第12話 決意
先程、マツが死霊術で召喚した猫が、2人に対して警戒の声を上げる。
ふーっ! と声を上げる猫は、今にも飛びかかってきそうだ。
「さあ、お二方。今回はこの猫が相手ですよ。少し離れて下さい」
2人は言われるまま数歩下がって、剣を抜いた。
「さ、参りますよ」
とマツが言った瞬間、猫が飛びかかってきた。
これは速い。
「おっ」
マサヒデが避けると、もう後ろから猫はアルマダに向かって飛んでいる。
「あ!」
死角から飛びかかる猫は、アルマダの道着に爪を立てた。
爪が道着に引っ掛かったが、すぐに体勢を直し、マサヒデの方に飛びかかってきた。
「む」
マサヒデが斬り上げると、猫は宙で霧散した。
斬り上げた時、しっかり手応えを感じた。
触った時と同じで、ちゃんと実体があるのだ。
「いかがでしたか」
「うーん、幽霊は透けるものと思っていましたけど、普通に斬れますね」
「はい。普通に触れるんですから、普通に斬れます」
「道理ですね」
「と、まあ、死霊術はこんな感じです。もし使う方がおられるとしても、虫くらいで牽制とか、せいぜい、今のような小さな動物とかでしょうか」
「ふーむ・・・」
「ん」
アルマダが何か閃いたようだ。
「マツさん。小さな、弱いものなら、大して魔力も使わず召喚出来るんですよね」
「ええ、そうですよ」
「では、今の猫のような小さくて素早い動物の爪とか・・・蚊のような小さな虫に、毒を仕込んだりとか・・・」
マツは、あ、という顔をした。
「ハワード様、素晴らしい発想です。私、そんな事、思いもよりませんでした」
「小さな動物なら、対して魔力も使わないんですよね。虫のようなものなら、尚更」
「と、いうことは」
「死霊術、使う方も十分考えられますね。もし、ノミのような小さな虫に、毒など仕込まれて、ばらまかれたりしたら・・・」
「ノミのような小さな虫なら、もちろん、弱い毒なら効きもしないでしょうが、強い毒であれば、数さえあれば、いくら小さくても・・・見えもしない相手に、気付かないうちにやられてしまいますね」
「うーむ・・・」
「小さな虫なら、数が多かろうと魔力も大して使わないでしょう。試合前に準備も可能。これは気を付けませんと」
「しかし、見えないものにどう気を付けたものか?」
「私なら、まず初手で火とか水でも撒きますけど、マサヒデ様は魔術が使えませんし、今から覚える時間も・・・」
「となると、どの試合も、速戦即決。これしかないですね。もしそのような手を使われると、時間をかけていれば毒が回る。相手も丁寧に『これから毒の仕込まれた虫を撒きます』なんて言わないでしょう」
マサヒデも頷く。
「私もそう思います。速戦即決ですね。まあ、最初からそのつもりでしたが」
「腕の立つ方が、このような手を使ってきたら、厳しいですね」
「ううむ・・・それは、どうしようもありませんね。全力で、出来る限り速戦即決を目指すのみ、です」
「あくまで試合ですから、死ぬような毒を使われることはないと思いますが・・・」
マツが不安そうな顔で、胸の前で拳を握る。
「マ、マサヒデ様、どうしましょう。私、不安になってきました」
「私もです。ですが、今更やめた、は、もう無理です。やるだけやる。それだけです」
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その後、夕刻まで2人はマツに倒されては治癒、倒されては治癒、を繰り返し、対魔術師の戦いを稽古した。
午前中の訓練では一本取ることは出来たが、組み合わされると全く歯が立たない。
2人がかりでも、一本も取れずに終わってしまった。
ぜえぜえ息を切らせて座り込んでいると、マツが告げた。
「さあ、お二方、お立ち下さい。稽古はここまでにしましょう。明日に向けて、身体を休ませませんと」
「1種の魔術でもあれだけ厳しいのに、違う種類の魔術を組み合わされると、全く歯が立ちませんね」
「この経験は、お二方の身体がしかと覚えたはず。たった数日でしたけど、見違えるほどに強くなっているはずです」
「そうでしょうか・・・」
「そうです。頭で分かっていなくても、必ず、身体が動いてくれます。剣はさっぱりの私が見ていても、分かりましたよ。お二人が気付いていなくても、ひやっとさせられた所はいくつもあったんですから。お世辞ではありませんよ」
「マツさん、ありがとうございました。明日からの試合、きっと勝ってみせます」
「私も、良い経験をさせてもらいました。マツ様の教え、この先の旅に、必ず役立ってくれましょう」
「うふふ。ありがとうございます。さあ、湯を借りたら、今日は早く休みましょう。ハワード様も、ずっと立ち会いなさるのでしょう? 体力をしかと回復させておきましょう」
「はい」
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今回も、湯は2人の貸し切りにしてくれた。
稽古で埃まみれになった身体をごしごしと洗って、2人は湯に浸かる。
「ふう」
「マサヒデさん。明日から楽しみですね」
「ええ。どんな方が来るんでしょう。剣に槍に飛び道具、魔術師に・・・忍の方も来られるでしょうか?」
