第3話 初夜・3


 マツの家に帰ると、マサヒデはマツにオオタからもらった薬酒を渡した。


「旅の最中に割れでもしたら大変です。これは、マツさんに預けても良いですか」


「え、ええー!? このお酒・・・わ、私がですか!?」


「はい。我々の仲間には酒好きもいますから、そういう意味でも安心出来ませんし。お願い出来ますか」


「わ、分かりました! 命に代えても! 必ず!」


 マツの目は真剣そのものだ。冗談を言っている風ではない。

 やはり、それほどの逸品なのだ・・・

 マサヒデは気を付けて、薬酒の瓶をマツに渡した。


「さて、湯冷めしてもいけません。そのお酒をしまったら、今日は早めに寝ましょうか」


「は、はい!」(すんなり!?)


「さて、布団はどこの押入れでしたっけ」


「え! ええ!?」


「? どうしました?」


「い、いえいえ! いいええ! 何も!」


 真っ赤な顔で、マツは薬酒の瓶を抱えて、ぶんぶんと首を振る。


「・・・?」


「ふ、ふ、布団は、私が! 私が用意します!」


「そうですか? ・・・じゃあ、私は縁側で待ってます」


「は、はい! お待ち下さい!」


(どうも、夕飯の頃から・・・らしくないな)


 と言っても、何か怖ろしい雰囲気を出しているわけでもない。

 マサヒデは小首をかしげながら、縁側に座って、ぼーっと月明かりに照らされた庭を眺めていた。



----------



 奥の間。


 マツは客用の、家にあるもので一番高い布団を敷きながら、これからの事に不安と喜びを感じていた。

 心臓が早鐘を打つ。


(ああ・・・ついにマサヒデ様と・・・!)


 逸る気持ちをおさえ、ゆっくりと、綺麗に布団を敷く。

 枕を2つ並べた時、マツの目から、すーっと、一筋の涙が溢れた。


(マサヒデ様!)


 涙を拭い、マツは立ち上がった。

 静かに襖を開け、マサヒデの元へ向かう。

 部屋の前で、廊下で手を付いて、マサヒデに声をかけた。


「ご準備が、整いました」


 マサヒデはくるっと振り向いて、


「ん? この部屋で構いませんけど」


(ええー!?)


 マツは下を向いたまま、目を開いて驚いてしまった。

 縁側の部屋。戸は開いている・・・


(声が外に聞こえ放題では!?)


 そういえば、聞いたことがある。

 色々と変わった趣味の者がいて、叩いたり叩かれたり、場に多くの者を立ち会わせたり・・・


(マサヒデ様も、そういった方なの!?)


「ああ、普段は別の部屋で?」


「は、はい!」(普段・・・?)


