
(おいおい! 今完全に寝てたよな?)
(寝てたね……)
(化け物だなこのババア……)
「なんだ、弱っちいジャン君じゃん。どうしたんだよこんな夜に」
「レベッタ先生の寝顔見てたら、ぶっ殺したくなってね」
「夜這いの間違いだろ?」
「ハハハ。先生冗談を! 誰がこんな年増を相手するんですか」
「お前挑発が上手いな。いい度胸だ。外に出ろ相手してやる」
窓から飛び降りて、敷地内の中で戦闘が始まった。
ただただ何も出来ずに、俺はボコボコにされた。
「ハァハァハァハァ。つえ〜」
「まだ12歳のガキに負ける訳がないだろ! 一応先生だぞ」
「うるせぇ!! 必ず一回はちゃんとぶん殴ってやる!!」
フラフラになりながら俺は寮へと戻った。
そして俺は寝ないでそのまま夜明けを待った。
少し明るくなった頃、再びレベッタの元を訪れた。
夜と同じように窓が完全に開いていた。
俺は忍び込んで、夜の時よりさらに慎重になって拳を振り下ろした。
「いってーーー!! なんで気付くんだよこの野郎」
当たる直前、逆に俺の顔面を殴ってきたレベッタだった。
「お前……朝にも来たのかよ。こっちは眠いんだよ全く」
レベッタは、あくびをしながら頭をかいている。
「とにかくまた来たぜ。勝負しようぜ」
「はぁ……面倒くさい奴に目をつけられちまったかな」
寝起きなのに、レベッタには何一つ通用しなかった。
色々と試行錯誤をしても、全て躱され叩きのめされた。
「もういいだろ? 今日も学校あるんだから遅刻すんなよ? 遅刻したら私が怒られそうだからな」
「先生……俺はこの学校でどの位強いですか??」
「あ? さあな。下から数えたほうが早いんじゃないか?」
「クックック、クックック。まあいいや先生ありがとう、これから毎日頼むよ」
「あ!? 毎日来るつもりなのかよ!」
レベッタに差し出された手を握ると、グイッと引っ張られ、起き上がらせてくれた。
俺はその触れた右手の感触で、俺が想像しているよりレベッタは100倍強い人なんじゃないかと思わせるほど手の皮は厚く、岩に握られてるかのようだった。
「どうしたのユウタ? 何か考え事?」
(レベッタ先生って俺らが思ってるよりも凄い人かも知れない)
「ユウタがレベッタ先生だって。ハハハ!」
(なんで笑うんだよ)
「だってババアとか言うようなユウタが先生って言うんだもん! 余程レベッタ先生のパンチが効いたんだね」
(お前も見てたろ? 女の動きじゃねえ。いやそれよりも人間の動きですらないよ。あの動きの秘密はレベッタ先生の魔法なのか)
「レベッタ先生は魔法使えないみたいだよ」
(マジで!? 魔法なしであの動きと強さなのか……)
「魔法は全員が使えるわけじゃないんだよ」
(俺の事ばっかで気にしてなかったが、ジャンは訓練しなくていいのか?)
「……一つ分かった事があるよ。僕にはユウタみたいな戦闘本能みたいなものがない。あそこまでボコボコにされても向かっていく勇気がないのが分かったよ」
(だって一発も殴れないってなんかムカつくだろ? こっちが子供でも普通は一発位はもらってくれるもんだぜ)
「僕はずっといじめられっ子で、いつの間にかそういった闘争心みたいなものを、どこかに置いてきてしまったらしい」
(ん? つまりは何が言いたいんだ?)
「君と僕、ジャンとユウタは一心同体って事だよ。僕の野望の為に、ユウタの力を貸してほしいんだ」
(最初に言っておくけど、俺は過激で残酷な人間だけどいいのか?)
「そんな事言わなくても分かってるさ。それに我がアウル家は元々過激な家柄だったんだ。戦闘狂で国の汚れ仕事を全て請け負っていた家なんだ。暗殺とかね」
(カッコいいじゃん)
「カッコいい??」
(ああ。カッコいいだろ! 国にとっては絶対に必要な汚れ仕事をしてきたって事だろ? 影に隠れた真の実力者って感じでカッコいいじゃん)
「そんな事……初めて言われたよ。嬉しいよユウタ」
(いいじゃん。俺達は二人で一つで。お互いがお互いに適材適所で得意な事をやって、周りを驚かしてやろうぜ)
「ハハハ。ユウタに言われるとなんだか僕でもやれるような気がしてきたよ」
(とりあえず腹減ったな……)
「朝食を食べてる暇なかったもんね」
その日から朝と夜になるとレベッタに歯向かい、昼間は学業に専念する日々が続いていった。
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