「うーん、忍の方々となると、どうでしょう。そういう仕事をしている方々が、わざわざ自分の顔や手を晒しに来るでしょうか?」
「あ、そうか。衆人環視の前ではさすがに・・・ですよね」
「まあ、あれだけ人数が増えたんです。有望な方が、きっといらっしゃいますよ」
「楽しみです。きっと、何本かは取られるでしょうね」
「ふふふ。だと良いですね。是非ともパーティーに加えたい」
「無様な所は見せたくありませんが、さすがに全勝とは行かないでしょう」
「弱気なことを。国王陛下もご覧下さいます。ここは全勝しないといけませんよ」
「む、そうでした。国王陛下もご覧下さるのを、すっかり忘れていました」
「ははは! やはりマサヒデさんは豪気というか何というか」
明日からの試合に心を踊らせながら、2人は会話を弾ませた。
ちょっと話題が途切れた所で、マサヒデは、話しておこう、と思った。
「アルマダさん。あなたには、話しておきたいことがあるんです」
「なんでしょう」
「実は・・・」
さすがに、いざ話すとなると、少し口が重くなってしまう。
「どうしました。何か話しづらいことですか」
「ええ、その、悪い話ではないんですけど」
「じゃあ、聞かせて下さいよ」
「・・・えーとですね・・・」
「どうしました、歯切れの悪い」
「あのー・・・マツさんに・・・タマゴが出来ました」
声が小さくなってしまった。
「なんですって?」
「マツさんに、タマゴが出来ました」
「タマゴ?」
「・・・」
ぴん、ときた。
マツは魔族。
「ちょっと待って下さい。つまり、その・・・マサヒデさんと、マツ様に、子が出来たんですね?」
「はい」
「それが、タマゴ・・・ですか・・・」
「はい・・・マツさんの種族は、そうらしくて・・・」
アルマダも驚いた。
初夜を過ごしただけで、もう子が出来たというのも驚いたが、それがタマゴとは。
「はあー・・・タマゴが・・・」
「はい」
「で、いつ頃?」
「早ければ2週間、長くても2ヶ月で」
「え!? そんなに早いんですか!?」
「いや、その後、タマゴから子が産まれるには、また時間がかかるそうです」
「どのくらい?」
「それが、さっぱり・・・私の血が濃ければ数年、マツの血が濃ければ時間も随分かかるかも、と」
「へえ・・・いや、ちょっと待って下さい。ということは、今日の稽古、マツ様は身重の身体で・・・」
「それが、魔族のタマゴって、ものすごく固くなる上に、流産とか、そういう事故ってないそうです。1日経てば、もう普通に動いても良いんだとか」
「そうなんですか・・・全然、知りませんでした」
「医者が言うには、タマゴの固さって、それこそ金槌で思い切り叩いても、毛ほどのヒビも入らないそうですよ。父上でも斬れないんじゃないかって」
「そんなに固く? それで流れもしないなら、まあ・・・安心ですが・・・」
「ひとつだけ、心配があるんです」
「なんでしょう」
「タマゴなんですけど、先程言ったように、いつ割れて子が産まれるのかさっぱり分かりません」
「ええ。それが?」
「時には・・・100年以上もかかることもある、と・・・」
「100年!? 100年もですか!?」
「はい・・・」
「・・・生きて、子の顔を見ることは出来ないかも、ということですか・・・」
「・・・」
「マサヒデさん。タマゴが見られるだけ、まだ良いではありませんか。自分の子を知らぬまま、亡くなってしまう方は普通にいます。こういう、何々と比べれば幸せだ、みたいな言い方、大嫌いですが・・・」
「・・・」
「しかし、世には、自分に子がいると知っていても、目通りさえ叶わない、そういう人もいます」
「・・・はい」
「彼らに比べれば、ですけど・・・あなたは幸せですよ。たとえ、生きている間にタマゴが割れず、子の顔を見られずとも、タマゴと一緒に生きることは出来るんですから」
「・・・」
「マサヒデさん、前に言ってましたね。マツさんは、覚悟をしてくれたのだ、と。なら、あなたにも覚悟が必要です。今回だけではありません。今後、何度も覚悟を迫られる機会があるはず」
「はい」
「すでに、子の顔が見られないかも、という覚悟が出来ておられるようですね?」
「はい」
「子を守らなければならない。その覚悟も」
「もちろん」
「まあ、話しに聞いた通りの丈夫なタマゴなら、割ってしまうとかはないでしょうけど・・・もしかしたら、盗みにこようとする輩もいるかもしれませんし」
「たしかに」
「・・・明日からの試合、全勝しましょう。もう、何本かは取られるかも、なんて冗談でも言ってはいけませんよ。マツ様のお腹で、あなたの子があなたを見ているんですから」
「はい」
「たとえ、それがカゲミツ様や、マツ様ほどの相手でも・・・勝たなければなりませんよ」
「必ず」
「・・・」
「・・・」
沈黙。
マサヒデには決意が生まれた。
今までは、強い相手と戦うのが楽しみだ。そんな、試合を楽しもうとする気分があった。
しかし、もうそんな気分は消えた。
どんな相手でも、必ず勝つ。何としても・・・
勇者祭 4 決意 牧野三河 @mitukawa
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