「そうでした。前はアルマダさんの看病で、この部屋で寝たので、てっきりここかと。では、お部屋をお借りします」


「ご案内致します」


 マツはたらりと汗を流し、奥の間にマサヒデを案内した。

 さらりと襖を開け、指を付いて、マサヒデに頭を下げる。


「こちらの部屋で・・・」


「はい。お世話に」


 部屋に入りかけ、ぴた、とマサヒデの足が止まった。

 大きめの布団に、枕がふたつ。


 つー・・・と、マサヒデの顔を汗が伝う。


「・・・」


 瞬間、ここまで事が、思い出された。


 夕飯の頃から、ずっと真っ赤な顔だったマツ。

 やけに気合が入っていた、湯を借りる時のマツ。

 メイド達に囲まれた時のマツ。

 『礼です』と、メイドに怒られた時の、あの殺気。

 オオタがくれた、疲れを一気に治すという、あの薬酒。


 2つの枕。今晩が、初夜となるのだ・・・


 マサヒデは汗を流しながら、廊下に手を付いて、頭を下げたマツに目を向けた。

 マツは頭を下げたまま、微動だにしない。


「マツさん・・・これは」


「は、はい!」


「・・・」


 マツは頭を下げたまま。

 マサヒデはもう一度、部屋を見渡した。

 枕が2つ。

 ぼんやりと明かりのついた行灯。

 部屋の隅に、香が焚いてある・・・

 もう、準備は万端だ。


 マサヒデは一度目を閉じ、ぐぐぐ、と上を向き、目を開けた。

 一歩。

 部屋に足を入れる。

 もう、腹は据えた。


 マサヒデは布団の上に正座した。


「マツさん。こちらへ」


「はい」


 マツは、真っ赤な顔で、うつむきながら、マサヒデの前に正座した。


「マツさん。申し訳ありません。正直に言います。私、この部屋を見るまで、勘違いしていました」


「?」


 マツが顔を上げた。

 マサヒデは、マツの目を見て、はっきりと、正直に話した。


「あなたが、ずっと顔を赤くしていた事。それは、泣き顔を見られたからだ。そう思っていました。

 ギルドで、あなたが湯を借りると言った時。単純に、泣き疲れたからだ、と思っていました。

 あなたがギルドでメイドに囲まれていた時。私はメイドに怒られました。『礼』だと。

 それが何の事だか、さっぱり分かっていませんでした。

 今、全て、分かりました」


「・・・」


「はっきりと申し上げます。私、女性を抱くのは初めてです」


 マツは、真っ赤な顔で、また、うつむいた。


「・・・マサヒデ様、その、私も、です」


「私も、聞きかじった程度ですが、少しは知識はあります。女性は、初めての時は、非常な痛みを伴うと」


「は、はい・・・だ、そうですね・・・」


「マツさん。今までのあなたの様子を見ていれば、全て分かります。

 ただ、慣習だから、というのではありませんね。

 どれだけ苦しんでも、私に、身を委ねて下さる、委ねたいと」


「・・・はい」


 マサヒデは、マツの手にそっと手を沿えた。

 マツの身体がびくっ、と震える。


「マツさん。あなたに、心から感謝します。今日の事は、ずっと忘れません」


 マサヒデは、マツの手に指を絡めて握った。


「その、上手く出来るかどうか・・・というか、どういうのが上手いか下手かも分かりませんけど・・・」


「構いません。私を、マサヒデ様のお好きになさってもらって・・・」


 2人は、横になった。

 また、手を絡めて握る。


 行灯の火が消えた。

 それから、しばらくして、


「ああっ!」


 と、マツの痛みに呻く声が響き、次いで、


「マツさん!」


 と、マサヒデがマツの名を叫ぶ。

 部屋はまた、静かになったが、2人の動く音がかすかに聞こえる。



----------



 明早朝。


 マツは早く目が覚めた。

 疲れきって、下腹部には、すごい痛みが残っている。

 だが、マツは幸せな気分で、まだ夢の中にいるように感じる。


 横で、マサヒデが穏やかに寝息を立てている。

 その顔を見ながら、マツはそっと自分の腹の下あたりに手を添えた。

 かすかに、しかし、確かに感じる。


(マサヒデ様! ありがとうございました! マツは頑張りました!)


 マツの目から、涙が溢れ出した。


「うっ」


 その声に、マサヒデがぱちっと目を開け、マツと目が合った。


「あ・・・あ!」


 マサヒデは真っ赤な顔をして、マツから目を逸してしまった。


「ふふ、マサヒデ様。おはようございます」


「その、おはようございます・・・昨晩は・・・」


 マツは布団を出て、ぴたりと手の平をついて、マサヒデに頭を下げた。

 普通に座っただけでも、まだずきずきと痛みが響く。


「マサヒデ様、ありがとうございました。マツも、出来る限り頑張ったつもりです」


 マサヒデも正座して、頭を下げた。


「あ、あの・・・申し訳ありません。すごく痛がってて・・・」


 マツはそっとマサヒデの手を持って、自分の下腹部にその手を当てた。


「さあ、マサヒデ様。よく触ってみて下さいませ」


「え?」


 気をつけないと良く分からないが・・・

 確かに、マツの腹に何かある。


「む? 確かに。何かが・・・」


 しかし、一晩で子が出来るわけでもあるまい。

 そのくらいは、マサヒデにも分かる。

 何か、小さいが、確かに何かがあるのを、マツの下腹部に感じる。

 小さい、固い物が・・・何かが・・・


「マサヒデ様・・・ぐすっ・・・」


 マツはだらだらと涙を流し、少しうつむいて目を瞑った。

 しかし、涙を流しながら、笑顔だ。


「?」


 マツは顔を上げ、泣き笑いの顔のまま、マサヒデを真っ直ぐに見つめた。


「マサヒデ様と、私の子が・・・出来ましたよ・・・」

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